「お!いた!いた!コハク!」
いつものラフな格好に着替えたカーネリアンがコハクの前に姿を現した。
「帰るとこかい?」
「ええ、まぁ」
コハクは荷物をまとめているところだった。ヒスイがオニキスの元から戻らないうちは帰るに帰れない。
「今日はお誘いありがとうございました」
かなりオイシイ一日だった。
「いやぁ、笑わせてもらったよ。やっぱりアンタ面白いね」
心の広いカーネリアンらしいコメントだった。
「なぁ、これ知ってるかい?」
先程とは一変。少々裏のありそうな笑顔で後ろに隠し持っていたものをコハクに見せる。
「写真機・・・ですか。これはまた珍しい・・・」

ポラロイドカメラだ。

コハクは感心して見入っている。
「よく手に入れましたね・・・こんな異世界アイテム・・・」
異世界アイテム・・・この世界に存在し得ない道具のことを言う。
が、実際は都合よく各地に散らばっている適当な道具だ。
「これでヒスイの写真を撮ったんだよ」
「んなっ・・・!?」
見事なまでの食い付き。
「隠し撮りなんだけどさ、水着姿の」
「くっ・・・くださいっ!!それ!!」
コハクが声を荒げる。いつもの穏やかな雰囲気は微塵も感じない。
(かかった!)
カーネリアンはにやりとした。
「やってもいいけどさ、ひとつ条件がある」
「何ですか?何でもやりますよ!写真の為なら!!」
コハクはすごい意気込みだ。
「ファントムのリーダー、やってくれないかい?」


「・・・は?」


目を丸くするコハク。
「期間限定でいいんだ。アンタに頼みたい」
「・・・何か、あったんですか?」
「ちょいと事情が込み入ってね。たいしたことじゃないんだけどさ、今回は個人的に動きたいんだ。その間だけ頼めないかい?」
「・・・写真、何枚あります?」
コハクの頭のなかはやっぱりそれだ。
「いいのがあるぞぉ。女同士でしか撮れないショット満載」

ごくり。

何も迷うことはない。
コハクはありったけの写真を貰うことを条件に二つ返事で引き受けた。

くしゅん!

「・・・おかしいわね・・・」
自分が取引のネタにされていることなど露にも思わないヒスイは、夜空の下で鼻をすすった。
「こんなに暖かいのに、風邪かしら・・・」



「っと、悪い。取り込み中だったかい?」
カーネリアンが次に顔を出したのはオニキスのところだった。
「いや。済んだところだ」
オニキスは血に染まった唇を手の甲で拭った。もうヒスイの姿はない。
そこにカーネリアンが一枚の紙を差し出す。
バーベキューをしているときのヒスイの写真だ。
「・・・・・・」
オニキスは無言だった。
けれども写真を返す気配は全くない。
「可愛いだろぉ。その写真。欲しいかい?」
「・・・・・・」
オニキスは黙ったままだ。
(・・・素直に欲しがるだけまだコハクのほうが扱いやすいな・・・。まぁ、コレには余計なものも写ってるし、気持ちはわかるけど)
余計なもの・・・コハクだ。
写真のなかのヒスイの笑顔はコハクに向けられていた。
「切っちまえばいいだろ。こっち側はさ」
カーネリアンは指を鋏に見立ててちょきんとやってみせた。
そしてオニキスから写真を取り上げた。
「ただではやらないよ」
「・・・条件は何だ」
(よし!こっちもかかった!)
オニキスもなかなかの食い付きぶりだった。
「なぁに、ちょいと個人的に協力してもらいたいことがあってさ」
「・・・いいだろう。よこせ」
「ほら。あとは好きにしなよ」


こうしてカーネリアンは強力な手駒を二つ手に入れた――



「え?リーダー??」
「うん」
「なんで??」
「ちょ・・・ちょっとカーネリアンさんに昔の恩があって・・・」
(さすがにヒスイの写真欲しさにとは言えない・・・)
「・・・・・・」
コハクが“ファントム”を動かすことになり、その為にしばらくは本拠地での生活になることを告げられると、ヒスイは疑わしい視線をコハクに向けた。
「お兄ちゃんがリーダーになって・・・一体何をしようっていうの?」



