「ね、ヒスイ。ホワイトデーのお返し、何がいい?」
「本」
即答だった。
ヒスイはコハクと同じ質問をしてきた相手全員に同じ答えを返していた。
「本ねぇ・・・あ、そうだ」
コハクがポンと手の平を叩いた。
「シザーズ島に行ってみようか」
「シザーズ島?」
「うん。あそこの遺跡で珍しい書物が発見されたって・・・もう100年以上も前の話だけど。“魔本”だから普通の人間じゃ手に負えないみたいで、今もまだ残ってるらしいんだ」
「うわぁ・・・欲しい〜・・・」
ヒスイの瞳が輝く。
「じゃあ、決まり。今年はささやかな冒険と伝説の魔本をプレゼントしよう」
「うんっ!」
シザーズ島。
人々に忘れ去られた、遙か南の海の孤島。
熱帯雨林のジャングルが広がる無人島だ。
コハクとヒスイは魔本を求めてこの地に降り立った。
「あれ?この魔法陣・・・オニキスのじゃない?」
砂浜に描かれた移動用魔法陣。
魔法陣は描き手の癖が出る。
ヒスイはいち早くそれを見抜きオニキスの姿を探した。
(オニキスも来てるのか・・・)
内心舌打ち。オニキスも同じことを考えていたのだ。
(ここに目を付けるとは・・・さすがというか・・・)
オニキスがヒスイのプレゼントを探しにここへきたのは明らかだった。
「ヒスイ?」
近くの森から顔を出すオニキス。
「・・・と、コハクか」
コハクは完全にオマケの扱いだ。顔をよく見もしない。
「収穫ありました?」
「オレも今来たばかりだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
相変わらず話が弾まない。
「じゃあ、オニキスも一緒に行こうよ」
二人の心情を無視してヒスイが提案する。
(やっぱりこういう展開に・・・)
コハク的には敬遠したかった。
(二人きりの冒険デートのはずが・・・)
オニキスを横目で見る。
オニキスもコハクを横目で見ていた。
((こいつ・・・邪魔だ))
真ん中を歩くヒスイの頭上で同じ意味をもつ視線が交わる。
3人は黙々とジャングルの奥を目指して進んだ。
「ちょっとここで休憩しよう」
遺跡の見える場所まで来たところで、3人は腰を降ろした。
まるで遠足。
コハクは背中にしょったリュックからポットを取り出した。
入れてきた紅茶をヒスイに飲ませる。
ふ〜っ。
一息ついたところで次にコハクが取り出したのは虫除けスプレー・・・
「この先はかなり植物が茂ってるから・・・」
そう言ってヒスイに吹きかける。
プシュゥゥ〜ッ!!
一缶使い切る勢いだった。
「ケホケホ・・・お兄ちゃん・・・かけすぎ・・・」
ヒスイが咳き込む。オニキスも咳き込んでいる。
「虫にでも刺されたら大変でしょ」
そんな事を言う割に、デニムのミニスカートと夏っぽいデザインのサンダルを履かせている。
しかもスカートは膝上20p・・・ちょっとした動作で下着が丸見えの超ミニ。
(こいつの考えることはわからん・・・アホだ)
いつもの事とはいえ、オニキスは呆れて溜息をついた。
「はぁ〜っ・・・おいしい〜・・・」
2度目の休憩。
道案内をするコハクが歩き易い道を選んで迂回するので、遺跡にはなかなか到着しなかった。
ヒスイは紅茶を飲んで惚けている。
(疲れてきたな・・・ヒスイ)
家に籠もって本ばかり読んでいるヒスイは体力がない。
疲れを口にすることはなかったが、表情を見ればすぐにわかる。
(少し眠らせないと・・・)
オニキスと目が合う。同じ事を考えていたようだ。
とりあえずこの場は頷き合ってコハクが言った。
「ヒスイ、少し寝て」
「え?いいの?」
「うん。まだ時間もあるし、大丈夫だよ」
それを聞いて安心したのかヒスイは大きな欠伸をした。
「ふぁあっ・・・ちょうど眠かったんだ〜・・・」
コハクの膝を枕にしてヒスイが横たわる。
「おやすみ、ヒスイ」
コハクはリュックから大きなタオルケットを取り出してヒスイの上に掛けた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
残された男二人に訪れる沈黙。
「僕等も少し休んでおきましょう。それほど危険な場所ではないはずですが、遺跡の中は何があるかわからない」
コハクが瞳を閉じた。
「・・・そうするか」
顔をつき合わせていても仕方がない。
オニキスも瞳を閉じた。
ジメジメと暑い日だった。何もしていなくても体力を消耗する。
そこに涼しい風が吹き抜けた。
「あ・・・ん・・・おにいちゃん・・・だめだよ・・・こんなとこで・・・」
ヒスイが目を閉じたままモゾモゾと動く。
「え?僕?」
(まだ何もしてないけど・・・)
「・・・・・・」
オニキスが睨む。
「違いますよ、ホラ」
コハクが両手をヒラヒラとしてみせた。
「あ・・・っ・・・や・・・!!」
(ヒスイ?寝ぼけてる??)
