モルダバイト城。

緊急会議と銘打って。シトリンが呼んだのは、妹のアクアと娘のタンジェ。
「3人寄れば、もんじゃがなんとか〜と、言うだろう!!」と、シトリン。
「文殊の知恵、ですわ。お母様」
慣れた態度でタンジェが訂正する。
「で〜、どしたのぉ〜???」
椅子に腰掛け、アクアが長い脚を組む・・・巨乳が3人揃うと迫力満点だ。
「うむ、これなんだが・・・」
シトリンがテーブルの上に広げたのは、スモーキーのお見合い写真。
本人が用意していたものを預かってきたのだ。
いい相手が見つかったら、名刺の番号に連絡することになっている。
「顔はまぁ、悪くはないが・・・とにかく不気味な男だ」
すると、アクアが。
「でもぉ〜、ビジュアル系っぽくない〜?モデル仲間にもいるよぉ、こんなの」
「そうですわね。ミステリアスな殿方というのも人気がありましてよ」
タンジェも頷く。
意外にも、身内のウケは悪くなかった。
しかし、アクアにもタンジェにも婚約者がいる。
スモーキーの相手は別に探す必要があるのだ。
「誰かぁ〜、紹介すればいいワケぇ〜?」と、アクア。そこでタンジェが。
「先方にも好みがあるのではなくて?」などと話を広げる。
「そうなんだ!!」
娘の肩を掴み、打ち明けるシトリン。
「あやつが言うには・・・」
年齢、容姿、性格、家柄、すべて不問。
「条件は、ただひとつ・・・」


「剃毛プレイを共に楽しめる相手が良いそうだ」


切れ味鋭い剃刀で、陰毛を、剃ったり剃られたりしてみたい・・・スモーキーは筋金入りの剃毛マニアなのだ。
シトリンの口から、それがカミングアウトされたところで。
「なにそれぇ〜」面白がるアクアと。
「奇特な方ですわね」ドン引きするタンジェ。
女子の反応も真っ二つだ。
「剃毛プレイ、楽しそうじゃ〜ん」
「それしか頭にないようでは、お話になりませんわ!!」
「あ、そういえばぁ〜、ママってアソコつるつるなんだよ〜。子供みたいなの〜」
「あら、そうなんですの?」
両手を頬にタンジェが驚く。
「バッ・・・黙れ!!母上を愚弄する気か!!」


これといった結論が出ないまま、脱線気味にガールズトークが続き。


「だからぁ〜、メイドのコにも話してみれば〜?アンデット商会の幹部だったら、一応エリートだし〜?言ってみなきゃ、わかんないじゃん」
アクアがもっともな提案をするも。
「しかしだな・・・奴は変態・・・」
シトリンが渋る。
「・・・・・・」
(オレがいること、忘れてるよな・・・完全に)
シトリンの夫、ジンカイト、心の声。
スモーキーという名が、さっきからどうも引っ掛かっていた。
世代が異なり、本来、知る筈のない相手ではあるが。
(どこかで・・・)
そっと近付き、お見合い写真を覗き込む・・・と。
「!!」(この人は・・・確か・・・家の・・・)
真っ先に蝙蝠の刺青が目に入り。
それに触発され、記憶の中の記録が蘇る・・・
「だとすれば・・・危険だ・・・」
「?何か言ったか、ジン」
「ごめん、ちょっとマーキーズに戻る」と、ジン。
お見合い写真と名刺を回収し。
「この件は、オレに任せてくれないかな?」
そう言って、颯爽と部屋を出ていった。

「珍しいものだな・・・何かの前触れか?」と、シトリン。
「そうですわね」と、タンジェ。
母と娘は、狐につままれたたような顔でジンを見送った。





この日、ジンは城に帰らず。翌日――

「初めまして。ジンカイトと申します」

スモーキーに会うため、本社近くのカフェに来ていた。
かなり緊張した面持ちだ。
「スモーキーです。まさかこんなに早くご連絡いただけるとは思いませんで」
「あっ!いえ!お仕事中にすいません」
改めて、頭を下げようとするジンを制し。
「お気遣いなく。有休とりましたので」
「はぁ・・・そうですか・・・」
スモーキーは相当期待が高まっている様子で。心なしか、頬が紅潮している。
「それで、お連れの女性は?」
しかし・・・ジンの隣には誰もいなかった。
「今回は、独断で連絡させていただきました」と、ジンは告げ。一呼吸置いた後。
「オレは・・・マーキーズの・・・家の者です」
実家の名を語るのは本意ではないが、スモーキーとの距離を縮めるため、あえて口にした。
「これはこれは・・・マーキーズ屈指の大富豪の御曹司でしたか」
そう言うスモーキーもまた、後世に名を残す富豪の家柄。御曹司なのだ。
ただしこちらは、黒い噂の絶えない一族として有名だった。
「失礼かと思いましたが、あなたのことを調べさせて貰いました」
実家の蔵をあさり、古い資料を集めた。
ジンの考え通り、それは歴史として残っていた。
スモーキーは、幼い頃に家を捨て、犯罪三昧の日々を送ってきたのである。
各地で起こった猟奇事件・・・悪魔の仕業とされ、迷宮入りしたものの多くに、ある男の影がチラついていた。頬に蝙蝠の刺青を刻んだ男の。
明白な証拠がある訳ではないが、前科だけでも数えきれないほどだ。天に裁かれただけのことはある。
「そんなあなたに・・・」


