サンゴは吸血鬼だ。
灰と血があれば再生する。
オレは血を集める為に、人間を30人殺した。
人間は“食料”だ。
弱肉強食。
人間が家畜を殺して食うように、オレ達には人間を殺して食う権利がある。狩ることに抵抗はなかった。
「あなたは・・・誰・・・ですか?」
再生させたサンゴは以前と全く変わらない姿をしていたが、オレのことをきれいさっぱり忘れていた。
これは罰だ。
人格や知識はそのまま残っているのに、記憶だけが・・・ない。
それは、きっとオレのせいだ。
サンゴは忘れたかったんだ。オレのこと。ふたりの間にあったこと。
生まれたてのサンゴ。
その心にも体にも・・・オレはいない。
これまでオレがしてきたことを、謝ることもできずに失ってしまった。
大人になってから、何ひとついい思い出を残してやれなかった。
もっと他にしてやれることがあったはずなのに。
サンゴとの時間はいつもタイムリミット付だった。
何度生き返らせても刻がくればサンゴの肉体は滅びた。
そういう“病気”だ。
20歳になると細胞がカタチを保てなくなる。
失って、甦らせて、また失って・・・その度にサンゴの記憶は消えた。
“あなたは誰?”
と、聞かれることに耐えられなくなって、体を再生させた後は顔を合わせず去るようになった。
遠くからサンゴの幸せを祈った。
オレにはそれしかできなかった。
再生した瞬間から滅びへと向かうサンゴに、何を残してやれるのか、答えが見つからないまま刻が過ぎた。
そしてサンゴは魔界から・・・オレの前から姿を消した。
人間の・・・事もあろうかエクソシストに捕まって、無理矢理妻にされた。
サンゴは“永遠の誓い”で縛られてすべての自由をなくした。
一年後、その男の子供を産んでサンゴは死んだ。
二度と戻らない、真実の死だ。
ここでもサンゴは子供を産む道具にされて、命まで奪われた。
エクソシスト・・・メノウ。
その娘のヒスイ。
お前達がサンゴを殺した。
・・・絶対に許さない。
サンゴが真実の死を迎えたのは“核”を子供に取られたからだ。
ヒスイを灰にしてそこから“核”を取り出す。
サンゴの灰に“核”を足せば、サンゴは甦る。
サンゴの灰はオレが持っている。
あとはヒスイを殺るだけだ。
“ならば力を貸そう・・・”
竜狼の声が聞こえた。
名前も知らない、サンゴの獣。
その実力は地獄の番犬ケルベロスや神殺しの狼フェンリルに匹敵する。
「・・・お前もサンゴが恋しいか・・・」
オレは竜狼の・・・銀色の獣の血を吸った。
それからはあまり覚えていない。
心が・・・弱っていたのだと思う。
飲んだ筈の血に飲まれて、気が付けばこの姿だ・・・
「・・・お前等・・・見たな・・・」
魔法陣に横たわるコクヨウの口が動いた。
「!!?」
メノウ・ヒスイ・オニキスは水晶玉から顔を上げた。
「・・・殺す・・・」
ゆらり・・・とコクヨウが立ち上がる・・・
「やってみれば?」
メノウが前に歩み出てにっと笑い、コクヨウの頭を撫でた。
「!!!??」
硬直。宿敵に頭を撫でられるとは、屈辱の展開だ。
「・・・離れろ。クソチビ。」
「振り払う力もないくせに」
ウゥ〜ッ・・・
コクヨウは低く唸った。
苦手な朝。しかもコハクにやられた傷がまだ癒えていない。
それでも、記憶を覗かれたことに対する激しい怒りがコクヨウに力を与えた。
グアァァ〜ッ!!
バチーン!