コハクはタオルケットを捲った。
「!!」「!!」
コハクとオニキスが同時に驚く。
「ん・・・?」
目を覚ましたヒスイの悲鳴。
「きゃあっ!何よ!コレ!」
体に巨大な白蛇が巻き付いている。
「ちょっと!やだっ!離れてよっ!」
ヒスイが暴れる・・・すると蛇は更にヒスイの体を締め付け、尻尾の先をスカートの中へ滑り込ませた。
「!!!」
コハクが慌てて尻尾に手を伸ばす・・・が、掴めない。
(まさか・・・霊体!?)
「痛いってば!このヘビっ!!」
格闘するヒスイ。しかし蛇は一向に離れる気配がない。
「憑かれた・・・な。あれは呪いの一種だ」
「僕としたことが・・・気が付かなかった・・・あぁ、ヒスイ〜」
「オレもだ。あれはかなりの高位霊・・・悪魔とは全く別物だ」
「僕等は霊体に触れることができない。だけど憑かれてるヒスイは違う。早くなんとかしないと・・・やっぱりこれって魔本がらみですかね?」
「そうかもしれん」
「でもなんか・・・おかしくないですか?」
「何がだ?」
「動きがえっちっぽいっていうか・・・」
「・・・・・・」
白蛇はヒスイの胸や腰、太股に絡みついている。
ズルズルとヒスイの体の上を這い、チョロチョロと細く長い舌でヒスイの首筋を舐めていた。
「お・・・おにいちゃぁん!この蛇変だよぅ、気持ち悪いよ〜!早く取ってぇ〜・・・」
ヒスイが哀願する。
「僕のヒスイに触るな・・・引き剥がしてやる・・・」
コハクが呪文を唱え始める・・・
「やめておけ。霊化は。呪文の効果が切れるまで逆にこちらのものに触れなくなる」
「ご心配なく。部分霊化ですから。とにかくあの動きが許せない・・・」
「落ち着け。どのみち霊化だけで払える相手ではない」
「じゃあ、どうしろっていうんですか」
コハクとオニキスの言い争いが始まった。
『愚かな・・・』
蛇が言葉を発した。
『我、魔本の化身なり。我、欲すれば、愛と友情の証を見せよ。できなければ・・・この娘は頂く』
「わかった。明朝、朝日が昇ると同時に“証”をみせる。それまでヒスイに手出しするな」
そう啖呵を切ったのはオニキスだ。
『・・・よかろう』
「愛と友情の証・・・ってどうするんですか?何か考えが?」
「・・・ない」
「・・・“友情”って何なんですかね」
夕日を背に男二人が語り合う。
ヒスイは蛇と一緒に眠っている。
「お前・・・友人はいるのか・・・」
「う〜ん・・・友達というか、同僚なら。イズ・ラリマーあとシンジュ・・・3人・・・ですね。ははは。そういうあなたは?」
「人間をやめてから付き合いはない。カーネリアンとオパールぐらいか・・・」
「うわ・・・僕等ってひょっとして友達少ない?」
「・・・数が多ければいいというものでもない」
「まぁ、そうですけど。結局、“友情”をどう演出するか・・・ですよね?」
「そういうことだ」
「それっぽく肩組んでみるとか?」
コハクとオニキスは試しに肩を組んでみた。
「“友達”っぽく見えますかね?」
「・・・わからん」
「これでちょっと笑って・・・」
ニタァ〜・・・
二人の笑いが引きつる。お互いの顔をみて溜息。
「いっそ漫才でもやります?」
「やるか、馬鹿」
