「え?お城に?」
ヒスイが本から顔を上げた。
「うん。どうしても子守りが必要なんだって」
コハクはもう出かける準備を済ませていた。
他国で起きた内乱の仲裁でオニキスが城を離れることになった。
表向きはオニキスの子供ということになっているが、人間の子供ではないため、使用人には任せられない。
端的にそう説明して、コハクはヒスイを覗き込んだ。
ヒスイはあまり乗り気でない表情をしている。
「嫌なの?」
「・・・子供苦手だもん」
「でも・・・僕等の子供だよ?」
「そうだけど・・・どうしていいかわかんないよ」
気まずそうにしているヒスイの頭を撫でて、コハクがあやすように言った。
「大丈夫だよ。僕に任せて」
モルダバイト城。
銀髪の男の子・・・トパーズ。
金髪の女の子・・・シトリン。
ヒスイの産んだ双子にオニキスが付けた名前。
現在はモルダバイトの王子と姫として育てられている。
どきん。どきん。どきん。
自分の子供に会うのに緊張する。
ヒスイはコハクの後ろから少しだけ顔を出して親子の対面を果たした。
双子はベッドの上からコハクとヒスイをじっと見つめている。
「うわ・・・ちっちゃい・・・」
「ヒスイ。だっこしてみて」
コハクが慣れた手つきでトパーズを抱き上げ、ヒスイに手渡した。
「わっ!首がだらんってしたよ!?」
「抱き方に気をつけないと」
「慣れてるね・・・お兄ちゃん」
「そりゃぁ・・・ねぇ」
コハクはくすくすと笑いながら哺乳瓶でシトリンにミルクを飲ませている。
一方、トパーズを抱いているヒスイはビクビクしっぱなしだった。
ひっく!うわぁぁん!!
ヒスイの腕の中でトパーズが泣き出した。
「え?何?何?やだ、泣かないでよ」
その言葉に反してトパーズの泣く声は益々大きくなった。
「お兄ちゃぁ〜ん・・・泣きやまないよぅ〜・・・怖いよぅ」
半べそをかいたヒスイはすでに育児を放棄しそうな勢いだ。
ギャァギャァと火が付いたように泣くトパーズ・・・ヒスイにとっては小さなモンスターだった。
恐怖すら感じる。
「どうすればいいのぉ〜・・・」
「おしめを替えてあげて」
コハクが笑顔でアドバイス。
「ぎゃぁっ!」
奇声をあげたのはヒスイだ。
「オシッコ飛んできた〜!!」
カプッ!
「きゃぁっ!!手噛まれたっ!!」
「ヒ・・・ヒスイ?大丈夫?」
見るからに大苦戦。大パニック。
「全然大丈夫じゃないよっ!もうイヤーっ!!」
シトリンとトパーズ、そしてヒスイ。
子供3人をコハクがまとめて面倒みていた。
「・・・落ち着いた?」
シトリンを背負い、トパーズを片手で抱いて、ヒスイに紅茶を入れる。
ヒスイは拗ねた顔で紅茶を啜った。
「・・・子育てって大変だね・・・」
「うん。オニキスも初めは悲惨だったよ」
コハクが苦笑いで話し出した。
子供達とオニキスの様子を見に、ちょくちょく城を訪れていたのだ。
オニキスの苦労をよく知っている。
「子供を育てたことのないオニキスが、一人で二人を育てるっていうんだから・・・」
「・・・うん」
数時間で音を上げたヒスイは沈んだ声で返事をした。
「目の下にクマつくって、フラフラになって・・・だけどオニキスは文句ひとつ言わない。できるかぎり自分の手で育てたいと、メイドさん達の手も借りずにひとりで頑張ってるよ」
「・・・・・・」
ヒスイは情けない気持ちでいっぱいになった。
自分で自分が嫌いになりそうだ。
「・・・ヒスイも、もう少し頑張ってみる?」
コハクが優しい口調で訊ねた。
「うん。頑張る!」
「じゃあ、決意を新たにしたところで・・・アレを」
「アレ??」
「そう。まだ出るし。あげたら喜ぶよ?」
「!!!やだっ!!絶対嫌っ!!!粉ミルクでいいでしょっ!!」
「なんで?僕にはくれるのに」
「!!!そんなこと声に出して言わないでよっ!!お兄ちゃんのバカっ!変態!!」
ヒスイはかっとなって怒鳴り散らした。
「“お母さん”っぽいのが嫌なのっ!」
自分で産んでおいて目茶苦茶な理論だ。
「大丈夫。ママになってもヒスイはヒスイだよ」
コハクが懸命に言い聞かせても、ヒスイは反発するばかりだ。
