コハクとヒスイが最上階に姿を現した。
二人ともやけにすっきりとした顔をしている。
一足先に到着したメノウは目を覚ましたダイヤと話をしていた。
[あっ!セラフィム!!]
[やあ。二人とも久しぶりだね]
ダイヤはコハクを見るなり目を輝かせて寄ってきた。
イズも立ち上がりフラフラとコハクの元へ向かう。
[コハク・・・久しぶり・・・]
[大変だったね]

ぷるぷる。

[・・・ファントムのリーダー・・・カーネリアンさんに傷を負わせたのは・・・君だね、イズ]

こくり。

「イズ!?なんでそんなこと・・・」
ヒスイは驚きのあまり標準語で口走った。
[サタンに脅されて。ここの天使達は人質だったんだ。もちろん彼等は気付いてもいなかったようだけど]
コハクが説明する。
[じゃあ、トロウンズが逃げなかったのは・・・]
“気付いていなかった”うちの一人であるダイヤも驚きで表情が固まっている。
[オレ達を守るため・・・]
[なるほどねぇ・・・。それで折檻されちゃったんだ]
メノウが会話に加わった。
[カーネリアン・・・あれでも手加減したんでしょ?サタンには殺せって言われてたはずだ。違う?]
[かわいそうなこと・・・した。生きてて・・・良かった・・・]
イズは瞳を伏せて呟いた。
[折檻ってどういうこと?え?イズ?これ・・・]
ヒスイはイズをまじまじと見た。
そして服の下が傷だらけであることにこのときはじめて気付いた。
痣やら火傷やらとにかくひどい。
その反面、顔や手・・・人目に触れる部分には全く傷がない。
[サタンにやられたんだろ。アイツそういうヤツだもん。こっちこいよ、治してやるから]
メノウがイズを連れて離脱した。


コハク・ヒスイ・ダイヤは話を続けた。
[え?教会・・・ですか?]
ダイヤがコハクを見上げて繰り返す。
[そう、エクソシストの教会。今、人出不足なんだ。あそこだったら天使語も通じるし、衣食住の心配もない。行ってみたらどうかな?イズと]
[他にも路頭に迷ってる天使がいたら紹介してあげて]
ヒスイが付け加える。
[エクソシストかぁ・・・。オレやってみます!セラフィム!]
[その“セラフィム”っていうのやめてくれないかな?ここは天界じゃない。僕には“コハク”っていう名前があるんだ]
[コ・・・コハク・・・さん?]
[うん]
すっかり恐縮してしまっているダイヤにコハクが微笑みかける。
後ろでヒスイがくすくすと笑っていた。




一ヶ月後・・・

「ちわっス!エクソシストです!教会から派遣されてきました!」
ダイヤとイズは辺境の村に来ていた。
二人とも黒い神父服を着て、首から十字架を下げている。
イズはダイヤの後をぼ〜っとついてくるだけだが、悪魔との戦いにおいては無敵の強さを誇った。
(立ってるだけで向かってくる悪魔を消滅させちまうんだもんなぁ・・・さすが座天使)
ダイヤの仕事はイズのところまで悪魔を誘導することだ。
悪魔の善悪を見極めるのも当然仕事に含まれる。
そして依頼主である人間との交渉・・・標準語も悪魔語も上達した。
教会では言語&コミュニケーション能力を高く評価されている。


そんな訳で今日も無事、悪魔払いが済んだ。
[・・・怪我・・・]
ダイヤの擦り傷にイズが絆創膏を貼り付ける。
[たいしたことないっスよ。大袈裟だなぁ、トロウンズは]
[・・・イズ]
[え?]
[・・・イズ]
ずいっと顔を近づけてイズが繰り返す。
[あ・・・イ・・・ズ?]

