コクヨウとアクアの愛の巣は、エクソシスト正員寮、405号室。



「ね〜、コクヨ〜、これどうかなぁ〜?」
「・・・・・・」
布面積の少ないセクシーランジェリー。
シンプルなビキニタイプではあるが、色は黒で。
悩殺的なシースルー・・・
それに覆われた乳房の、尖った頂部分だけ、ピンポイントにレースで隠されている。
下もまた然り、手入れの行き届いたアンダーヘアにレースが被さって。

見えそうで、見えない。

・・・明らかに誘惑目的のランジェリーだ。
しかもそれがアクアに似合っている。怖いくらいに。
コクヨウは獣の顔を背けようとしたが、アクアに掴まれ、視線を逸らせない。
「ちゃんと見てぇ〜、ほらぁ〜、ムラムラしていいんだよ〜?」
「するか!!」
と、反射的に強い口調で否定したのものの。
「昼間っから・・・どうする気だよ・・・」
体は抵抗する素振りを見せなかった。
「そんなの、決まってんじゃん〜」
作戦成功を悟ったアクアが、妖艶な笑みを浮かべ、顔を寄せた・・・その時。



ピンコーン!チャイムが鳴り。

ピンコン!ピンコン!ピンコン!連射。

挙句にバンッ!扉が蹴り飛ばされた。



「やあ」



この挨拶は、コハクだ。

「お楽しみの邪魔しちゃって悪いんだけど」

コハクは赤ん坊のひとりを前に抱き、もうひとりを背負って。ヒスイと手を繋いで立っていた。
娘のセクシーランジェリー姿を目にしても、全く動じる様子はなく。爽やかな笑顔で話を続けた。
「急な仕事が入っちゃって、少しの間ヒスイと子供達をお願いできるかな」
「ちょっとぉ〜・・・パパぁ〜・・・」
これから、というところで強制終了となり、当然、アクアは不機嫌だったが・・・
「ママぁ〜!いらっしゃ〜い!」
ヒスイを見るとすぐ機嫌は直った。アクアもまた結構なマザコンだ。
「いいよぉ。ママはぁ、アクアが預かってあげる」
「うん、よろしくね」



こうして。ヒスイと2人の子供が次女アクアに預けられることになった。
産まれたばかりの赤ん坊は双子で、ひとりは金髪、ひとりは銀髪。
2人とも瞳の色は同じ、翡翠色だ。名前はアイボリーとマーキュリー。
子供達を並べてソファーに寝かせ。
「いい子にしてるんだよ」
ヒスイの頭を撫でて言い聞かせるコハク。
「うん〜・・・」
いつもの如く、ヒスイは眠そうだ。
コハクはヒスイにお別れのキスをして、窓から飛び立っていった。
「ママぁ〜、久しぶりぃ〜」
服を着たあと、改めて、豊満すぎる胸でヒスイを抱擁するアクア・・・
「ママの好きなお菓子、いっぱい作ってあげる〜」
餌付けする気満々である。ところが。
何気なくヒスイが窓の外に目をやったことで、事態は急変した。
「あっ!!古本市やってる・・・っ!!!」
モルダバイトの古本市は、掘り出し物が多いのだ。不定期に開催されるため、これは見逃せない。
「私っ!ちょっと行ってくるっ!!」
「え・・・ママぁ〜???」
「あーくんとまーくんはアクアの子分になるんだから!後よろしくね!」と。
こういう時だけ素早いヒスイ。
「待てコラ!!ここは託児所じゃねぇんだよ!!」


コクヨウの叫びが・・・虚しく消える。ヒスイの姿はもうない。


自称“子供嫌い”のアクアに託された双子。
「子分て・・・こんなおチビじゃ、使えないじゃん」
母親のヒスイがいなくなれば、やっぱり赤ん坊はぐずる。
「うるさいよぉ、ガキんちょ。泣いたら・・・ヤキ入れるよ?」と、脅すアクア。
不思議と言葉が通じているようで、ピタリと双子は泣きやんだ。
・・・が、目がうるうる。姉に空腹を訴えている。
「も〜・・・しょ〜がないなぁ・・・ちょっと待ってなよぉっ」
アクアは、寮の購買に哺乳瓶と粉ミルクを買いに行ってくると言い、キスでコクヨウを人型にしてから、部屋を出ていった。
「おま・・・どーすんだよ!!こいつら・・・」