「“ママ”なんて呼ばれたくないっ!」
(う〜ん・・・まぁ無理もないか・・・)
コハクは頭を掻いた。
いつまでもヒスイを子供扱いしているのは他でもない自分だ。
コハクの好みで幼い少女の姿をさせていることも少なくないのだ。
(そこがまたヒスイの可愛いところだし・・・)
母親失格発言を軽く聞き流して、ヒスイの頭を撫でる。
「?お兄ちゃん?」
「・・・みんなでお風呂にはいろうか」
「子育ての醍醐味はやっぱりコレだよね〜」
家族揃っての入浴タイム。
コハクはじっとヒスイの胸を見た。
「・・・嫌だからね!」
ヒスイは警戒して、両手でしっかりと胸を隠している。
「ヒスイは、自分が母親だって名乗り出るつもりはないんでしょ?」
「うん」
「オニキスが再婚するとも思えないし・・・」
「何?いきなり・・・」
「そうすると、この子達は“母親”を知らずに育つことになるね」
「・・・・・・」
「一度くらい母親らしいことしてあげれば?子供達を愛していないわけじゃないんでしょ?」
「・・・・・・」
コハクがトパーズを近付ける・・・
躊躇いがちにヒスイが抱くと、トパーズはすぐに吸い付いた。
小さな命・・・ヒスイと同じ銀髪が頭に薄く生えている。
「ほら。こんなに喜んでる」
にこにこと微笑んでコハクが見守る。
「次・・・シトリンね」
わぁぁん!
ヒスイから引き離そうとしたトパーズが泣き喚く。
シトリンはあまりグズることもなく大人しい。
マイペースで、人見知りもせず、にこにこと愛想が良いのはコハク譲りだ。
「いいよ。もう少しこのままで。シトリンにもあとでちゃんとあげるから・・・」
ヒスイはトパーズを再び腕に抱いた。
「くす。くす。僕には?」
「お兄ちゃんなんか知らないっ!!」
(照れちゃって。可愛いなぁ。ヒスイは自分が“母親”を知らないからどうしていいのかわからないだけで、この子達を嫌いじゃないはずだ)
トパーズは紅葉のような手でヒスイの髪を掴んでいる。
赤ん坊なりに母親から離れるまいと必死になっているように見えた。
(・・・へんなの。ちょっとだけ可愛い、なんて思っちゃった)
ヒスイはくすぐったい気持ちになってこっそり笑った。
うぎゃ〜っ!!
ヒスイが眠りに就いてから2時間も経たないうちにトパーズが大声で泣き出した。
「・・・う〜ん・・・なに?どうしたの?」
欠伸をして、気怠そうに起き上がる。
「ヒスイは寝てていいよ」
見るともうすでにコハクがトパーズのおしめを替えていた。見事な手さばきだ。
「・・・私の時もそうだったの?」
ヒスイも隣に並び、一緒になってトパーズを覗き込む。
「ヒスイの時は僕も初めてだったから、うまくいかないことも色々あったよ」
コハクは肩をすくめて笑った。
下心が招いた失敗の数々・・・
「だけどほら・・・」
差し出した指をトパーズがきゅっと握る。
「こうやって愛を返してくれるのが嬉しくて。どんなに大変でも、これだけで子供を育てる意味があると思うんだ。オニキスもたぶん同じことを感じているはずだよ」
「・・・うん。なんとなく・・・わかる」
「・・・いい子だね」
コハクがヒスイを見つめる。
ヒスイが見つめ返す。
コハクの右手が頬に触れるとヒスイは瞳を閉じた。
あたたかい唇がゆっくりと重なって優しく愛を伝える。
「・・・こんなキス・・・久しぶり」
頬を染めてヒスイが笑う。言われてみれば・・・とコハクも笑った。
「・・・シトリンが・・・いない・・・」
トパーズを二人で寝かしつけ、手のかからないシトリンのベビーベッドを覗いた時には遅かった。
周囲を見回してもシトリンの姿はない。
「ど・・・どうしよう・・・お兄ちゃん・・・」
「僕が探しに行く」
(まずいな・・・これは・・・攫われた可能性が高い・・・)
「トパーズにまで何かあったら大変だからヒスイはここにいて」
そう言い残してコハクは真夜中の闇に消えた。
「とにかく私は中を・・・」
ヒスイはベッドや机の下、引き出し、どう考えてもシトリンが入れないような細い隙間まで片っ端から順番に調べていった。
そして、クローゼットを開けると・・・
「!?」
(ゴブリン!!)
