国境の町ペンデローク。オニキス&スピネル宅。
オニキスの問い。
「・・・何故お前がここにいる」
コハクの答え。
「他に行くところもないんで」
リビングに男3人。オニキス、スピネル、そしてコハク。
「ヒスイがいないと何もする気が起きなくて」と、嘆くコハクは無気力にテーブルへ突っ伏している。
「家、追い出されちゃったんだって」
スピネルがクスクスと笑い、オニキスのカップに紅茶を注いだ。
「追い出された、だと?」
オニキスはコハクの向かいに着席した。
もはや自分で説明する気力もないコハクに代わり、スピネルが続ける。
「ママに“5時まで帰ってきちゃだめ”って言われたんだって」
「ヒスイに?」
そこでコハクが。
「誕生日なんですよ、僕の」
神の創造物である熾天使に誕生日などというものはないが、かつて幼いヒスイが“この日”と決めたのだ。
「そのお祝いを今年は家族皆でしてくれるらしいんです」
びっくりさせたいから、というヒスイの意向により外出を余儀なくされてしまったのだ。
とりあえず城下を一巡りし、ヒスイのランジェリーを中心にショッピングに勤しんだが、独りだと思ったほど時間が経たず、ここに立ち寄ったのだという。
「気持ちは嬉しいんですけどね、一体この空き時間をどうしろっていうんですか・・・」
「オレに聞くな」
「爪でも切ろうかな」コハクが言うと。
「はい、パパ」気を利かせたスピネルが爪切りを渡した。
「ありがとう、じゃあちょっと失礼して・・・」
パチ、パチ、パチ・・・
コハクは絶対に爪を伸ばさない。
ヒスイの体を傷つけないよう常に深爪なのだ。
それこそ暇さえあれば、爪を切っていた。
「・・・・・・」
(こいつはヒトの家で何をしているんだ・・・)
呆れ顔で見守るオニキスをよそに、我が家のような寛ぎぶりだった。
「ボクも今日はちょっと用事があるんだ」と、スピネル。
ヒスイに呼ばれているのだ。これから屋敷へ出向くのだと言い、「時間になったらオニキスも一緒に来て」と席を立った。それから。
「パパ」
「うん?」
「お仕事みたいだよ」
リビングを出る間際、外に目をやったスピネルが気付き、窓を開けた。
その瞳に移るのは白い鳩・・・教会の伝書鳩だ。
古臭い連絡手段のようでも、感知能力に優れた特別な鳩であり、モルダバイト領内ならどこにいても教会の司令を運んでくる。主に緊急の場合に用いられた。
コードネーム『春夏秋冬』。
ソウキュウニ サンジョウ サレタシ
エクソシスト寮。司令室。
「よく来てくれた。『春夏秋冬』、君達を呼んだのは他で・・・も・・・」
総帥お決まりの文句が途切れる。
ヒスイの立ち位置に、黒髪の男。
「コハク、君の隣に立っている人物・・・モルダバイトの前王のように見えるのだがね?」
「ご名答です」
コハクはニッコリ、柔和な微笑みで言った。
「お気遣いなく。ヒスイの眷属ですから」
腕が立つので同行させるとコハクが申告し、総帥セレナイトはあっさり了解した。
「・・・・・・」無言のオニキス。
今日も勝手な事を言われ放題・・・その上、巻き込まれる。
(止むを得ん。5時まで付き合うか・・・)
とある修道院で、修道士数名が突然老化するという事件が発生した。
「ぜひ君達に行って貰いたい」
総帥から直々に調査を頼まれ、二人が到着したのは、宗教の国マーキーズ。
都心から大分離れた山中に創設された修道院には、100名近くの修道士がいるらしいが、全員避難済みで現在は無人だった。
山の傾斜を利用した造りになっており、敷地内は長い階段で移動する。
その頂点に建設された大聖堂にて。
「ここか、事件が起きたというのは」
オニキスが内装を見回す。特に異変はないように思えた・・・が。
「コハク・・・」
「何ですか?」
「お前・・・崇拝されているぞ」
「うわ・・・何だこの絵」
オニキスに促され、視線を向けた先に一枚の絵画が飾られていた。
屍の山の上に立つ6枚羽根の熾天使・・・その姿は美しく描かれていたが・・・
「・・・・・・」
(あの頃の僕ってこんな顔してたんだ)
今見るとシリアス過ぎて笑える。
(髭でも描いてやれ)
「!?お前何を・・・」
オニキスが止めるのも聞かず、持っていたペンで自分の顔に落書きをしながら、コハクはセレの言葉を思い出していた。
ぜひ君達に行って貰いたい。
