「・・・これは・・・どういうことだ・・・」


オニキスは鏡の前に立っていた。
しかしそこに映るのはコハクだ。


『キミにプレゼントをあげる』


ゆうべメノウにそう言われてからの記憶がない。
「ねぇ、お兄ちゃん」
ヒスイに後ろから声をかけられ、オニキスは振り向いた。
「この服、どうかなぁ・・・?」
おニューのワンピースをコハクに見せにきたのだ。
「・・・・・・」
清楚な水色のワンピース。
オニキス好みだった。
「服は・・・問題ない」
「そう?良かった〜」
第一声。ヒスイはまだ気付かない。
「だが・・・オレはコハクではない」
オニキスは自己申告した。
この機に便乗して・・・と思わないわけでもなかったが、そういうのはどうも性に合わない気がしたのだ。
「何言ってるの・・・お兄ちゃん。真顔で変な冗談言うのやめてよ」
ヒスイは全く耳を貸さない。
「ねぇ、それより早く行こうよ!サーカスが始まっちゃう!」
ヒスイはぐいっとオニキスの手を引いた。
「今日はデートするって約束でしょ?忘れたの?」
「あ・・・いや・・・」
「?どうしたの?オニキスみたいな話し方して。あ!もしかしてオニキスごっこ?」
(何だそれは・・・こいつら・・・そんなことをして遊んでいるのか・・・?)
「・・・ああ、そうだ。今日はなりきるぞ」
「ふぅ〜ん。まぁ、いいけど」
お兄ちゃんが変なことをしだすのはいつものことだし・・・と、ヒスイは軽く流した。
「じゃ、いこ!」



「最悪だ・・・こんな地味な顔になるなんて・・・」
コハクは両手を鏡について、愕然とした。
こんなことができるのはひとりしかない・・・メノウだ。
「メ〜ノ〜ウ〜さまぁ・・・」
コハクはメラメラと怒りの炎を燃やした。
「はっ!こうしちゃいられない!僕がオニキスってことはオニキスが僕ってことだっ!!」


「ヒスイ・・・っ!!」


「何?オニキス。」
ヒスイは、中身がオニキスのコハクと手をつないで出かけるところだった。
「ああっ!!」
それを見て中身がコハクのオニキスは大声をあげた。かなりのオーバーリアクション・・・。
「な・・・なに??」
(・・・ヒトの顔で馬鹿をやるな・・・)
目を丸くしているヒスイの横で、オニキスはこっそり溜息をついた。
「なんかオニキスが変だけど・・・いこ。お兄ちゃん」
「そんなぁ・・・」
見捨てられたに近い仕打ち。
コハクは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
くすくすと後ろで笑い声が聞こえる。
「メノウさま・・・僕に何か恨みでもあるんですか・・・?」
コハクは背を向けたまま言った。
「これでちょっとはオニキスの気持ちがわかった?」
「・・・・・・」
「まぁ、今日だけは大目に見てやりなよ。誕生日だし。」
「誕生日?オニキスの?」
「そ。だから、ほんの少しだけ、いい夢みせてやろうかな、と思ってさ」
メノウはそう言って、去りゆく二人を見送った。



「うわぁ・・・すごい・・・」

ヒスイは空中ブランコや綱渡りに感激していた。
「お兄ちゃん?ちゃんと見てる?」
オニキスは前ではなく横ばかりを見ていた。
わくわくとした明るい表情のヒスイ・・・その視線に気が付くとオニキスを見上げて笑った。
「もう。お兄ちゃんは・・・いつもそうなんだから」
(・・・そうなのか・・・)
コハクと同じ行動をとってしまったことを恥かしく思い、オニキスは視線をステージに向けた。
サーカスを見るのは初めてだった。
子供の頃・・・サーカスが見たくて城を抜け出したことがあった。
しかしすぐに捕まって、連れ戻されてしまった・・・
そんな記憶が甦る・・・。
ずっと忘れていた。


