本拠地。

「おかえりなさい」
コハクがにこやかな笑顔で出迎えた。
ヒスイの“隠し事”がコハクに通じるはずもなく、コハクはすべて承知の上でヒスイの行動を見逃していた。
「お兄ちゃんっ!」
ヒスイはやっとの思いで掘り当てた鉱石をコハクに見せた。
「よく頑張ったね」
コハクが頭を撫でると、ヒスイはとても嬉しそうに笑った。
「お風呂で待ってて。すぐいくから」
「うん!」


「お疲れ様です。どうでした?僕からの最後の贈り物は」
ヒスイが行ったのを確認してから、コハクがオニキスに言った。
美しくも憎々しい微笑みで。
「・・・・・・」
(またこいつの手の平で踊らされていたというわけか・・・)
「僕がヒスイの育ての親だってこと、知ってますよね?」
「・・・何が言いたい」
「手塩にかけて育てたヒスイがヒトに愛されるのは悪い気がしません」
「・・・だから何だ」
「だからまぁ、いいんじゃないですか。ヒスイのこと忘れられなくても」
オニキスの葛藤を見透かした発言だった。
「それに・・・使える駒は一つでも多いほうがいい」
コハクははっきりとそう付け加えた。
「・・・お前・・・本当に嫌な奴だな」
「よく言われます」
そんなことを微塵も感じさせない朗らかな笑顔だ。
「・・・何千年も生きるとここまで歪むものなのか・・・」
オニキスがぽつりと洩らした。
「・・・嫌だなぁ。僕は23歳、あなたより年下ですよ?」

白々しい回答。

どういう計算で23歳なのか謎だが、コハクはそう言い張った。
「・・・・・・」
(間違いなく年齢詐称だ・・・こいつ・・・)
「・・・ヒスイを返してもらいますよ。今度こそ。本当に」
「・・・勝手にしろ。ヒスイが望んでいることだ。オレに止める権利はない」



ごくん。ごくん。

ヒスイがコハクの首筋に噛みついている。
風呂上がり。バスタオル一枚で。
(おいしいなぁ・・・お兄ちゃんの血・・・)
喉が渇いていた。
服を着る間も惜しんで、吸血に勤しむ。
「・・・おいしい?」
「うん。おいしい。お兄ちゃんの血、大好き」

ごく。ごく。

(・・・飲み過ぎないようにしなきゃ。お兄ちゃんまた貧血で倒れちゃう・・・)
腹八分目にも満たないところでヒスイは牙を引いた。
「ごちそうさま」
「どういたしまして」
見つめ合い、微笑み合って・・・キス。
「じゃあ、次はヒスイのくれる?」
「うん。いいよ」
コハクが飲むのは当然血ではない。
ヒスイは自分からバスタオルを外した。


「・・・んっ」
ベッドの上でヒスイの足を開く。
コハクはそこに顔を埋め、巧みな舌使いで刺激した。
舐めて、吸って、飲んで、溢れ出したものを余すことなくいただく。
「・・・好きなんだよね。ヒスイのコレ」
「お・・・いしい・・・?」
「うん。おいしい。だからもっとちょうだい」
「あ・・・んっ・・・」
コハクが望めば、ヒスイの体は応える。何度でも。
「おにいちゃん・・・わたし・・・何回もひとりで・・・恥ずかしいよぅ・・・」
ヒスイが体を震わせている。興奮のあまり、コハクが軽く舌をあてるだけでビクッとなる。
「・・・いっしょがいいよ・・・ねぇ・・・」
「うん。じゃあ、そろそろ・・・」
そうは言ったが、コハクは焦らした。
深く侵入することはせず、ヒスイに快感の半分しか与えない。
「う゛ぅ〜っ・・・」
ヒスイは唸りだした。
焦らせば焦らすほど、淫らに乱れる。
コハクはたっぷりと時間をかけてヒスイの中へ入った。


「ん・・・くっ・・・」


ヒスイが悦びの声をあげる。
「あ・・・あぁ・・・ぅ・・・」
コハクは妖しく微笑んで瞳を伏せた。
(こうやって・・・ヒスイは自分のものだって確かめてる瞬間が・・・たまらなく・・・快感・・・なんだ・・・)



7日後。

ダイオプテースの教会で二人は式を挙げた。

ヒスイは“ひっそりとしめやかに”を希望していたが、全くそうはいかず驚く程の大人数が教会に集まった。
オパール・シンジュ・インカ・ローズ・・・お馴染みのメンバーに加えラピス・チャロ・コクヨウ。
今日ばかりはコクヨウも太い鎖で繋がれ、首には蝶ネクタイが付けられている。
吸血鬼のコクヨウを太陽の光から守るために作られた特別製の蝶ネクタイ・・・。
手綱を握るのはメノウの代理オニキスだ。
そしてカーネリアン率いるファントム。
これだけでもかなりの大所帯だというのに更なる団体客がいた。
「エクソシストと悪魔が揃って結婚式に参加するとはな」
カーネリアンはエクソシストのトップである男と向き合った。
額に十字の焼き印がある品のいい男だった。
男はとても落ち着いた口調で簡単に自己紹介をした。

