赤い屋根の屋敷――

ヒスイはコハクの隣でソワソワしていた。
プリーツスカートとアンティークなブラウスをゴールド系の色合いで統一し、上品な雰囲気・・・なのだが。
息子の彼女を紹介されるとなれば、大人しく座ってなどいられない。
落ち着かない上に、人見知りも加わって。
玄関のチャイムが鳴った瞬間、ヒスイは反射的にコハクの後ろに隠れてしまった。
「いらっしゃい」と、柔らかな物腰で、コハクが息子達を出迎える。
女装をしているマーキュリーを見るとすぐ。
「何て呼べばいいかな?」こっそり耳打ちをして。
「・・・キュトスで、お願いします」
マーキュリーが小声で返答する。
“了解”コハクは頷き。隠れているヒスイに声をかけた。
「ヒスイ、あーくんの彼女のキュトスさんだよ」
「・・・・・・」
コハクの横に並び、マーキュリー改めキュトスを、じっと見上げるヒスイ。
容姿が完璧に整っているため、黙っていると美しい人形そのものなのだが。
内面では激しく葛藤していた。
(一言、これさえ言えればいいのよ!!夕べお兄ちゃんといっぱい練習したじゃない!!このままじゃ、変なお母さんだと思われちゃう!!)
そして・・・


「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」


時間はかかったが、やっとそう口にして。
(言えた!言えたよ!!)
・・・可愛すぎるドヤ顔に、男達は皆、笑い出しそうだった。

「それじゃあ、中へどうぞ」
キュトスを案内するコハク。一方で。
「ヒスイ、ちょっとこっち来て」と、アイボリー。
リビングに向かう途中の廊下でヒスイを引き止めた…かと思うと。
「ちょ・・・なに?」
間にヒスイを囲う形で、壁に両手をついた。
いとも簡単に逃げ道を塞がれたヒスイは、少々驚いたようだった。
「あーくん?どうしたの???」
「・・・ヒスイ、俺になんか言うことねぇ?」
「言うこと?あ!おめでとう!!」
「・・・・・・」
「あーくんが、彼女連れてくるって言うから、緊張して眠れなかったよ」
と、話すヒスイ。悪気はない。
「・・・て、ゆーかさ」
アイボリーはヒスイの額に自身の額を軽く重ね。
「変だと思わねーの?あんだけヒスイのこと好きだって言ってた俺が、彼女つくるとか」
「そういうこともあるでしょ?子供の頃のことだもん」
「・・・・・・」
積年の恋心を一言で。しかも笑顔で片付けられ。
(ヒスイってマジで、コハク以外の男に容赦ねぇな)

「あーくん、さっきから顔近いよ」
「近付けてんの」
アイボリーは、らしくない溜息を漏らし。それからこう言った。
「・・・なぁ、ヒスイ。俺、コハクに似てねぇ?」
「うーん。あんまり・・・」
アイボリーがなぜ今、そんなことを気にするのか。
質問の意図がわからなかったが、ヒスイなりに解釈し。
アイボリーの顔を両手で包んで言った。
「あーくんはね、お兄ちゃんと私が、混ざり合った顔してるの」
「・・・・・・」
「私は、この顔好きだよ。だから、自信持って!」
「ヒスイ・・・」

「あ、ごめん。彼女が待ってるね」
パッとヒスイが手を放す。
そこには、キュトスという名のマーキュリーが立っていた。
ところが・・・
「いい、もうちょいこのままで」
ヒスイが離した手を握り、自身の頬へ戻そうとするアイボリー。
「よくないでしょ!!」
ヒスイは声を荒げ。アイボリーの腕の間から抜け出した、が。
抱擁で捕獲される。もうそれだけの体格差があった。
「あーくん!?何やってるのよ!マザコンだと思われたら困るでしょ!!」
「別に?今更、関係ねーもん」
「はぁっ!?」
ヒスイの半端ない焦りっぷりに、アイボリーが笑うと。
キュトス・・・マーキュリーも笑い出し。ウィッグを外した。
「え!?あれっ???ずいぶんまーくんに似た彼女だね」
「だーかーら、彼女じゃねぇの」
「・・・僕です。お母さん」
「イタズラ・・・だったの?」
「・・・・・・」
何も言わずにアイボリーが腕を解く、と。
パンッ!その頬にヒスイのビンタが決まる。
「私っ!こういうイタズラ嫌い!!あーくんのばかぁぁぁ!!」
大声で叫んだあと、廊下を走って。滑って。転ぶ・・・寸前で。
ヒスイを回収しに、コハクが姿を見せた。
「気は済んだ?」と、アイボリーに尋ね。
「まーな」アイボリーがそう返事をすると。
“後は任せて”声なき声で告げ。
怒るヒスイを抱っこして、2階へと上がっていった。
「あーあ」と、アイボリー。
ヒスイに叩かれた頬を触りながら。


「コハクになりてー・・・」


ボソリと呟き。振り返る。
「それにしてもヒスイ、今までで一番怒ったんじゃね?」
マーキュリーは苦笑いで。
「わざわざ怒らせるようなことしたんじゃないか。こうなるって、わかってたくせに」
「だよなぁ」と、アイボリーが言葉を返す。続けてこう明かした。
「試したかったのは、自分の気持ちの方かもしんねー。俺、やっぱヒスイ好き。全く相手にされなくてもブレねーわ」
「不屈すぎて怖いよ、あーくん」
「俺も怖い」
皮肉笑いで天井を仰ぐアイボリー。逆にマーキュリーは瞳を伏せ。
「まあ、何かあったとしても――」


「半分は背負うよ。双子だからね」


アイボリーは上を向いたまま、横目でマーキュリーを見ると。
笑いを含んだ口調で言った。


「その台詞、そのまんま返すぜ」




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