「いきなり人間の女性を紹介することはできません」


「まずはこの仔を育ててみてください」
ジンが連れてきたのは、仔猫だった。
猫シトリンの情報網により、城下の猫社会事情にはある程度精通している。
ここにくる途中、仔猫が産まれたばかりだという家に寄り、一匹譲り受けたのだ。
ちなみに、真っ黒な毛並みの雌猫である。
「可愛いと思いませんか?」
なにせ妻が猫なので。ジンもすっかり愛猫家になっていた。
仔猫をスモーキーに抱かせ、こう話す。
「生きてると、お腹が空いたり、眠くなったりするみたいに・・・」


「誰かを、何かを、愛したくなるんですよね、人間って」


「たぶんそれは、生きていくために必要なものだからで・・・“愛する心”は、産まれた時から皆持っているんだと思います。ただ、あなたは・・・」
頬に刻まれた蝙蝠の刺青が何を意味するものか、ジンは理解していた。
鳥か獣か、どっちつかずの生き物。スモーキーも同じような存在であると。
「オレは、約束を反故にするために来たんじゃありません。恋愛を始める前に、あなたにも、ちゃんと愛する心があることを確認して欲しいんです。この仔のこと、どうかお願いします!」
深く頭を下げ、スモーキーの答えを待つジン。しばらくして。
「・・・セラフィムに首を刎ねられ、僕は一度死にました。仮初めの生を得たことで、僕に欠落していたものが補われたのかどうか、見極めてみるのも良いでしょう」
「スモーキーさん・・・」
「承知しました。この仔はヴィヴィとでも名付けましょうかね」
「!!ありがとうございます。素敵な名前ですね」
「フフ・・・知人の名を借りただけですよ。ところで、これからお時間ございますか?」
「あ、はい、大丈夫です!」
「それでは。貴方が信用に足る人物なのか、こちらも試させていただきますが、宜しいですか?」
薄ら笑いを浮かべるスモーキー・・・懐から取り出した剃刀が怪しく光る。
与えられる試練といったらもう、アレしかない。無論、覚悟はしていたが。
「は・・・はい」(やっぱりこうなるのか・・・)





そして、モルダバイト城――

「勝手なことして、ごめん」
スモーキーの説得には成功したが、剃毛の洗礼を受けたジン。
「まったく・・・無茶をしおって」
シトリンがあたたかい抱擁で迎えた。
「思ったほど酷い目には遭わなかったよ」
「そ・・・剃られた・・・のか?」
「信頼関係を築くにはそれしかなかったんだ」
ジンが肩を竦めて笑う。
「さすがに上手だったよ。マッサージもしてくれたし」
至れり尽くせりで。理髪店に行ったのと大して変わらない感覚だ。そんなに悪くない気もする。
(ただちょっと・・・シトリンに見られるのは恥ずかしいけど)
そう、思ったそばから。
「見せてみろ」と、シトリンが迫る。
「や・・・だから、それはちょっと・・・」(勘弁してくれ〜・・・)
ズボンを脱がせようとする手と、阻止しようとする手が争う。
こうして散々揉めた末・・・
「!!シト・・・」
シトリンがキスを仕掛け、ジンの動きが止まる。
「・・・なあ、ジン。私も剃ってくれ。お前と同じように」
「シトリン!?本気・・・なのか?」
「ああ、どんなものなのか、私も知りたい。良ければ、メイド達にも勧めてみようと思う。む?何を笑っている」
「いや、シトリンらしいな、って」(こうなるともう、何を言っても無駄だろうな)
仲間のために体を張るシトリン・・・誇らしくも、愛おしくも、思う。


「しっかりやれよ?お前の腕にかかっているぞ?」
「ご期待に沿えるよう、頑張ります・・・」





王と王妃で。実践、剃毛プレイ。





これもひとつの・・・ハッピーエンド。





‖目次へ‖