コクヨウがメノウに向けた牙を止めたのはコハクの剣だった。
「・・・ずいぶんと早いお目覚めだね、今日は」
ヒスイの手前、蹴りは自粛してとりあえず微笑む。
「・・・極悪天使が・・・」
コクヨウは刃を強く噛んだ。
「・・・殺せよ。オレを」
復讐を誓いながらも、心の片隅ではサンゴの元へ逝くことを切望している。今更命が惜しいとも思わない。
「そうしてやりたいのは山々なんだけど」
背中にヒスイの視線を感じながら、コハクが小声で呟く。
「たぶんそれはメノウ様が許さない」
『四面縛呪――』
コハクの背後からオニキスが呪文を唱えた。
透き通った硝子箱のような結界にコクヨウを封じる。
コクヨウは結界箱の中でぎゅうぎゅうになっていた。
「・・・これで安全だ」
ヒスイに言ったはずの言葉にすかさずコハクが答える。
疑わしいという目でオニキスを見て。
「アヤシイなぁ。僕なら簡単に破れる結界ですよ、これ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
最近どうも顔を合わせる機会が多い。
二人の睨み合いはもはや日課となっていた。
メノウとヒスイはコクヨウの前に並んで立った。
同じ顔。
コクヨウはじろりと二人を睨み付けた。
益々気にくわない。
どうだ!と言わんばかりの自慢げなメノウの表情も。
しかしその内情は・・・
(ヒスイがオレに似ててホント良かった〜・・・。こんだけ似てりゃ、どう転んだって絶対オレの子供だし)
と、メノウは密かに胸を撫で下ろしていた。
「・・・記憶を覗いたことは・・・謝るわ」
コクヨウにとっては、見られたくないところばかりだったはずだ。
ヒスイは深く頭を下げた。
「!!?お・・・まえ・・・」
コクヨウは結界の中からヒスイを凝視した。
「驚いたでしょ?声がサンゴにそっくりだから」
「・・・・・・」
「サンゴは・・・ここにいるよ」
メノウはヒスイを抱き締めた。
「お父さん・・・」
「ヒスイ。こいつのこと名前で呼んでやって」
「!!よせ!」
「・・・コクヨウ」
「!!」
(サンゴの声だ。サンゴだ)
名前を呼ばれただけなのに全身から力が抜けた。
「コクヨウ」
繰り返しヒスイが言った。
「目つぶってみなよ。サンゴが見えるから」
「・・・・・・」
コクヨウはヒスイの声とメノウの言葉に誘われて瞳を閉じた。
優しく耳を撫でる声・・・何十年ぶりだろう。
(サンゴ・・・)
サンゴの香りまで甦る・・・。
コクヨウはすっかり大人しくなった。
「俺がはじめて名前を聞いた時、自分で“サンゴ”って言ったんだ。それが、お前の与えた名前だって言うんなら、サンゴはお前のこと忘れたくて忘れたわけじゃないだろ」
「・・・誰もあなたが悪いなんて思ってないわ」
メノウとヒスイが続けざまに言った。
「お前がサンゴの命を繋いでくれなかったら、俺達は出会えなかった」
「そうしたら私もここにはいないわね」
親子で頷き合う。
「お前には――」
「あなたには――」
「「感謝してる」」
たとえそれが、多くの犠牲の上に成り立つものであっても。
コクヨウは黙って顔を伏せている。
聞いているのかいないのかさえわからなかったが、ヒスイは続けた。
「・・・ありがとう。って言いたかったと思う。お母さんも」
少し涙声だった。鼻をすすっている。
「ね・・・お父さん」
「・・・ん?」
「今度、お父さんとお母さんの話、聞かせてね」
「・・・そうだね」
(俺もコクヨウとあんまり変わんない気がするけど・・・)
「・・・愛する者を失った悲しみに、ひとりで耐えることはない」
オニキスが膝を折って箱を覗き込んだ。
「お前には痛みを分かち合う“家族”がいる」
「・・・・・・」
箱は静かなままだ。
「“家族”が増えたね。お父さん」
「男ばっかだけど・・・ま、いっか」
メノウとヒスイは抱き合って笑った。
「ここにいるみんな“家族”だもんね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
コハクとオニキスは横目で睨み合った。
((こいつと“家族”・・・))
「・・・うるさい。能無し女」
再び口を開いたコクヨウはイライラとした口調でヒスイをそう呼んだ。
コクヨウは・・・ヒトを名前で呼ばないタイプだった。
「の・・・能無し!?」
ヒスイが怯んだ。最近痛感していることだ。
「・・・まだまだ“調教”が必要みたいですねぇ・・・」
コハクがボキボキと指を鳴らす。
骨折は見事に完治していた。
「お・・・お兄ちゃん?何?今のボキボキ・・・」
「え!?あ・・・ちょっと骨が痒くて」
「骨が痒い?」
「うん」
「変なの。でも骨折治って良かったね。おかえり。お兄ちゃん」
「ただいま。ヒスイ」
ちゅつ。
(・・・何なんだ。コイツら。全員アホか。甘っちょろいことばかり言いやがって・・・)
全く緊張感がない。
(ヒトの心の奥底まで覗いておいて・・・)
正しい行いをしてきたとは自分でも到底思えない。
それなのに誰一人としてコクヨウを責める者はいない。
(こいつらの思考回路が・・・わかんねぇ・・・)
「・・・とにかくお前は殺すぞ。女」
コクヨウはヒスイに宣言した。
「「できるものなら」」
コハクとオニキスが同時にヒスイの壁になった。
口にした台詞まで一緒だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「お前ら、息ぴったりじゃん!」
メノウはケラケラと笑って二人をからかった後、結界を解き、コクヨウへ腕を伸ばした。
「そうイライラするなよ。コクヨウ。首輪外してやるからさ」
「勝手にヒトの名前を呼ぶな!触るな!近づくな!」
コクヨウは言葉で吠えた。が、誰も聞いていない。
「こうやってみると結構可愛いわね」
ヒスイまでもがしゃがみ込んで、コクヨウの頭を撫でた。
完全に犬扱いだ。
「ウチで飼う?番犬に丁度いい」
「やだ。お兄ちゃん、コクヨウは犬じゃないよ」
(そうだ。犬じゃない。お前を殺すって言ってんだ・・・軽く流すなよ・・・)
コクヨウは精神的に疲労してきた。
(なんて能天気な奴等だ・・・)
「オレを自由にしたこと・・・絶対後悔させてやるからな!」
言うだけ虚しかった。誰一人まともに取り合わない。
「負け犬の遠吠え〜。」
外した首輪を指先でくるくると回して、メノウがくすりと笑った。
(わかったぞ・・・。こいつら全員性格に問題アリだ)
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