「・・・成程、そういう事か」
(あのヒト結構悪趣味なとこあるからなぁ・・・ヒスイが一緒じゃなくて良かった)
前髪を掻き上げ、軽く息を吐いた後、コハクは再び口を開いた。
「僕が殺したのは、世間一般でいう“悪人”でしたから。当時は救世主扱いする人間もいましたが、まさか未だに信仰が残っているとは思いませんでした」
「そういう事ならば、納得がいく・・・くくっ」
「何笑ってるんですか」
オニキスが次に発見したのは、祀られた石像。
慈悲深い女性の像にも見えるが、顔はコハクだ。
ここだけの話・・・神の使いである熾天使の、美しく女性的な姿に魅了される修道士が後を絶たないのだ。
つまりここはそういう場所で、至る所に熾天使を模した美術品が置かれていた。
「・・・冗談じゃない」
コハクは露骨に不快な表情で、石像を蹴り倒し、自ら粉々になるまで踏み付けた。
調査という当初の目的から相当ずれた行動だ。
傍らでオニキスが笑いを堪えている。
その時だった。
「・・・お出ましか」
「・・・ですね」
二人以外は誰もいない筈の大聖堂に何者かの気配。そして、冷気。
普通の人間ならば、この瞬間に生気を吸い取られ、老化・・・場合によっては死に至る。
「修道院というところは、案外悪魔が巣食っていたりするんですよね」と、コハクが言ったと同時に・・・
バコンッ!!壁が割られ。
破片を避けるように、コハクとオニキスが左右に分かれた。
現れたのは、一見人間の男のようでもあるが、身の丈3m以上ある化物だ。
筋肉の塊・・・上半身が異様なほど膨張していた。
人間の生気を糧にする、それは吸血鬼のなれの果てだった。
真祖吸血鬼に襲われ、命を落とした後、放置された死体が稀に進化する事があり、長い年月をかけて吸血鬼化する。その最終形態をククディーと呼ぶ。
日の光にも強く、ヴァンピールあるいはそれ以上の能力を持つ存在と成り得るが、変化に耐えられず、心身が崩壊する者がほとんどだという。
この“なれの果て”も、拳を振り回し、闇雲に暴れていた。
もはや自我は残っておらず、敵を敵とも判別できない状態だった。
「・・・斬るしかないな」
コハクが戦闘態勢に入る・・・が。
(あ、しまった)
手元に武器がない。
持参した魔剣マジョラムは、大聖堂の壁に立て掛けたまま。
「待ってろ」
たまたま近くにいたオニキスが、魔剣マジョラムをコハクに渡そうとした事から、なれの果てとの戦いは劣勢に傾くのだった。
「!?」
オニキスが剣の柄を握ると、信じられない重圧がオニキスの右腕に加わった。
骨が軋む・・・支えた全身が地面にめり込むほど、重い。
「っ・・・!!」(何だ、これは・・・)
「あ、その剣、ちょっと重いんで」
言うのが遅い。
オニキスは奇しくも連れの持ち物で動きを封じられる羽目になり、挙句、なれの果てに殴り飛ばされた。
「!!」
ガシャーン!!ステンドガラスを突き破る・・・その先には何もない。断崖絶壁だ。
「く・・・」
落下して、“死ぬ”覚悟をオニキスが決めた時だった。
「コ・・・ハク?」
コハクの手がオニキスの手を掴んだ。
「離せ。狙われるぞ」
現に、なれの果てはすぐそこまできていた。
「オレに構うな」
落下して骨が砕けようが、肉塊になろうが、体は無限に再生するのだ。
ところがコハクはオニキスの説得に耳を貸さず、離すどころか逆に力を入れて。
「しっかりつかまっててください。今・・・」
「コハク!!」
頭上に影、なれの果てが今にもコハクを踏み潰そうとしていた。
その時。
どこからか一太刀繰り出され。
なれの果てを脳天から股下まで真っ二つにした。
無論それは致命傷で。なれの果ては灰となり、消滅した。
「一体誰が・・・な・・・」
無事地上に引き戻されたオニキスは唖然。
「「僕ですよ」」
コハクが・・・二人いる。
「「分身の魔法です」」
「分身・・・随分な高等呪文だが・・・」
「いやぁ、それほどでも。ははは」
ヒスイと3Pするために必死で会得した・・・とはさすがに言えず、コハクは笑って誤魔化した。
悪魔退治の任務を終え、その後。
コハクは自身をモチーフとした作品を掻き集め、火を放った。
「これで僕がしてきた事が消える訳じゃないですけど」
修道士達に色目で見られるのはごめんだと肩を竦めて笑う。
