食事の時間、セレは相変わらず何も口にしなかった。
「・・・・・・」
理由はもう、知っている。
セレの、内なる悪魔が、この事態を引き起こしているのだ。
「僕にできることはありますか?」と、マーキュリー。
するとセレはこう答えた。
「何か話を聞かせて貰えないかね?」
「面白い話・・・とか、そういう類ですか?」
「何でも構わないよ。君の声は心地が良いからね」
「・・・・・・」(僕の声?何言ってるんだ、このひと)
・・・とは思いつつも。
(お世話になってる身だし)
それで空腹が紛れるのなら、と。
マーキュリーは15年間の人生に於いて、思い出深い出来事のひとつを話し出した ――



10歳になったばかりの頃。学校からの帰り道。

「俺、そろそろヒスイとケッコンするわ」
大真面目な顔で、アイボリーが言った。
そのきっかけとなったのは、手作りのペアリング・・・図工の時間に“アクセサリー製作”をしたのだ。
何を作るかは、個人の自由。アイボリーは迷わずペアリングに決め。
なかなかのものを完成させた。それで勢いづいてしまったのだろう。
「あーくん、お母さんとは結婚できないよ」
何度もそう言っているのに。アイボリーは一向に諦めない。
「プロポーズするから付き合え!」と、今日もマーキュリーを巻き込んで。



赤い屋根の屋敷。リビング。

ヒスイは通例どおり、シャツ一枚で昼寝をしていた。そして。
左手の薬指には、本物の結婚指輪。
アイボリーにとっては、それが邪魔だった。
いつもの悪戯と同じ感覚で、その指輪を外し。代わりに自分が作ったものを嵌め。
勝手にリニューアルしたヒスイの薬指にキスを落とし、指輪に愛を誓う。
コハクが時々しているのを見て、覚えた。
アイボリーは、コハクの真似をするのが好きなのだ。
「ん・・・おにい・・・ちゃ・・・?」
・・・では、ない。手を握っているは、10歳の息子だ。
「・・・え?あれ???」(指輪が・・・変わってる???)


「ヒスイ!俺とケッコンしろ!!」


という、アイボリーのプロポーズに。
「やだ」ヒスイはニコリともせず、即答した。
「ひでぇ!!」
「指輪、返して」
「しっ、知らねーもん」
「知らないはずないでしょっ!返してよ!」
「何でケッコンしてくんないんだよっ!!」
「お兄ちゃんが一番好きだからに決まってるじゃない!!」
「くそぉぉぉ〜・・・」
アイボリーは金髪を掻き毟り。
「・・・この際、二番目でもいい!!コハクとケッコンしててもいいから、俺ともケッコンしろ!!」
「やだ。そんなんじゃ、あーくん幸せになれないよ?」
「余計なお世話だ!!俺はヒスイがいいって言ってんだろ!!」
プロポーズで、なぜか喧嘩になっている。
「・・・・・・」ここで、マーキュリーの心の声。
(あーくんって・・・好きな子に構い過ぎて嫌われるタイプだよね)
「好きで好きでしょうがないんだよ!!」と、愛を叫ぶアイボリー。しかし。
「そういう話じゃないの!指輪、返しなさい!!」
告白も完全スルーだ。どうやってもヒスイの心は動かない。
アイボリーの悔しさもMAXで。
「ヒスイのバカっ!!」
なんと、本物の指輪を、全力で窓の外へ投げてしまった。
「!!!なにするのよっ!!あーくんのバカぁっ!!」
ヒスイは指輪を追って裸足のまま飛び出し・・・


それから、1時間以上経っても戻らなかった。


「・・・・・・」
(どうしよう・・・指輪、見つからないのかな)
再び、マーキュリーの心の声。
「僕がもう少し早く止めていれば・・・」
(こんなに面倒なことにならずに済んだのに・・・)
アイボリーは、柄にもなく、膝を抱えて落ち込んでいる。
幸か不幸か、コハクは仕事で帰りが遅い。
今夜の食事は、次女のアクアが作りに来てくれることになっていた。
ちょうどそこで。アクアが家に到着し。
「あれぇ?ママはぁ?」
「実は・・・」
アイボリーに代わり、マーキュリーが事情を説明した。
「あ〜あ、バカだねぇ〜」と、アクア。
「うるせー・・・」弱々しい声で、アイボリーが言い返す。
「も〜しょうがないなぁ〜」
アクアは携帯電話で。
「・・・あ、シト姉〜?ママがね〜」
「なんだとぉぉぉぉ!!!!行方不明!!!?」
電話越し、シトリンの声が盛大に音漏れしている。
こうして、瞬く間に、兄弟達へと連絡網が回り。
集まったのは、シトリンを筆頭に、ジストとサルファー、スピネルも仕事の合間を縫って、顔を出し。
当然トパーズも・・・
「馬鹿ガキ共。今度は何をやらかした」と、双子に向けて凄む。
「ごめんなさい」
いつものように、マーキュリーが頭を下げたところで、ヒスイが帰ってくる訳でもなく、場が収まる訳でもなかった。
「オレっ!!探してくるっ!!」
いてもたってもいられず、ジストが裏口の扉を開けた、その時。
「ただいま」
「ヒスイっ!!?」
無事帰ってきた・・・とは言い難い姿だった。
髪には葉っぱが絡まり、素足は泥だらけ。
顔や膝、あちこちに擦り傷を作って。
木の枝に引っ掛け、所々破けたシャツから、少し血が滲んでいる。
ヒスイ曰く。
「指輪ね、カラスに持ってかれちゃって」
ずっと追いかけていたのだという。
しかも、盗られたのは、本物の結婚指輪ではなく、アイボリーの指輪の方・・・
本物の結婚指輪はすぐに見つかった。付け替えた途端、カラスに襲われ。
奪還には成功したが、なにせこの様だ。
「なんだよ、それ・・・」アイボリーが呟く。
(俺の指輪なんて、放っときゃいいじゃんか・・・わざわざ取り返すこと・・・)
「とにかくその怪我治すから、こっち来て!!」と、ジスト。
「んじゃ、アクア、お風呂沸かすね〜」それぞれが動き出す。
「・・・・・・」
そして、アイボリーは。暖炉の前にいる、ヒスイの傍に寄り。



「・・・ごめん!!」



誰もが耳を疑う言葉を口にした。次の瞬間、場が静まりかえり。
マーキュリーは気付いた。
いつも言っている、自分の“ごめんなさい”と、いつもは言わないアイボリーの“ごめんなさい”とは、価値が違うのだと。
今までずっと、アイボリーに代わり、謝り続けてきた自分が馬鹿馬鹿しく思えて。
けれどもその時。
「おい!ヒスイ、聞いてんのかよ!」
「・・・ほぇっ???あ、ごめん、なんか言った?」
すっかり気が抜けたヒスイは、うたた寝をしていたのだ。
「やっぱひでぇぇぇ!!」
渾身の謝罪までスルーされ、アイボリーは嘆いたが・・・



ふふっ、と。そこで、15歳のマーキュリーが微笑んだ。
「母は、あーくんの“ごめんなさい”を、聞いていなかったんです」
なんとなくそれで、救われた気がした。
不謹慎にも、嬉しいと思ってしまったのだ。
「実にヒスイらしいね」と、セレは笑いながら。
(やれやれ、困ったものだ)
「僕もそう思います」と、セレの言葉に頷くマーキュリーもまた。



好きで好きでしょうがない。



そんな顔をして笑っていた――




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