こくり。

(そう呼べと言いたいのか?)
[ここ・・・天界じゃない・・・。座天使も大天使も関係ない]
コハクと同じことをイズが言ったので、ダイヤは笑った。
(そうだ。天界はもうない。オレ達は、この世界で生きてくんだ)

夕焼けの田園風景・・・美しいと思う。

田んぼや畑は天界にはなかった。
(あれ?なんか・・・くさいぞ)
振り返ってイズを見ると靴に何か付いている。
「イズ・・・牛のフン・・・踏んだ?」

こくり。

イズは牛のフンを付けたまま歩いていた。
本人は匂いが気にならないらしい。
ダイヤはまた笑った。
(天界でキレイなものにだけ囲まれて生活していたあの頃よりずっと、“生きてる”って感じがする。オレは・・・この世界が好きだ!)




同じく一ヶ月後。モルダバイト城。

「はぁ〜っ?何だって?牙が痛くて血が吸えないだと?」
カーネリアンが離れの宮殿に顔を出すと、いつもの如くオニキスは貧血で青い顔をしていた。
「・・・・・・」
「ヒスイと会えないのが相当堪えてるみたいだね」
精神状態が牙の健康に影響することもあるのだと説明して、カーネリアンは肩を竦めた。

戦いが終わって一ヶ月。

ファントムから離れたコハクとヒスイ。
その後、全く音沙汰がない。
「意地張らないでさ、会いたきゃ、会いにいきゃいいのに。腹も空いてるんだろ?」
「・・・別に・・・」
オニキスはむすっとした顔をしている。
「こんにちは〜」
一ヶ月ぶりの声がした。しかも聞きたくない方だ。
窓辺に目をやるとコハクがバルコニーに降り立ったところだった。
腕の中には当然ヒスイがいる。
「な・・・っ!?何だよソレ」
この二人の登場はいつも普通ではない。

真冬日。

一本の超・ロングマフラーで繋がっている二人は手袋までお揃いだ。
ヒスイはうさぎ型の耳当てをしている。
「何って?」
寒さに震えたヒスイが早足で室内を目指す。
「あ、ヒスイ、先に行っちゃ・・・首が・・・」

「むぐっ!!」

首が絞まったヒスイはじたばたしている。
コハクが笑いながらマフラーを解く。
「カーネリアンさんもいらしてたんですか」
「よう。元気でやってたかい」
「ええ、それはもう」
コハクの顔がにやけた。どう過ごしていたか容易に想像できる。
「ウチの子らがさ、アンタいないと寂しいってさ」
「・・・また何かいい取引があったら声かけて下さいね」



ヒスイがオニキスの元へやってきた。

「!?」

手に持っていた紙袋からマフラーを取り出し、オニキスの首にかける。
オニキスは驚きで声がでない。
「ひとりじゃ寒いでしょ?お兄ちゃんに習って私が編んだの。風邪、ひかないようにね」
「ヒスイ・・・」
オニキスは喜びで胸が震えた。
コハクに見張られていなければ抱き締めている。
「血飲むでしょ?そろそろお腹が空いてる頃かと思って来たの」
「・・・ああ」
血を吸おうとする度にあれほど痛んだ牙が嘘のように元気になっている。
(ヒスイの血・・・だからか・・・)
そんな自分を情けなく思いながら、オニキスは待望の食事にありついた。
待ちに待っただけあって、いつも以上に染み渡る極上の味がした。


「ヒスイは・・・オレが自分の眷族だから大切にしているだけだ。それ以上の感情は全くない。それがわかっているからコハクも黙認している」
密かに幸せに浸るオニキスの隣で、カーネリアンが笑いを堪えている。
「とか言いつつ嬉しそうじゃないか。牙・・・治ったろ?」
「・・・ああ」
「これじゃあ、忘れろっていうほうが無理だね」
「・・・忘れるつもりも・・・ない」


「あれはオニキスにだけなのかい?私だって一人もんだってのになぁ。」
カーネリアンはニヤニヤと笑って、帰り際のヒスイをからかった。
「う〜ん・・・」
ヒスイは人差し指を顎に当てて少し考えた後言った。
「じゃあ、カーネリアンにはこれあげる」
差し出されたのはミトンの手袋・・・ヒスイがしていたものだ。
「冗談だよ。帰りそれないと寒いだろ」
「ううん!平気!」
ヒスイはカーネリアンに手袋を渡した。
そしてコハクの元へ走る。
「手袋あげちゃった」
ヒスイが告げると、コハクは微笑んで、自分の手袋を片方ヒスイに渡した。
空いた左手で手袋のないヒスイの右手を握り、コートのポケットに入れる。
「お兄ちゃんの手が一番あったかいの!だからそれはカーネリアンにあげる!じゃあね!」
城下で買い物をすると言って、二人はモルダバイト城を後にした。