「完全に私怨さ」
前払いということでヒスイの写真を何枚かコハクに手渡して、カーネリアンが言った。
昨日の魔界島での出来事だ。
「100年ほど前、恋人を殺された。ハンターに」
「・・・・・・」
「そいつは人間だったから、とっくに死んでるかと思ってたんだ。それがさ、どうやらまだ生きてるらしいんだよ」
「だとしたら、悪魔の肉でも食べたんでしょうね」
悪魔の種類は多種多様だが、その肉を口にすることで延命の効果をもたらすものもある。
「だろうな。で、そいつがさ、フリーのハンター達を集めて“悪魔狩り”の組織を作ろうとしてるんだ」
「・・・エクソシスト・・・みたいなものですか?」
「いや、全然違う。アンタ等エクソシストは教会の下、秩序と規則で管理されてるだろ。階級制度なんかもあって、勝手には動けない。世界的に認められた組織だ」
「まぁ・・・基本的にはそうですね」
エクソシストの大義名分のもと、無差別に悪魔を大量虐殺していた頃を思い出すと耳が痛い。
「アイツ等はそうじゃない」
カーネリアンは続けた。
「悪魔を殺して、牙だったり爪だったり目だったり・・・奴等にとって価値のあるものを奪っていくんだ。それで金儲けを企む奴等の集まりってワケさ」
「・・・救いの余地なしですね。そいつら皆殺しにしてさしあげましょうか?」
コハクは美しい顔で野蛮ことをさらりと言う。ヒスイには見せない姿だ。
「わざわざファントムを動かさなくても、僕ひとりで充分ですよ?」
「そうしてくれと言いたいところなんだけどさ、奴等の被害にあっているのはアタシだけじゃないんでね、奴等にはファントムのメンバーのほとんどが痛い目に合わされてるから、皆乗り気でさ、全面対決する気でいるんだよ」
「・・・それを僕に率いろと?」
「ああ、被害をださない程度に鬱憤を晴らさせてやって欲しい」
「・・・難問ですねぇ。戦いに勝利しろと言われるより難しい」
カーネリアンはコハクの言葉を聞き流した。難しいなどと言っていてもコハクにできないはずはないのだ。
「その間にアタシは奴を討つ」
「・・・そうですか」
コハクにはカーネリアンの復讐を止める気などない。
むしろ後押ししてやりたい気分で深く頷いた。




(・・・絶対何かある)
半信半疑・・・というよりは全面的にコハクを疑っているヒスイ。
いつもの如く強引に家から連れ出され、今立っている場所は隣国ダイオプテースにあるファントムの本拠地だ。
現在50人近くのメンバーがいるという。
それはもう小さな集落だった。
コハクとヒスイ。
オニキスとメノウ。
この4人がカーネリアンの前に立っている。
「ほらよ」
カーネリアンが黒いTシャツとカーゴパンツとブーツの3点セットをそれぞれに手渡した。
「しっかり働いてくれよ」
カーネリアンが言うには今回から起用したファントムのユニフォームらしい。
「ヒスイにはこれ。しっかりサービスしてくれよ」
「?」
カーネリアンからヒスイが受け取ったのはカーゴパンツではなく、同じ生地でできたスカートだった。
かなり丈が短い。
「まずこれに着替えてきな。それから皆に紹介する」



「・・・・・・」
ヒスイはぽかんと口あけてコハクを見ている。
2人はもちろん同じ部屋だ。
(に・・・似合ってる・・・。かっこいい・・・)
いつもとは逆のパターン・・・ヒスイが心のなかで呟やいた。
黒いTシャツがコハクの金髪を引き立てている。
ヒスイの心臓がトクン・・・と甘い脈を打った。
(お兄ちゃんにはドレスが一番似合うと思ってた・・・)
完璧な女装をしていたあの頃のコハクとは全く違う雰囲気だ。
(髪が短くなっただけでこんなに変わるものなのかな・・・)
改めてそんなことを考える。
「?どうしたの?ヒスイ?」
「え!?あ・・・うん。何でもない」
「早くヒスイも着替えて・・・」
「うん」
「手伝おうか?脱がせるの」
「いいよっ!」
ヒスイはかぁっと赤くなり、コハクの冗談をムキになって否定した。


ヒスイが着替える様子を、コハクは両腕を組んで見守っている。
ヒスイの高鳴る鼓動には気が付いていない。
それを知るのはヒスイ自身と・・・オニキスだけだ。
ヒスイは胸が苦しくなり、短く息を吐いた。
(なんでこんなにどきどきするの・・・?服が変わっただけなのに・・・変よ・・・絶対変!!)
「・・・ちょっとスカート短いね」
コハクの厳しいチェックが入る。
ヒスイは着替えてはみたものの、自分の服装にはうわの空になっていた。
「これじゃあ、すぐ見えちゃうよ」
ぺらり。とコハクがヒスイのスカートを捲った。
「ぎゃっ!!」
「え?」
予想以上のヒスイの驚きぶりに、逆に驚くコハク。
「何するのよっ!!」
「え?」
(なんでそんなに怒るの??)
多少ハメを外してもいつものように「もう!お兄ちゃんはぁ!」で許してもらえると思っていた。
それがなぜか本気で怒っている。
「先、行くからねっ!!」
ヒスイはコハクの顔も見ずに走って部屋を出て行ってしまった。
「・・・なんでこうなるの・・・?」
(僕、なんか怒らせるようなこと・・・した???)







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