赤い屋根の屋敷、リビング。


「今日来て貰ったのは、他でもないわ」


ヒスイがセレに言い放つ。
無意識にセレの口癖を真似てしまっているあたりが、すでに笑いを誘う。
「はい、これ」
ヒスイがセレに手渡したのは・・・結婚式場のパンフレットだ。
付箋つきのものが何冊もある。
「どうしたの?セレ、震えてるけど」
笑っているのだ。極力ヒスイに気付かれないように。
「まさか何かの病気じゃ・・・」
「そうではないよ」
気にせず続けてくれたまえ、と、セレ。
するとヒスイは真面目な顔で。
「やっぱり、式はちゃんと挙げておいた方がいいと思うの」
男同士でも、めでたいことだから、と言い足し。
「ウエディングドレスはまーくんが着るとして。たぶん似合うはず・・・」
そんな独り言を呟きながら、向かいのテーブルからセレを見上げる。


「これからは“お母さん”て、呼んでもいいわよ」


言ってから恥かしくなったのか、少々慌てた様子で。
「いっ、今更、息子がひとり増えるくらいどうってことないしっ!」
「・・・って、セレ、何やってるのよ」
「撫でたくなる頭だと思ってね」
上目遣いで睨むヒスイの頭に置いた手をゆっくり動かすセレ。
「だから今、私の話はどうだっていいんだってば!」
ヒスイの文句を軽く聞き流し。
「・・・・・・」



息子の殆どが、息子であって、息子でない。



“お母さん”と呼んでくれる息子がひとりでも多く欲しいのか・・・
(ヒスイはヒスイで不憫な母親なのかもしれない)
愛されれば、愛されるほど、母親とは遠い存在となって。
「・・・ちょっと。セレ、話、聞いてる?」
頭を撫でられながら、ヒスイが頬を膨らませている。
セレの相手は自分ひとりでは務まらないと悟ったようで。
「まーくん呼んでくるからっ!3人で話そ!」




「お茶、お待たせしました」
ヒスイと入れ替わりで、コハク登場。
ドンッ!中身が飛び出しそうな勢いで、運んできた紅茶をテーブルに置いた。
・・・しかもなぜか、マグカップだ。
客用のティーカップはいくらでもあるというのに、だ。
「ヒスイに気安く触らないで貰えます?」
「実に愛でたい子だね、ヒスイは」
「ヒスイは僕が愛でるので。愛でて愛でて愛でまくるので。あなたの出番はありませんよ?」と、コハク。
「それにヒスイはあなたの母親希望のようですから――」


「もういっそ、ホモでいいんじゃないですか?」


「本気かね」
セレが肩を竦める。
コハクが返すのは微笑みだけだ。
(使命感に燃えたヒスイが、子作りえっちしたがるから・・・僕にとっては都合がいいんだよね)
個人的には、しばらくこのままにしておこうという結論に達している。
(欲しがるヒスイがめちゃくちゃ可愛いんだ!これがまた!!)
心の中で萌え叫ぶコハク。それから。
「お茶菓子、いかがですか?甘い物、平気でしたよね」
「喜んでいただこう」
コハクが席を離れると、今度はヒスイが近付いてきた。
マーキュリーも同伴している、が。

コハクとヒスイ。

二人はすれ違いざま足を止め。
「お兄ちゃん、今日のおやつなに?」
「モンブランだよ。あーくんが栗を沢山拾ってきてくれたから」
「わ・・・楽しみ」
「ちょっと待っててね」
「うんっ!」
ちゅっ。いつものように人目を憚らずキスをした。
その時、マーキュリーが。
「お母さんも席を外して貰えませんか?」
ヒスイには伝わらない、苛立ち気味の笑顔でそう告げ。
「え・・・なん・・・」
「総帥とふたりきりで話がしたいので」
無理矢理コハクの腕の中にヒスイを押し込めた。
「あとはお願いします。お父さん」
「じゃあ、いこうか、ヒスイ」
ヒスイを受け取ったコハクが強引に連れてゆく・・・
「ちょっ・・・まーくん!?」




「いつまでこのままにしておく気かね?」
結婚させる気満々・・・ヒスイの勘違いは加速する一方だ。
「総帥のご都合にもよりますが、もう少し、このままでも良いですか?」


「油断、させたいので」


否定も肯定もせず、今まで通り適当にあしらって下さい、と、続けるマーキュリー。
その表情はあくまで穏やかだが。セレは苦笑いだ。
「それでどうするつもりかね」
「どうにもできないと思います。でも――」


「一度くらいは、泣かせてもいいでしょう?」


マーキュリーはマーキュリーで、そういう結論に達したらしかった。
・・・こうなるともう、誤解を解く人物はいない。
(やれやれ)
コハクといい。マーキュリーといい。
ヒスイを騙すのが好きな男ばかり。
(私も同類だがね)




「お待たせ〜」
エプロン姿のヒスイが、出来立てのモンブランを運んできた。
手伝いに慣れていないため、どことなく危なっかしい感じがするが、そこは愛嬌で。
「はい、セレ」と、マグカップの隣に皿を並べる。
その瞬間。耳元でセレの声。
「――――――――――」
「え?」
セレを見るヒスイだったが、知らぬ存ぜぬという顔をしているので、首を傾げながらも、聞き返すことはしなかった。
「???」
「どうかしましたか?お母さん?」
「ううん、何でもない」
(っていうか、意味がわからなかったんだけど。ま、いっか)





愛されることに疲れたら、私のところへおいで。
最後の砦になってあげよう。



“友情”という名のもとに。






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