小鬼とも呼ばれる悪戯好きの妖精・・・全長1m。
クローゼットの中で、シトリンをしっかりと抱えていた。
「・・・その子、返してくれないかしら?」
ヒスイが迫る。
しかしゴブリンにはシトリンを返す気がないようだった。
爪が食い込むほど強くシトリンを抱き、ヒスイを見上げる。
「・・・オマエノカミ、キレイ。コウカン、シテモイイ」
「この・・・髪と?」
ゴブリンが頷く。
「・・・いいわ。取引よ」
「ヒスイっ!!!?どうしたのっ!?その頭!!」
シトリンを見つけることができず、一旦城に戻ってきたコハクが絶叫。
ヒスイの髪が短くなっている。
身長の半分はあった長く美しい銀の髪が、肩までの長さになっていた。
「ゴブリンが欲しがったから」
髪の長さが変わってショックを受けているのはコハクだけで、ヒスイはまるっきり無頓着だ。
「シトリン、見つけたよ」
ゴブリンに抱かれようがヒスイに抱かれようが、お構いなしに眠るシトリン。
「・・・ゴブリンと取引したの・・・?」
「うん。まぁ。髪なんてすぐ伸びるし」
裁ち鋏でザクザク切ったので毛先がバラバラだ。
(ヒスイの・・・髪が・・・あぁ・・・)
枝毛の一本も許さない意気込みで、日々念入りに手入れをしてきた。
それをゴブリンに持っていかれた。
コハクのほうが泣きたい気分だった。
(・・・許さない・・・巣を焼き払ってやる・・・)
怒りの炎に包まれたコハクがゆらりと歩き出す。
「やめて!お兄ちゃん!」
「え?」
「やり返そうとか、思わないで!」
ヒスイに見透かされ、ぴしゃりと怒られた。
「そんなに悪気があるわけじゃないのよ。光るものが好きなだけで」
ヒスイはあっさりしたもので、頭が軽くなったと言って笑った。
その横顔にどきっとする。
(髪・・・短くても可愛いかも・・・)
コハクは目を細めてヒスイに見とれた。
(時々、僕の知らない顔をするようになった。子供達だけじゃない。ヒスイも成長してるんだなぁ・・・)
赤ん坊の抱き方にも少し慣れたようだった。
シトリンを抱く姿に少し余裕を感じる。
(・・・まぶしい。あぁ・・・好きだ!!)
「おかえりなさい」
コハクと二人でオニキスを出迎える。
「・・・どうしたんだ・・・その頭・・・」
オニキスも真っ先にヒスイの髪型について触れた。
かなりぎょっとした顔をしている。
「イメージチェンジ」
ヒスイは一言で片付け、抱いていた赤ん坊をオニキスに手渡した。
続いてコハクもオニキスに赤ん坊を抱かせた。
「・・・世話になったな」
オニキスが愛情たっぷりに双子を抱き締める。
子供達が可愛くて可愛くて仕方がないという表情で。
コハクとヒスイは顔を見合わせて笑った。
帰り道、森の中、手を繋いで歩く。
清々しい初夏の朝焼け。
「寂しくない?」
「ううん。お兄ちゃんも見たでしょ?オニキスが帰ってきた時、トパーズもシトリンもすごく喜んだ」
「うん。そうだね」
「あの子達の“一番”はオニキスなの。だから・・・いい」
「僕の“一番”はヒスイだよ」
「私の“一番”はお兄ちゃんだし」
コハクとヒスイが同時にそう口にした。
かぁぁ〜っ・・・
照れたヒスイがコハクに背中を向ける。
髪が短くなったため背中の羽根がよく見える。
ヒスイの後ろ姿・・・まっすぐに伸びた背筋、すっきりとした白い背中。
その新鮮な姿に、コハクの興奮は一気に高まった。
(可愛い!可愛い!可愛いぃ〜!!)