「だったらアレをこうして・・・」
「ならばコレはどうだ・・・」
「ちょっとインパクト弱くないですか?」
「・・・ソレは逆にわざとらしい・・・」
こうしている間に日は沈み、夜は更けていった・・・
「あれ?お兄ちゃん・・・どこ?」
「明日の仕込みに出かけた」
深夜、目を覚ましたヒスイにオニキスが説明する。
「何だかんだ言っても、お兄ちゃんとオニキスって仲いいよね」
「・・・どこがだ」
「よく意見はぶつかるけど、意外と息が合ってるの、気付いてない?」
「・・・・・・」
「“二人の間に言葉はいらない”・・・みたいな・・・」
「・・・それを言うなら、“話すことなど何もない”の間違いだ」
オニキスが言い切る。ヒスイは笑った。
「笑っている場合か」
ヒスイの体はまだ蛇に拘束されている。思うように動けない状態だ。
「うん、でも、ひんやりしてて夏はいいかも。変な動きさえしなければ・・・」
変な動き・・・オニキスもコハクもそれが許せない。
ヒスイがこのまま蛇に犯されでもしたら・・・と思うと気が気でなかった。
「・・・必ず助けてやる。お前をコハク以外の男に渡すつもりはない」
「男って・・・ヘビだよ・・・?オニキスって時々変なこと言うよね」
ヒスイがまた笑った。
明朝。日の出。
コハク・オニキスのコンビと魔本の化身に憑かれたヒスイが向き合う。
『・・・“証”を示せ・・・』
チロチロと赤い舌を出して蛇が言った。
コハクとオニキスは顔を見合わせ頷き合った。
「これ、な〜んだ?」
不敵な笑いを浮かべて、コハクが後ろに隠していたものを出す。
『!!お主・・・何のつもりだ・・・』
「これが君の“本体”だね?“本体”がなくなれば君は消滅する。ヒスイから離れなければ・・・燃やすよ?」
『おのれ・・・卑怯な真似を・・・』
スゥ〜ッと蛇の姿が消えた。
そしてヒスイの体が動き出す・・・蛇はヒスイに完全憑依した。
(よし、計算どおりだ!)
オニキスに目で合図する。
オニキスはヒスイの背後に回り込んだ。
時は遡り・・・2時間前。
「これが魔本の“本体”です」
遺跡から戻ったコハクがオニキスに見せたのはタイトルも何もない、古くさい装丁の厚い本だった。
「“化身”は本の内容そのものなんです。だから今この本には何も記されていない」
オニキスがページを捲る。
コハクの言うように文字は一つもなく、まっさらな自由帳そのものだった。
「これをチラつかせて僕が挑発すれば、奴はヒスイの体を使って取り返そうとしてくるはずです。奴がヒスイに完全憑依したらそのまま封印してください。命あるものの中に霊体は長い時間留まれない。必ず自分から本に戻る。その作戦でいきましょう」
“脅迫”・・・散々話し合った挙げ句、“友情”とはかけ離れたところで話がまとまった。
「そもそも僕等の間に“友情”を築けというのが無理な話です」
「もっともだ」
「作戦の確認です。僕がヒスイに殴られている間にあなたが背後から封印・・・いいですか?」
“ヒスイに殴られる”そう言ったコハクの表情が嬉しそうなのが怖い。
(受け流せば済むだろうに・・・わざわざ殴られる意味があるのか・・・筋金入りの変態だ・・・)
ドカッ!バキッ!
