ある夏の日の休日を利用して、久しぶりに里帰りをしたトパーズ。
その目的は・・・ヒスイに決まっている。
昼まで寝ていると、必ずヒスイが起こしにくるのだ。
今日もまた、狸寝入りでヒスイを待って。


「トパーズ?もうお昼だよ。そろそろ起き・・・わ・・・」


手首を掴んでベッドに引き摺り込む・・・ヒスイは毎回この手に引っ掛かる。
「溜まってる。触らせろ」
そう言って、強引に背中を抱き寄せると・・・
「ちょっ・・・こらっ・・・」
いつものヒスイの反応は、心を癒すもので。
あとは、体が慰められれば、いうことはないのだが・・・できることは限られている。

お気に入りのぬいぐるみを抱くのとそう変わらないとしても。
トパーズにとって、なくてはならない時間だ。
「ひぁ・・・っ」と、ヒスイ。
幾層かの布越しに、熱い勃起を押し付けられ、お尻の割れ目に汗をかいてしまう。
息子の匂いや体温を不快に思うはずがないが、間違いを起こしてはなるまいと、ヒスイは体を強張らせ。
「っ!!おにいちゃ・・・」
「クク、逃がすか」
コハクが不在なのは知っている。トパーズは腕に力を込めた。
「え、えっちなことしないよね!?」
露骨に焦るヒスイ。トパーズは何も答えず、意味深に笑い。
「もうっ!なんでいつもこう・・・」


「お前でしかイケないからな。執着するに決まってる」


耳元で、あえて欲情してみせて、ヒスイを困らせるのも楽しみのひとつだ。
「・・・気持ちいいの?これ」
「やらないよりマシだ」
「あ・・・そう・・・」
キャミソールの裾から入ってきた手が、ヒスイのお腹に触れ。
「え、ちょ・・・トパ・・・」
冷たい指先でヒスイの臍を擽るトパーズ。
「!!あ・・・そこっ・・・だめっ・・・あはっ!!」
ヒスイはベッドの中で暴れ出し。トパーズが押さえ込む。



そんな親子のじゃれ合いを、覗き見する者がいた。



“仮面の男”スモーキーだ。
屋敷周辺に張られた結界の、ギリギリ一歩手前のところで、望遠鏡を構えている。
「熾天使は・・・お留守のようで」と、呟き、空を仰ぐ。
「それにしても今年の夏は暑いですね」
熾天使の裁きにより、1000年の刑期を与えられた彼は、1000回の夏を迎えることになる。
現在その真っ只中だが、夏になるとただでさえ灼熱を有する肉体が更なる熱を帯びる気がする。
自分の熱を意識するとき、決まって思い出すのは熾天使のこと。
あの煉獄の炎は、熾天使同様、底無しに冷めたものだった。
だからであろうか、夏になると涼を求めて。度々記憶の引き出しを開けるのだ。
国外赴任で長い間本社を離れていたが、スモーキーはアンデット商会の幹部である。
先日、本社に戻り、同僚から熾天使の噂を聞きつけてやってきた。
「すると彼が熾天使のご子息ですか」
トパーズも一時アンデット商会の技術顧問の座に就いていたが、先に述べた事情により、スモーキーと面識はない。
「どことなく似ていますね」
天界で最も美しく、無慈悲なる断罪者。
自分と同じ・・・それ以上に、感情など持たないように思えたあの熾天使が。
(特定の誰かを愛し・・・セックスをして子供を・・・)
「なんというミステリーでしょう」
性的興奮にも似た高揚感を覚える。
「まずはご子息にご挨拶をしておきましょうか」