心の中でそう叫んで、ヒスイに襲いかかる。
「ひゃ・・・っ!なに?おにいちゃん・・・」
後ろから掴まえて背中にキス。
「ごめん。家まで我慢できない・・・」
ヒスイのミニスカートを捲り上げパンティを膝まで降ろす。
「・・・いい?」
承諾を得るより先に指がヒスイの中に入る。
「あ・・・っ・・・また順番・・・逆っ・・・んっ!!」
コハクは言葉と行動の順番がしょっちゅう逆になっていた。
どうしても言葉より体が先に動いてしまう。
「もう・・・おにい・・・ちゃんはいつも・・・そうなんだから・・・」
ヒスイの返事を待たずに、コハクの指はどっぷりと浸かっていた。
中指を動かしてヒスイの中を探る・・・
「ヒスイは、このへんが気持ちいいんだよね」
「あっ・・・や・・・っ!」
「ほら・・・ヒスイの朝露・・・」
朝日を浴びて森と共に輝いている。
ヒスイの耳元で熱い息を吐いてコハクはズボンを降ろした。
「・・・綺麗だよ・・・すごく」
「あ・・・ん」
木の幹に両手をついてヒスイが喘ぐ。
いつもと少し違う顔。
「ヒスイ・・・」
興奮のあまりコハクの息があがる。
「お・・・にい・・・ちゃん・・・っ・・・あぅ・・・」
早朝のひんやりと澄んだ空気に包まれ、夢中になって擦り合う。
腰の動きもいつより激しい。
「あっ・・・はっ・・・はぁ・・・おにい・・・ちゃん・・・すご・・・こんなに・・・いっぱい・・・赤ちゃん・・・できちゃうよぅ・・・」
「うん・・・そうしたら今度は二人で育てよう・・・ね」
モルダバイト城。バルコニー。
今や人ならざる者達の出入り口となっていた。
「ムスコガワルイコトシタ」
オニキスの前にゴブリンの母子が現れた。
“ワルイコト”をした息子が母親に耳を引っ張られている。
「コレ、カエス」
束になったヒスイの銀髪を受け取ったオニキスは眉を寄せた。
「どういうことか説明しろ」
「サラッタ、ヒメト、コウカン」
「・・・なるほど。それでか・・・」
“イメージチェンジ”
さらりと言い切ったヒスイの姿が思い浮かぶ。
「ギンノカミ、モルダバイトノオウヒ。ユルシテホシイ」
「・・・今後、赤ん坊を攫うような悪戯はしないように。町でそんなことをすれば間違いなく大騒ぎになる。種族間の諍いは極力避けたい。わかったら・・・帰っていい」
ゴブリンの母子はペコリと頭を下げてオニキスの元を去った。
オニキスもヒスイの長い髪が好きだった。
(だが・・・あれも悪くない)
子供を産んでから一度も顔を見せなかったヒスイ。
そのヒスイが子供のために髪を切った。
ヒスイなりに子供を想う気持ちはあるのだろう、そう思うと嬉しい。
誇らしく、美しい姿だ。
(・・・ヒスイ・・・)
オニキスは髪の束にくちづけた。
離れて暮らしてもヒスイへの想いは募るばかりで、結局忘れられずにいる。
だ〜!だ〜!
ご機嫌な双子が呼んでいる。
オニキスは中へ戻り、双子を抱き上げた。
育児もだいぶ板についてきた。
「?おい、何を・・・」
双子がオニキスの胸をまさぐる。
ちゅうちゅうと無邪気に母親の愛情を求める・・・覚えたての仕草。
「・・・ヒスイ・・・か」
苦笑いのオニキス。
「・・・よかったな。母親に会えて」
溢れるような微笑みで、トパーズとシトリンの額にキスをする。
ヒスイはもうここにはいない。
それでも、オニキスの心はあたたかい。
(・・・ミルクでも作るか)
双子は期待に満ちた目をしてオニキスの胸を探り続けている。
「・・・どんなに触っても・・・オレには無理だぞ・・・」
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