オレは来てみたかったんだ・・・ここに。


オニキスは純粋な気持ちになって、ヒスイとサーカスを楽しんだ。



「面白かったね」
「ああ」
ヒスイは自然な動作でオニキスに腕を絡めた。
(いつもこんな風に歩いているのか・・・コハクと)
秋風が吹き抜ける中を、腕を組んで歩く。
サーカスのテントの回りにはたくさんの屋台が出ていて、どこもかしこも大繁盛していた。
「あ!ちょっと待ってて。」
ヒスイは人混みの中に駆けてゆき、少ししてから、右手にわたあめを持って戻ってきた。
「最後の一個、買えてよかったぁ」
「何だ?それは」
「わたあめ」
「・・・雲みたいだな」
「でしょ?って、いつも食べにくるじゃない」
「・・・そうか」
「そうよ。屋台じゃないと売ってないから、屋台が出る時は欠かさず食べにくるの」
微妙に会話が噛み合っていないが、ヒスイが気にしている様子はない。
「はい。先、食べていいよ」
にっこり笑ってわたあめをオニキスに差し出す。
「・・・・・・」
オニキスはヒスイにわたあめを持たせたまま、ぱくりと一口食べた。
白い雲は口のなかですぐに消えて、甘い味だけが残る・・・。
初めて口にしたオニキスはその不思議な食感に年甲斐もなく感動した。
「・・・甘い」
「うん。でも、美味しいよね」
次にヒスイがぱくっと食べた。
二人は順番にわたあめをかじって、気が付けばヒスイの手に残るのは割り箸一本だけになっていた。
また食べようね、と二人は顔を見合わせて笑った。



帰りに寄った公園で、二人はベンチに座った。
早くも日が落ちかけている。風も冷たくなった。
「もう冬か・・・」
「私・・・冬って好き。愛するヒトの温もりを一番感じることができるから」
そう話すヒスイの顔を夕日が照らす。
「あれ?手、冷たいよ?」
ヒスイはオニキスの手をとった。
両手で包み込んで、はぁっと温かい息をかける。
「・・・・・・」
冷えきった手に、じんわりと浸透する愛おしいぬくもり。
(だが・・・この笑顔も優しさもすべてコハクに向けられたものだ・・・)

胸が痛い。

幼い感情が込み上げてくる。

いつもそうだ。

(この女は・・・忘れていたことばかり思い出させる・・・)

一緒にいると、大人になる為に失ってきたものを取り戻せるような気になるのだ。



「ねぇ、お兄ちゃん。目、つぶって」
ヒスイはベンチから腰を上げ、オニキスの正面に立った。
「・・・・・・」
目をつぶったら、次は何がくるか決まっている。
(・・・させるか)
今更、キス一回阻止したところで、何の意味もないことはわかっている。
それでも、ヒスイの唇がコハクに触れるのは嫌だと思った。
「目、つぶってって言ってるでしょ」
「・・・・・・」
オニキスはプイッと横を向いた。
はぁっ・・・
ヒスイは溜息をついた。
「やっぱりひねくれてる」


ちゅっ。


(!!?)
横を向いたままのオニキスの頬にヒスイがキスをした。
「・・・誕生日、おめでと」
「!?」
ヒスイは走ってベンチから遠ざかった。
そして10mほど離れた場所から両手を口に当てて。
「明日、目が覚める頃には元に戻ってるからって!お父さんが言ってたよ!」と、言った。
「私!お兄ちゃんのところに帰るね!今頃泣いてると思うから!」
ヒスイは笑顔で手を振ってオニキスの元を去った。


「・・・知って・・・いたのか・・・」


“中身”がオレだということを。


「まったく・・・あの親子は・・・」


こうなってみるともう笑うしかない。
ベンチの目の前は池になっていて、オレンジ色に輝く水面を水鳥が横切る。
オニキスは立ち上がり、水面を覗き込んだ。
そこに映るのは、ヒスイの唇が触れた右の頬を押さえているコハクの姿だ。少し顔が緩んでいる。
無理もない。オニキスにとっては最高の誕生日なのだ。
「・・・とにかく・・・この顔は気にくわん。帰って寝る」
夕焼けを背にオニキスは公園を後にした。


愛するヒトの温もりを感じる冬・・・か。
確かにそうかもしれないな。


“誕生日、おめでと”



言葉ひとつでこんなにあたたまるのなら、どんな冬の寒さにも負けることはないだろう。
お前が・・・側にいるかぎり。




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