午後の部、開始。

まずは二人三脚ならぬ三人四脚。


「父ちゃん、オレ、腹痛てぇ〜・・・」


早くも昼食の影響で、ジストがリタイア。
代わりにヒスイが参加することになった。
白組は・・・コハク、ヒスイ、トパーズ。
赤組は・・・オニキス、タンジェ、シトリン。
「よぉ〜い!スタートっ!!」
パンッ!空砲が鳴った、が。
「ヒスイ、もっとこっち寄って」
「バランスが悪い。こっちへ寄れ」
ヒスイの体が左右に揺れるばかりで一向に前へ進まない3人。
「こっちだってば」
「こっちだ」
「ちょっとっ!痛いってばっ!!もう始まってるよっ!!」


「白組が負けてもイイのっ!?」


ヒスイの一言が効いて。
「よし!ここはお互い百歩譲るとして」
コハクが横目で促すと、トパーズも頷き。
「「いくぞ!」」

ズサッ!

はじめの一歩で見事転倒。
その後もコハクとトパーズのテンポが致命的に合わず、最下位。
オニキス、タンジェ、シトリンチームがダントツ1位だった。


赤組と白組の得点が並んだ。

最終種目は・・・障害物パン食い競争。


「・・・なんだけど、僕ちょっと体調が・・・」


いよいよ来た。コハクがお腹を抱えている。
「君、代わりに・・・」
と、話を振ったついでにトパーズを見ると、コハク以上に顔色が悪く。
「だめだ・・・腹が痛い」
苦しそうに息を吐いた。
「・・・食中毒だ」
「・・・・・・」
ここはサルファーが出場するのが順当だが。
「何で僕がこの女の尻ぬぐいしなきゃなんないんだよっ!!」
お昼に卵焼きしか食べていないので、お腹も空いて苛々が増す。
(あんなの食べたらあたることぐらいわかってたハズだ)
「それなのに・・・ジストも父さんも兄さんも食べた・・・」
(この女が作ったやつだから)
そう思うと益々くやしい。
「・・・お前出ろ」
「え?」
運動は苦手!と主張するヒスイを無理矢理スタートラインに並ばせる。
「負けたら許さないぞ!みんなお前のせいだっ!!」
「わかったわよ!走ればいいんでしょ!走ればっ!」
隣に並ぶは、赤組のシトリン。
「母上が出るのか!?」
「そう。わざと負けたりしないでね」
気の優しいシトリンならやりかねないと思うのだ。
誰が見たって体育会系シトリンの勝利。

ところがなんと、ヒスイが先を走っている。

地面に貼られた網を抜けたり、平均台の上を通るのは小柄なヒスイの方が有利だったのだ。
けれども・・・
「・・・・・・」
ヒスイが足止めをくらった。
パン食いゾーン。
飛んでも、飛んでも、紐で吊されたパンに届かない。
トップでここまで来たはずなのに、次から次へと抜かれて。
「母上・・・」
巨乳が仇になり、網抜けに苦戦していたシトリンも追いついた。
シトリンは簡単にパンを咥え取り。
先を行こうとするが、やっぱり気になって。
(母上を置き去りにするのは忍びない)
「・・・なに?同情ならいらないわよ」
くやしそうにパンを睨むヒスイ。
先に行けとシトリンをせっつくが・・・


「わ・・・」


「ほら、取れ」
シトリンはヒスイを抱き上げて。

はむ・・・っ!

「・・・ありがと」
「いや、親子は助け合わねば。さあ、共にゆこう!」
「うんっ!」
手を繋ぎ、走り出す母娘。
同時ゴール。
運動会は、赤白堂々引き分けで幕を下ろした。



「くすっ。結局引き分けか」
白組PTA代表コハク。
妻と娘が仲良くゴールで・・・満足。
悔いはないと告げる。
「勝負ハまた来年デスネ〜」
赤組PTA代表サファイアも引き分けを快く受け入れた。
「運動会かぁ・・・殺し合いをするより面白いね」
「エエ♪」
「いい時代になった。今じゃ剣より包丁を握っている時間の方が長いし。血の匂いなんて忘れてしまいそうだよ」
コハクが声をあげて笑い、サファイアも相槌を打つ。
「ワタシもデ〜ス」