コクヨウの叫びが・・・虚しく消える。アクアの姿はもうない。


「・・・・・・」
赤ん坊と残され、どうしていいかわからないコクヨウ。
恐る恐る上から覗き込む・・・気になるのは、銀髪の赤子、マーキュリーだ。
どことなくサンゴに似ている気がした。
顔を寄せ、瞳が紅くないことを確かめると、ホッとして。
「・・・乳くせぇの」
クンクン、臭いを嗅ぐのは、獣の習性だ。
「食っちまうぞ、コラ」
指で頬をつつくと、感じたことのない手触りで。思わず何度もつんつんしてしまう。
それからゴクッ、唾を飲み。マーキュリーを抱き上げるべく両腕を伸ばす・・・が。
「ただいまぁ〜」
「!!!!!!」
帰ってきたアクアの声に驚き、行き場をなくした両腕が妙な方向に曲がった。
「コクヨ〜?ど〜したの?」
「どうもしねぇよ!!」
「今ぁ、まーくんに触ろうとしてなかったぁ???」
「く・・・首でも締めてやろうかと思ったんだよ!」
「ふぅ〜ん」ニヤリと笑うアクア。
コクヨウの代わりに、マーキュリーを抱き上げ。
一段と口元を歪ませて、手を離す。当然、落下だ。
「おま・・・っ!!ガキ殺す気か!!?」
コクヨウがスライディングキャッチを決め、難は逃れたが。
「あれぇ?なんで助けるの〜?首絞めて殺すんじゃないのぉ〜?」と、ひやかされる。
真実をどこまで知っているのか・・・アクアの、鬼畜スマイルが眩しい。
「・・・・・・」(クッソ!!この女、遊んでやがる!!!)


「あ、そだ。これぇ」


キッチンに立つアクアに投げ渡されたのは、育児玩具“ガラガラ”。
その名の通り、振るとガラガラ音が鳴る。
「購買で見つけて、買ってきたの〜。アクアが小さい頃、よくジス兄が振ってて〜」
昔を思い出して・・・ということらしいが。
「・・・・・・」(どうしろってんだよ!!!)
こんなものを渡されても困る。
ベビー用品だけあって、何ともファンシーなデザインだ。コクヨウ的にはかなり抵抗があった。
「アクアがミルク作ってる間、フリフリして、あやしてて〜」
「振るかよ!!」
そう叫んだものの・・・やっぱり双子が気になるコクヨウ。チラチラ横目で見てしまう。
アクアはヒスイより断然手際が良かった。
哺乳瓶の煮沸消毒、ミルクもちゃちゃっと用意して。手の甲に一滴垂らし、味見も怠らない。
「・・・・・・」
そんなアクアの姿を見ながら、つい。尻尾で、ガラガラを振るコクヨウ。
すると、双子が笑い出し。
その無邪気な笑い声に、お疲れ気味の心が癒されてゆくのを感じた・・・ところで。



「よっ!」



「!!」突然声をかけられ。驚きのあまり、コクヨウはガラガラを放り投げた。
「テメ・・・いきなり出てくんな!!」と、キレる。
いつから、どこから、見ていたのやら・・・声の主はメノウだった。
「隠すことないじゃん。お前、子供好きだろ」
「!!んなワケあるか!!好きじゃねぇよ!こんな・・・丸くて柔らけぇの」
「素直になれって。俺達、義兄弟で、穴兄弟じゃん」と、メノウは今日も明るい。
「うっせぇよ・・・」
コクヨウの態度が悪いのはいつものことなので、気にすることもなく。
「なぁ、訊きたいんだけどさ」