日を改め。

スモーキーはトパーズの前に姿を現した。
職場の・・・学校の廊下という人目につく場所に。
一応スーツは着用しているが、仮面ばかりはどうしようもない。
「・・・何者だ、貴様」
トパーズは声量を抑えて言った。
「初めてお目にかかります。僕はアンデット商会の・・・」
スモーキーは自己紹介をしながら歩み寄り、手のひらサイズの水晶玉を差し出した。
「訪問販売なら間に合ってる、失せろ」
そう突っぱねたトパーズだったが、次の瞬間、睨み倒すような視線をスモーキーに向けた。
水晶玉に・・・ヒスイの姿が映っていたのだ。
特に危害を加えられている様子はないが、わざわざ見せにくる時点でおかしい。
“人質”であることをすぐに悟り、舌打ちするトパーズ。
ヒスイはその手に花柄の巾着袋を持っていた。
「差し上げたら、とても喜んでいただけました」と、スモーキー。
「あの袋には飴が5つ入っているのですが・・・・すべてに微量の毒が含まれていましてね」
ヒスイはすでにそのひとつを舐め転がしていた。
「・・・・・・」(あのバカ・・・なんで食ってる・・・)
「5つすべてを舐めきったら、死んでしまうでしょうね」
スモーキーは話を続けた。
「その解毒剤がこちらになります」
見た目は飴玉そのもの。強度も飴並みなので、落としたら簡単に割れてしまう、と、遠回しにトパーズを脅迫する。
「・・・ひとつ質問に答えろ」
「何でしょう」
「アンデット商会で、過去に、人魚ウイルスを開発したのは貴様か」
「如何にも」
「・・・・・・」
だとしたら。油断できない相手だ。
今回も厄介な毒かもしれない。トパーズは黙って相手の出方を窺った。
「貴方が大人しく僕と共に来てくださるのでしたら、お土産にこの解毒飴を差し上げましょう」
「・・・・・・」
突然、降って湧いた災難。
水晶玉に映るのがヒスイでなかったら、こんな得体の知れない男は即行蹴散らす、が。
食い意地の張ったヒスイのことだ。2つ目を口にするのも時間の問題で。
トパーズは要求に応じ。
「どうぞこちらへ」
スモーキーに案内された場所へと向かった。





・・・そこは、とある地下室。

「僕の自宅です」
そうスモーキーは言い張るが、どうみても拷問部屋だ。
怪しい責め具がやたらと目に付く。
そのうちのひとつ、手摺りに拘束バンドのついた椅子にトパーズを座らせ。
スモーキーは、トパーズの腕を拘束バンドで縛った。と、次の瞬間。
「鬼火の分際で、オレの自由を奪う気か」
人間界で能力をセーブしているとはいえ、神は神。
スモーキーの正体に気付くのに時間はかからなかった。動機は依然として謎だが・・・
トパーズはスモーキーの股間を思いっきり蹴り上げ。
「ふぉうッ!!」
驚くことに、スモーキーはそれで勃起した。
「はァはァ・・・なんとよい蹴り・・・あふぁッ!!」
トパーズはもうひと蹴り入れ、靴底でスモーキーの局部を嬲った。
「ついでにその面も割ってやろうか」
「構いませんが・・・このままだと、貴方の大切な女性が命を落としてしまいますよ?」
絶頂寸前の震える指で、テーブルの上の水晶玉を示すスモーキー。
「・・・・・・」(あのバカ、やりやがった)
見ると、飴が残り2つという緊急事態だ。
「おや、2ついっぺんにお口に入れられたようで。見かけによらず大胆なマドモアゼルだ」と、スモーキーが薄ら笑いを浮かべる。
「・・・・・・」(どこまでヒトを追い詰める気だ)
両頬が膨らみ、見事なカエル顔になっているヒスイ。
可愛さ余って・・・今日も憎い。
おかげで反撃する余裕すらなくなってしまった。
トパーズは蹴りを止め、ここまでに至った理由を説明するようスモーキーに言った。
「貴方のお父様に、昔、お世話になりまして」
「クク・・・それで復讐か?」
すると、スモーキーは首を傾げ。
「どうでしょう。自分でもわからないのですよ。ただ一言、ご挨拶をと思いまして・・・ああ・・・1000年の執行猶予をいただいたお礼でしょうか」
自身の心情をまるで他人事のように話し。それから、剃刀を手に、拘束中のトパーズの前に立った。
剃毛マニアのスモーキー・・・随分と唐突だが、どうやらトパーズの陰毛を剃り落とす気らしい。
スモーキーは細い指でトパーズのベルトを外し、ジッパーを下ろした。
「僕はこれが好きでしてねぇ・・・まずはご子息である貴方に、この快感を教えて差し上げることが、ご恩返しになるのではと思いまして」
そう目的を告げる・・・完全に変態の発想だ。
スモーキーの考えは根本から狂っている。
無意識に・・・本人ではなく身内から手を回してしまったのも、大悪党だった頃の名残かもしれない。
「・・・・・・」
トパーズは、恐ろしく蔑んだ目でスモーキーを見下していたが、これはヒスイの命と引き換えなのだ。
迂闊な抵抗はしなかった。
「この素晴らしさを、ぜひともお父様に伝えていただきたいものですね」
スモーキーは恍惚とした表情でトパーズの下着をずらし、美しく生え揃った銀の茂みに鋭い刃をのせた。
その時――