運動会終了後。

「アレキも来いよっ!父ちゃんと兄ちゃんがご馳走作ってくれるってっ!」
腹痛から復活したジストがアレキを誘い。
「サファイアさんも一緒に」と、サルファーがサファイアを誘う。
(カエル以外のものが食べられる!!)
赤い屋根の屋敷へ行けば、美味しいお菓子を振る舞って貰えるのだ。
しかも今日は夕食のご招待だ。いつも以上に期待が膨らむ。
「ママ〜・・・」
必死におねだりするアレキ。
「ン〜・・・今日ダケですヨ?」
「わぁ〜い!!」

ところが・・・

「アレキ?すごい汗かいてるけど・・・暑いの?」
親友のジストが覗き込む。
「う、うん」
(コハクさんが苦手だなんて、ジスト達には言えないよ〜・・・)
初めて会った時からそうだった。
コハクの半径2m以内に入ると、冷や汗が出るのだ。
アレキの中に記憶としては残っていない、過去の出来事・・・
コハクに首を切り落とされた経験から、ヨルムンガルドの本能が怯えている。
おやつにつられて遊びに行くと、決まって後悔するのだ。
「アレキもほらっ!味見!味見!」
空腹に耐えかねたジストとサルファーが味見と称してつまみ食い。
これまた嬉しいお誘いだが、二人の傍らにはコハクが控えていた。
「アレキくんもどう?味見」
食中毒による腹痛を引きずりつつも、穏やかな笑顔のコハク。
「う・・・」
(だめだっ!!やっぱり怖いっ!!)
蛇に睨まれた蛙とは自分の事だと思う。
「おい!どこいくんだよ!?」
ご馳走を前に逃げ出すしかないアレキの背中。
サルファーが呼び止めても遠ざかってゆく。
「なんだ?あいつ・・・」



同じ頃、屋敷の浴室では。

ゴシゴシゴシ・・・

猫に戻ったシトリンの体を熱心に洗うヒスイ。
「おぉ〜・・・気持ちイイぞぉ〜」
極楽、極楽、と、シトリンはご機嫌だ。
「よしっ!交代だ!次は私が洗ってやるぞ!母上!」
「いい。お兄ちゃんに洗ってもらうから」
「・・・・・・」
ヒスイのノリが悪いのはいつもの事で。
何でも“お兄ちゃん”なのだ。
「あ〜、今日は楽しかったな」
「うん、まぁ」
「兄上、よく運動会に参加したな。学校行事など大嫌いだというのに」
「うん。ジストがいるから」
「そうだな・・・」
何気なくヒスイの口から出た言葉も、シトリンの耳には重く響く。


兄上と母上はもう“親子”にはなれないだろう。


だったら、兄上の分まで、私が“母”と呼ぼう。


「母上、私な・・・」
ヒスイの膝にスリスリ。
猫の姿だと素直に甘えられる。
ヒスイもあまり抵抗を感じないようだった。
「・・・愛して欲しくば、まずは自分が愛する事だと思うんだ」
「・・・・・・」
「兄上は・・・それが少し難しかったのかもしれんが・・・母上?」


「話・・・聞いてるか??」


「んぁ?」


深く俯いたヒスイは・・・うたた寝をしていた。
「久しぶりに運動したから眠くなっちゃった・・・」

ふあぁぁ〜っ・・・

「大丈夫だよ。今は、ちゃんと愛してる」
「そうだな」
(母上のことも、ジストの事も・・・というか・・・)
ウトウトしているヒスイが話を聞いていたかどうか、かなりアヤシイ。
(ひょっとしたら話が噛み合ってないんじゃ・・・)
「・・・まぁ、いいか」

ふぁあ〜っ。

再びヒスイの大あくび。
「今日泊まっていけば?どうせ部屋余ってるし。タンジェも一緒に」
「そうさせてもらうか!親子三代、川の字になって寝よう!母上!真ん中にしてやるぞっ!!」
張り切るシトリン。
しかし最後はやっぱりこれなのだ。


「いい。お兄ちゃんと寝るから」




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