名前はセレナイト。組織の創始者で、現在もトップを務めているとの事。

「あなたのことはコハクから聞いている」
セレナイトは和やかに微笑んで続けた。
30代・・・大人の雰囲気だ。
「我々は罪なき者を裁きはしない。悪魔だからという理由だけで命を奪うことはないと、あなたに伝えておきたくてね」
「・・・・・・」
カーネリアンは黙っている。
「私の未熟さ故に、そういった時代があったことは認める。しかし今は違う。我々としても共存を望んでいるのでね」
セレナイトはカーネリアンに名刺を渡した。
そこには・・・

“エクソシスト募集!良心の悪魔歓迎!”

と書かれていた。

「なかなかユーモアのある男じゃないか」
カーネリアンはセレナイトと握手を交わした後、一人で笑った。
(悪魔が悪魔祓いだって・・・?)
くくく・・・皮肉な笑いが止まらない。
(アイツの言うように、世界は変わってきているかもしれないね)
コハクの控える教会を外から眺める。
「天使と悪魔。悪魔と人間。その壁を壊したのは、アンタだ。コハク。やっぱりアンタ、ただの変態じゃないよ」



「はっ・・・恥ずかしいいぃぃ〜っ!!」
ヒスイは鏡に映った自分の花嫁姿に照れている。
外には大勢人がいる。この姿をお披露目することになるのかと思うとヒスイ的には大きな心労だった。
「ヒスイ可愛いぃ〜・・・」
コハクは幸せの絶頂・・・顔が半分溶けている。
ドレスの着付けもヘアメイクもコハクが全部やった。
自分好みの仕上がりにかなりのご満悦だ。
くるくると巻いた銀の髪、頭のてっぺんにちょこんと乗せた小さな冠から長いベールが伸びている。
「お前、何で目がウルウルしてんの?」
花嫁の父メノウはコハクの顔を見て吹き出した。
「だって〜ヒスイがお嫁に行っちゃうんですよぉ〜」
「お兄ちゃんのとこでしょっ!!」
「あ、そうだった」
「もうっ!お兄ちゃんってば!」
3人は笑い合った。
「ところで神父はどうすんの?」
「ああ、彼にお願いしました」
メノウの質問にコハクが答えると、控え室の入り口にセレナイトが顔を出した。
「やあ。久しぶりだね」
「セレ・・・」
エクソシストをしていた頃の盟友だ。
メノウは懐かしさで目を細めた。
セレナイト・・・メノウ・コハクと名を連ねた最強のエクソシスト。

「メノウ様、メノウ様」

開式の時間が近付いている。
コハクがメノウを手招きした。
「何だよ」
「ヴァージンロード。しっかり歩いて下さいね」



セレナイトの前で愛を誓い、コハクとヒスイは教会の外に出た。
拍手と祝福の声が飛び交うなか、二人は甘いくちづけをした。
「綺麗ねぇ・・・花嫁さん」
「いいなぁ・・・」
「私もいつかできるかな」
「ヴァンピールなんだって」
「私と同じだぁ・・・」
ファントムの少女達が口々に洩らす。
生きる希望さえ失っていた少女達の瞳に夢が宿る。
カーネリアンは少女達の背中を順番に叩いて、力強く言った。
「愛し愛されることを諦めなければ、アンタ達だってなれるんだ。花嫁に。いいね?それを忘れるんじゃないよ」



「・・・大丈夫?」
オパールがオニキスに声をかけた。
「ああ」
オニキスは目を逸らさずにまっすぐ前を見ていた。
自分との結婚式では見られなかったヒスイの微笑み。
なんと美しいのだろう。
胸が締め付けられる思いに駆られながら、オニキスはヒスイの姿を瞳に焼き付けた。
「良かったの?これで」
「・・・愛のカタチはひとつではないだろう」
「この先決して報われることがなくても、変わらずヒスイを愛す・・・と?」
「・・・・・・」
沈黙を決め込むオニキスにオパールは小さく溜息をついた。
「それがあなたの出した答えだというのなら、私達が口を挟むことではないけれど・・・ひとつだけ答えて」
「・・・何だ・・・」
「今、幸せ・・・?」
「・・・ああ。幸せだ」



ヒスイの投げたブーケはコクヨウの顔に直撃して、ポトリと下に落ちた。
そこにインカ・ローズをはじめとする女性陣がどっと押し寄せ、コクヨウは揉みくちゃになった。

(ちくしょう・・・あの女・・・狙ってやったのか!?ゆるせねぇ〜・・・やっぱり殺す!)







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