「おい、何やってんだよ」


現れたのは、サルファーだった。
途中一度見失ってしまい、登場が遅れたが、兄と仮面の男を追跡していたのだ。
(げ・・・ガチでホモかよ)
トパーズにかしずくスモーキーを見て、ドン引きするが。
「まあいいや、何だって」
トパーズにその気がないのは知っている。
「お前、人間じゃないよな。だったら斬るぜ」
血気盛んは相変わらずで、相棒のジストもいないため、やりたい放題だ。
サルファーは即座に長斧を構えた。
「こいつは“鬼火”だ。殺さずに捕えろ」
拘束バンドをちぎり、トパーズが立ち上がる。
横目で水晶玉を見ながら、煙草を咥え。自分は傍観を決め込むつもりのようだ。
ヒスイがすべての飴を舐めきってしまう前に、解毒飴を手に入れなければならないが、サルファーと2人がかりならいくらでも打つ手はある。


「いくぜ!!」


空間全体が震動するような、重い一撃を繰り出すサルファー。
スモーキーはバク転でかわすと、戦闘モードに入り。
両手両足を発火させ、正拳突きで応戦してきた。
軽快なフットワーク、高速ジャブ。モスキート級のボクサーさながらの動きだ。
サルファーもまたすべてをかわしたが、合間に振り上げた長斧の風圧が、スモーキーの炎を煽り、火花が散って、戦いづらい。次第に・・・
「めんどくせ」と、サルファー。
「このクソ暑い時に、こんなクソ熱いのと戦ってられるかよ」
十文字斬りでスモーキーを牽制し、一旦距離を取り。
「必殺技で一気にカタをつけてやる」
そう言って、長斧を旗のように床に突き立てると。
フリーになった右腕を高々と掲げ、叫んだ。



「悪魔召喚――!!」



「!!」「!!」

トパーズも、そしてスモーキーも。
若輩であるサルファーの大技に目を見張った、が。
サルファーが手にしているのは携帯電話。
ピッ!ワンプッシュで友人と通話だ。
「あー、もしもし、アザゼル?」と、話し出すサルファー。
「・・・だから今、めんどくさいことになっててさ。僕、新刊の準備で忙しいんだよ」
タネを明かせば、そういうことだ。
応援要請で、兄トパーズを尋ねたら、事件に巻き込まれてしまったのだ。
「お前だって一応一級悪魔だろ、ちょっとこっち来て手伝えよ」
「わかったな!1分で来いよ!」と、言い放ち。サルファーは電話を切った。



1分後・・・

「サルファー氏!!」

アザゼルは召喚に応じ、サルファーの元へと降臨した。
「新刊が落ちたら一大事ですぞ!!」
と、かなり協力的だ。本当に、オタクの友情は侮れない。
「携帯電話で呼び出しですか」と、スモーキー。
「時代は変わりましたねぇ・・・」すっかり戦意喪失だ。
これはこれで、誰にでもできる芸当ではないが。
旧時代の錬金術師からすれば、夢のような現象だ。
堕天使アザゼルといえば、悪魔に興味を持つ者達の間では特に人気で。
しかし、性質的に、アスモデウスより交流が難しいとされていたレア悪魔だ。
スモーキーでさえ、生前の出会いはなかった。

そうしてここで、事態は一変した。

「ご挨拶はまた改めて」
スモーキーはあっさりトパーズに解毒飴を渡し。
名刺を手に、いそいそとアザゼルの元へ。
レア悪魔を前に、コネクションを作らない手はない。毛を剃るよりも重要だ。
「何なんだよ、あいつ」と、呆気に取られるサルファー。
「ただの変質者だ」と、トパーズは忌々しそうに吐き捨て。ヒスイの救助に向かった。





「トパーズ?わ・・・!?」
後ろから圧しかかるようにしてヒスイの動きを封じ。
指で口を抉じ開け、そこに解毒飴を突っ込む。
「むぐっ!?」(な、なに!?また飴???)
「・・・・・・」(このバカ・・・)
心底、手間のかかる女だと思いながら、ちゅっ。肩にキスをして。
鬱憤を晴らすかのように、少々乱暴に髪を掻き分け、うなじを吸った。跡が残るほど、強く。
「ちょっ・・・こら・・・」


うなじにキスは、ちょっと反則!と。


トパーズの苦労を知らないヒスイが、怒って口を尖らせる・・・が。
構わず、力いっぱい抱きしめて。
「今日は・・・」



このくらい、大目にみろ。





‖目次へ‖