宮殿バルコニーにて。

雲ひとつない冬の空の下、オニキスとカーネリアンが並んで立っている。
オニキスはマフラー。カーネリアンは手袋。
お互いの姿を見て苦笑いを浮かべる。
「幸せのおすそ分けだね・・・こりゃ縁起物だよ」
「・・・そうだな。大切にするとしよう」



モルダバイト城下にて。

「ほらほら!ヒスイ!次これ着て!」
ヒスイは今日もコハクのペースに乗せられ、何着も試着させられていた。
コハクは昔からゴスロリ風の服をヒスイに着せたがるのだ。
「お兄ちゃん、こんなにいっぱい買ってどうするの?どこに行く訳でもないんだから、洋服なんていらないよ」
インドア派らしい台詞だ。洋服より本がいい。
(最近、前にもまして変わった服が増えた気がするのよね・・・)
その中に城のメイド服があるのが謎だった。
(でも、まぁ・・・いっか)
コハクがとても楽しそうに服を選んでいるのを見ると、自分も楽しい気分になる。
二人っきりの甘々夫婦生活にヒスイの脳も溶けかかっていた。


(前言撤回!やっぱりよくないっ!)


高級ランジェリーを取り扱う店に連れ込まれたヒスイは思った。
「お兄ちゃんっ!!恥かしくないの!?」
「なんで?全然」
コハクはケロリとした顔で答えた。
「ここ御用達の店だから」
店員が一同に深々と頭を下げる。
「ええっ!!?」
「ヒスイの下着、全部ここのなんだ」
まばゆいばかりのコハクの笑顔。
(そういえば私・・・自分で下着買ったことなかった・・・。タンスの中に入っている下着は全部お兄ちゃんが・・・)
この時まで考えもしなかった。恥ずかしいやら情けないやらで、ヒスイは閉口した。
「ね、ヒスイ、こういうのどう?」
「い・や!」
赤いレースのパンティ・・・真ん中に穴が空いているという驚くべきデザインだった。
「これだったらいつでもどこでもできるし・・・いや待てよ・・・脱がせる楽しみが・・・ブツブツ・・・まぁ試しにこれで一回・・・」
コハクは迷った末、導入してみることに決めたようだ。
「・・・・・・」
ヒスイは覚悟を決めた。どうせ何を言っても無駄なのだ。
ヒスイがどんな下着を着用しているのか、コハクが知らない日はない。



「もうすぐヒスイの誕生日だね。19歳かぁ・・・」
カフェで一休み。生クリームたっぷりのココアであたたまる。
「あれ?そういえばお兄ちゃんって・・・何歳?」
「え?僕?」
「うん。ちゃんと聞いたことないよね?」
「に・・・23・・・だよ。ウン。」
「・・・10年前も23歳じゃなかった?」
「・・・・・・」
「ずっと23歳だったら、すぐ私のほうが年上になっちゃうよ?」
ココアの湯気越しにヒスイが笑っている。
「じゃあ・・・これからはヒスイと一緒に歳をとることにするよ」
コハクは席を立って、向かいに座るヒスイにキスをした。



「ねぇ。お兄ちゃん」
「ん?」
「子育てって・・・楽しい?」
自宅で部屋着に着替えたヒスイが言った。
「うん。楽しいよ。欲しい?子供」
「あのね・・・」


屈んで暖炉に火を入れているコハクの側へ寄り、内緒話。


「え・・・?うん。そう・・・だね。ヒスイはそれでいいの?」
「うん」
コハクが驚いた顔をする。
それからカレンダーを見てヒスイに言った。
「ヒスイは・・・今日が一番できやすい日なんだけど・・・」
「え?そうなの?」
「うん。どうする?」
コハクは優しく微笑んでヒスイを覗き込んだ。
ヒスイは頬を染めて俯いた。
「えっと・・・じゃあ・・・おねがい・・・します」






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