子供ができた。と、19になった娘が言った。
相手は・・・俺が召喚した天使だ。
『神なんて信じない』
『だけどもし神がいるなら、奪ってやる。お前の宝を』
神に愛想が尽きる出来事が何度か続いた夜だった。
そう思い立って描き始めた魔法陣。
「よし!完成!!半月もかかっちゃったけど、これで完璧なはずだ」
分厚い書物を片手に長い呪文を唱える・・・。
「・・・我が呼び声に応えよ・・・天界最強の天使セラフィム・・・!」
サラサラと天から光りが降り注ぐ・・・。
(やっぱ大物だけあって登場の仕方も他と全然違うな)
メノウは本を閉じて上空を見上げた。
夢と錯覚してしまいそうなほど、美しい光景だった。
長い金の髪の天使・・・翼が6枚ある。
顔立ちも何もかも、息を飲むほど美しい。
「・・・へぇ・・・いいじゃん」
「あなたは・・・人・・・間・・・?」
初めて二人が交わした言葉。
「・・・天使の召喚は禁忌と知って・・・?」
「禁忌も何も、神なんていないだろ。この世界には」
「・・・ええ。いません」
「仕える神がいないなら、俺に仕えなよ」
「・・・・・・」
セラフィムはふわりと宙に浮いたまま、メノウを見下ろした。
(・・・人間・・・か。儚い生き物だ。神がいない今、人間を裁く理由もないし、この少年の行く末でもみてみるか。暇つぶしに)
自分を召喚した時点で、ただの少年ではないことは明らかだ。
そして、天使顔負けの美形・・・恐れを知らない力強い瞳をしている。
とても少年とは思えない太々しい態度に、ほんの少し興味が沸いた。
「・・・いいでしょう。あなたを主と認めます。・・・契約を」
「うん。俺、メノウ。お前は・・・?」
「特にありません。不便なようでしたら、お好きなように呼んでいただいて構いませんよ」
「ふぅ〜ん・・・じゃあ、コハク」
「“コハク”ですね?わかりました。では今後はそのように」
感情のない機械のような受け答えだ。
美しい微笑みもまるで温かみがない。
「何でかわかる?」
「・・・さぁ」
「お前の髪がそんな色だから」
「・・・・・・」
(・・・天界一と言われるこの金髪が・・・琥珀色?・・・まぁ、いいか)
「退屈そうな顔してるな、お前」
突然、メノウが言った。挑むような微笑みで。
コハクは少し驚いた顔をして、それからゆっくりと瞬きをした。
口元が笑いを堪えるように歪んでいる。
「・・・あなたこそ」
退屈な者同士の生活が、退屈じゃなくなるなんて夢にも思わなかったけど。
今にして思えば、こいつが最初の家族ってやつだったのかもなぁ。
(こいつと契約してから女と遊ぶ回数、減ったな・・・)
家に帰れば、美味いメシが出来てるし。
3時には温かいお茶が出る。
(天界最強の天使が・・・家政婦みたいだ)
「お前って潰しが利くタイプだったんだな」
夕飯を食卓に並べるコハクにメノウが声をかけた。
「いやぁ、それほどでも」
コハクの表情は柔らかい。
メノウとコハクは意外なほど気が合った。
(こいつ・・・かなり愉快な性格してるし)
メノウがそう思う一方でコハクも思っていた。
(この少年は本当の意味での天才だ)と。
「あ〜・・・なんか俺、昔を思い出しちゃった」
「・・・僕もです」
20年前と同じ場所、同じようにして向き合う二人。
見た目はお互いほとんど変わらない。
近くのソファーでヒスイが寝息を立てている。
メノウはコハクのいれたお茶を啜って、出来たての甘いお菓子をつまんだ。
「お、これ美味いじゃん」
「うん。イケる」
口にいれる度、無意識に言葉を発する。
エプロンをしたコハクがその様子を見て笑った。
「・・・・・・」
奪うことしかしてこなかった僕でも、与えられるものがある。
たとえばそれは、あたたかい食事だったり、洗いたての服だったり。
何も特別なことじゃない。
だけどそれがあるとないとでは大違いだ。
メノウ様と暮らしてそれに気付いた。
だから・・・ヒスイにはこれでもかってほど与えた。
僕が与えられるものすべて。
そして、僕もヒスイからたくさんのものを貰った。
与えたものも与えられたものも数え切れない。
ヒスイを見ると、どうしても顔が緩む。
(・・・ああ・・・幸せ・・・)
「幸せそうな顔してるな、お前。」
メノウが口をもぐもぐさせながら言った。
「・・・メノウ様こそ」
「20年・・・ここで人と変わらない暮らしをして、色々なことを知りました。今ならもっとたくさんのものをあげられますよ。メノウ様に」
少ししてから、コハクが言った。
「・・・かもね」
(新しい家族までくれるんだから、たいした天使だよ。お前は)
嬉しい苦笑い。
「・・・やるよ。娘」
「はい。ありがとうございます・・・ってソレ結婚する前に言ってくださいよぉ〜・・・」
あはは!メノウは言葉じゃなく笑いで返した。
それから席を立ち、ヒスイの側に寄った。
お腹はまだそれほど目立たない。
コハクもメノウの隣に立って眠るヒスイを見守った。
「このなかにお前の子供がなぁ・・・」
軽くヒスイのお腹に触れてメノウがしみじみと言った。
「メノウ様と・・・サンゴ様の孫ですよ」
見ている方がとろけそうな笑顔でコハクが答えた。
受け継がれた俺の血とサンゴの血。
可愛い娘のヒスイの血。
そして・・・こいつの血を持つ子供だ。
来年の春には産まれる。
すっげ〜楽しみ!!
これで俺も“おじいちゃん”か・・・嬉しいけど、ちょっと複雑。
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