「何故あの時・・・オレの手を離さなかった」
コハクに人助けの精神があるとは思えない。
オニキスが尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「痛みに鈍くなってませんか?最近、戦い方が人間だった頃と違ってきている」
「・・・・・・」
コハクに指摘された通り、ヒスイの眷属になってから、無茶をする事が多くなった。
体を粗末にしていると言われれば、そうかもしれない。
「再生するから失っていい、なんてこと考えてると、そのうち心まで人間じゃなくなりますよ?ましてや周囲がそういう扱いをするようになれば尚更です」
「だから離さなかった、と?」
「まぁ、そういう事です」
「・・・肝に銘じておくとしよう」
オニキスの言葉にコハクは笑顔で頷き。
「あなたには心身共に健在でいてもらわないと困るんで」
「・・・何を企んでいる」
「別に何も?」
オニキスの問いに一度はそう答えたが、しばらくして呟くように言った。
「・・・たとえば僕が死んだら」
「ヒスイは凄く泣くでしょうけど、いつかは自分の足で歩き出す・・・そういう風に育てたつもりだ」
「・・・・・・」
「あなたはその時の“保険”です」
ちなみにトパーズは手が早いからダメと付け加え、笑う。
「・・・お前、死ぬのか?」
それは初耳とオニキスが皮肉る。
「死ぬわけないでしょ。たとえばですよ、た・と・え・ば」
負けじとコハクが笑い飛ばした。
「ヒスイは未来永劫僕のものです」
「その言葉は聞き飽きた」
「でしょうね。あ、もうすぐ5時ですよ」
やっとヒスイに会える。
浮かれ調子で歩き出したコハクを、オニキスが呼び止めた。
「コハク」
「はい?」
「一応・・・礼を言っておく」
するとコハクは。
「ぷっ・・・巻き込んだのはこっちですよ?」
「・・・・・・」
言われてみればそうだった。
「・・・帰りましょう。ヒスイが待ってる」
「ああ、そうだな」
赤い屋根の屋敷。
「お兄ちゃんっ!!おかえりっ!!」
帰宅するとすぐヒスイが飛び出してきて、コハクに抱きついた。
「ただいま、ヒスイ」
ちゅ〜・・・っ。再会のキス。
いつもと少し趣向を変えたコハクの誕生日パーティはつつがなく催され、その夜。
裏庭の桜の木の下で。
「おにいちゃん、ぜんぶぬいだよ?これでいい?」
白い肌と銀の髪。
白銀の裸体が、宵闇の中鮮やかに浮かび上がった。
「うん・・・綺麗だ。おいで」
愛しさに目を細め、ヒスイを抱き寄せるコハク。
「そろそろ二人きりでお祝いしようね」
「ん・・・ぁ」
ヒスイの陰部に忍ばせた指は、休むことなくその内側を掻き混ぜていた。
ぷちゅぷちゅ・・・ヒスイの粘膜が鳴る。
「あ・・・っ・・・まだはやい・・・よ。みんな・・・いるし」
奥まで弄られ抵抗するヒスイの体を手の平で優しく撫でて。
「大丈夫だよ、誰も見てない」
・・・コハクがそう言う時は大抵誰かが見ているのだが。
「よしよし」
甘い声で宥めると、ヒスイはすぐに大人しくなった。
木の幹に掴まり、背後から近づく肉茎に濡れた穴を向け・・・
長い吐息と共に受け入れた。
「は・・・・・・ぁん・・・」
指よりずっと太く弾力のあるものに、子宮への径を開かれる悦びでヒスイの喉が反る。
「うっ・・・ん」
「ようし・・・いい子だね」
ゆっくりと、コハクが腰を前後させ。
じっくりと、ヒスイにペニスを味あわせる。
「ん〜・・・っ、んっ、はぁ、おにぃ・・・あ、あん・・・」
「・・・・・・」
抗えない快感に支配されたヒスイの目には、周囲のものなど何も映っていないのだろうと思う。
裏庭・・・そこにはオニキスもいた。
夜風に当たろうと外に出たのだ。
月の光が明るい夜。
照らし出されたヒスイの体に目を奪われるが、オニキスにとっては酷な美しさだった。
ひどく胸やけする。
こればかりは何十年経とうが克服のしようがない。
症状が悪化する前に、と。早々に立ち去ろうとした時だった。
ふと、ヒスイの細い腰に添えられたコハクの指先に目が留まった。
今朝せっせと爪を切っていた姿が浮かび、急に可笑しくなって。苦笑い。
「深爪の男・・・か」
ヒスイを攫っては、僕のものだと見せつける、性悪天使。
しかしなぜか・・・
あいつがいなければいいと思った事は、一度もない。
‖目次へ‖