意識まで乗っ取られたヒスイが容赦なくコハクを殴りつける。
「効くなぁ〜・・・ヒスイのパンチ・・・」
口の中が切れ、端から血を流してもまだ笑顔。
「さぁ!さぁ!おいで!」
両手を広げ更に挑発・・・
(アホ過ぎだ・・・こいつといると頭が痛くなる・・・)
「さっさと済ませる」
オニキスがヒスイの背中に手を翳す。
「どれほど価値のある本か知らんが、ヒスイに害を及ぼす者はオレ達の敵だ・・・!」
オニキスの呪文が発動した。ヒスイの体を光が包み込む・・・
「これが僕等のやり方だ」
口元の血を拭ってコハクがにやりと笑った。
『く・・・よかろう・・・お主の“変態”ぶり・・・しかと見届けた・・・我の所有を・・・許す・・・』
スゥ〜ッ・・・
ヒスイの体から白蛇が抜けた。天駆ける龍のような動きで本体へと同化する・・・
崩れ落ちるヒスイの体をオニキスが抱き留めた。
「何ですか“変態”ぶりって・・・昨日は“愛と友情”って言ってませんでしたっけ・・・」
完成した魔本をコハクが開く。
「この魔本・・・明らかに言動が不審だ。一体何の・・・」
オニキスが訝しげな表情で見守る。
「・・・おお〜っ!!」
コハクが本に顔を近づける。
「えっちの指南書みたいですよ。コレ」
「な・・・んだと?」
コハクの冗談かと思いきや、そうではなかった。
(語り継がれた伝説の魔本が・・・・コレとは・・・)
オニキスは目眩がした。
「へぇ・・・ほぅ・・・こんな技が・・・う〜ん・・・僕もまだまだだなぁ・・・奥の深い世界だ・・・」
コハクはとても熱心に魔本を読んでいる。
「・・・そんなモノに感銘を受けるな」
「見ます?」
「見るか!」
「それで、どうするつもりだ?ソレをヒスイに渡すのか?」
「さすがにそれは・・・」
「14日・・・もう時間がないぞ」
今日は11日。これから新しい魔本を探すには無理があった。
かといって普通の本をプレゼントするのも悔しい。
「そうですね。どうしましょう・・・何かいい案ないですか?」
「そういうお前こそ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
3月14日。
「わ・・・これって・・・ひょっとして・・・手作り?」
プレゼントされた本をヒスイが嬉しそうに抱えている。
「うん。魔本って訳じゃないけど世界に一冊しかない本だよ」
「ありがとう!お兄ちゃん!オニキス!」
嬉しい!すごく嬉しい!と、ヒスイは喜びの言葉を何度も繰り返した。
それは10ページにも満たない薄い絵本・・・オニキスが文を、コハクが挿絵を描いたものだった。
オニキスの紡ぐ優しい言葉にコハクの絵が見事に調和していた。
悲しい話ではないはずなのに涙が出る。
最高のホワイトデー。ふたりをひとつにする魔法。
(お互いのことちゃんとわかってなきゃ、こんなの創れないよ。友達じゃないなんて言うけど、結局は息の合う二人・・・大好き!)
「で、これがシザーズ島の魔本なんだけどね」
その夜、コハクが魔本についての研究成果を発表した。
「この何日か使い方について色々と調べてみたんだ」
「何なのソレ・・・ここんとこずっと枕元に置いてあったよね?お兄ちゃんが見ちゃダメっていうから我慢してたけど・・・」
「見たい?」
「うん!見たい!」
「じゃあ、いいよ。はいv」
ヒスイに例の魔本を開かせる。
「栞の挟んであるページを見てみて」
「!?なにこれぇ〜!!」
ヒスイは驚きのあまり本を落としそうになった。
“あ・・・ぁん・・・おにい・・・ちゃんっ!”
本から喘ぎ声。それは紛れもなくヒスイの声だった。
「やっ!やだ!これ昨日の・・・」
ヒスイが真っ赤になる。
「うん。えっちの記録。映像と音声を記録できるという伝説の魔本なんだ!記録できるのはえっち限定だけどそれで充分!」
コハクが熱く語る。
コハクにとっては大収穫。思った以上に使える魔本だった。
「だってほら。これ見てるとまたしたくなるでしょ?」
「・・・うん」
火照った顔のままヒスイが小さく頷く。
コハクはいやらしく微笑んでヒスイを抱き寄せた。
(素晴らしい!これぞまさしく伝説の魔本・・・究極のえっち本だ!!)
‖目次へ‖