「“銀”の男は同族の女にしか勃たないってホント?」


トパーズもジストも、ヒスイにしか勃たないことはカミングアウトしている。
「・・・だったらどうだってんだよ」
コクヨウも遠回しにではあるが、それを認めた。
「だとしたらさ、お前もうアクアしかいないじゃん」
「・・・・・・」
「子供、欲しいんじゃないの?」
「・・・・・・」
「俺さぁ、親はいないし、兄弟もいない、親戚もいないだろ」と、メノウ。


「この世界に、俺と繋がりのあるものがひとつもないって思ったら、なんかすっげぇ怖くなって。どうしても、自分の子供が欲しくなった」


「・・・・・・」
「結果的に、それがサンゴを死なせることになったから、弟のお前には謝らないといけないけどさ、でも俺は後悔してないよ」
そう言って、メノウはコクヨウを覗き込んだ。
「んで、お前はどうよ?確かな繋がり、欲しくない?」
「・・・なに言ってんだかわかんねーよ」と、そっぽを向いて不貞腐れるコクヨウ。
わからないフリをしているだけだ。メノウは苦笑した。
「ま、お前には親戚いっぱいいるけどな。サンゴのお陰で」

「ん〜?なに?コクヨ〜、子供欲し〜の?」と、振り向くアクア。
メノウとコクヨウの会話が、キッチンまで丸聞こえだったのだ。
「知るかよ!!!」コクヨウはやけくそになって叫んだ。
「アクア、子供嫌いだし〜。どうしよっかな〜」
すると、その一言で。
コクヨウの尻尾が、悲しげに折れ曲がった。
幸にも不幸にも、コクヨウの場合、感情がすべて尻尾に現れるのだ。
口で何を言おうと、尻尾が本音をカミングアウト。周りは皆知っている。


「コクヨウ、子供欲しいと思うよ。だって・・・」


更に、戻ってきたヒスイによって、あっさりカミングアウトされ。
「んなっ・・・!?テメ、何デタラメ言ってんだよっ!!!」
裏返る、コクヨウの声。
恥ずかしい過去をバラされてはなるまいと、ヒスイに飛び掛かる。
しかし、次の瞬間。
「!!!」
コハクにラリアートされ、壁にめり込んだ。


「久しぶりに、調教希望、かな?」


仕事を終えて戻ってきたコハクは、バキバキ拳を鳴らし。
「ヒスイに怪我でもさせたら、どうなるかわかってるよね」
「・・・クソ、この極悪天使が」
唾を吐き、立ち上がるコクヨウ・・・実際に折檻された経験があるので、笑えない。
口では突っ張っていても、尻尾は怯えて。可哀想な事になっている。その時。


「!!」(殺気!?)


コハク目掛けて、何かが投げつけられた。
瞬時に身構えたが、よく見るとそれは哺乳瓶。コハクは2本続けてキャッチした。
「ちょっとぉ〜、パパぁ〜、それ以上コクヨ〜苛めたら許さないからね」と、アクア。
「ははは!冗談だよ。半分はね」
コハクは笑って誤魔化し。哺乳瓶をコクヨウに持たせた。
「はい、これ。続きお願いするよ。僕達これからデートしてくるから」
そう言って、ヒスイの手を取り、口づける。
「ヒスイの母乳は僕が飲むから、心配いらないよ」
「やだ・・・もう・・・お兄ちゃんってば・・・」
デレるヒスイ。コクヨウはもはや眼中にない。


「なんでオレがやんなきゃなんねぇんだよ!!」


と、怒鳴るコクヨウ。口では反抗するが・・・尻尾はパタパタ喜んでいる。
つまり、そういうことだ。
皆が一斉に笑い、最後にコハクがこう説いた。


「君もそろそろ慣れておいた方がいいよ。来たるべき日のために、ね」




コクヨウが、自分の子供を腕に抱く。

それはたぶん・・・そう遠くない未来の話。



・・・かも?




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