※こちらの作品は『カップル絵巻No.17』を前提としております。
赤い屋根の屋敷、窓辺にて。
「え?ボージーの生まれ変わり?」
「ああ、詳しいことは、精霊の森に行ってみんとわからんが」
精霊の森の番人を務めるオパールから、連絡があったそうだ。
「私も行くっ!」と、ヒスイ。
外出許可を得て、早速出発だ。
精霊の森――
「え???」
目をぱちくりするヒスイ。
オパールのロッジで待っていたのは、かつての黒豹ではなく。ひとりの少女だった。
2〜3歳くらいか。やっとひとりで歩けるくらいで。
フロント部分がやや長めのエアリーショート。
黒く艶やかな髪・・・瞳はなぜか翡翠色をしている。
「オニキスに似てない?この子」
しゃがんで覗き込み、ヒスイが言った。
「瞳の色は私とおんなじなんだね」と、何気なくそう続けて、笑った瞬間。
「ママ」
幼いボージーが抱きつく。
それから「パパ」と、オニキスを指差した。
「???」
ヒスイは混乱の極みだ。
(オニキスが“パパ”っていうのは、まあ、置いといて・・・)
「私はあなたのお母さんじゃ・・・」
「ヒスイ」
そこでオパールの声。
「折角、懐いてくれているのだもの、いいじゃない」
「うん、まあ・・・」
ボージーの生まれ変わりだという少女は、ヒスイから離れようとしなかった。
一方で、オニキスの手をしっかりと握り。
本物の親子みたいねぇ、と、オパールが笑う。
「そうそう、3人でおでかけでもしてらっしゃいな。郊外に水族館ができたらしいじゃないの」
オパールは首尾よく、その水族館の招待券を3枚用意していた。
「行くか」と、オニキスがボージーを抱き上げる。
「ママも!ママも!」
ボージーが高みから手を伸ばす。
「・・・・・・」
ヒスイは少々照れた顔で。
「・・・いいよ。行こ」
そして水族館――
海のないモルダバイトでは、大盛況だった。
「今度行ってみよう、ってお兄ちゃんが言ってたの、ここかぁ・・・」
ボージーと手を繋いだヒスイがゲートを抜ける、と。
パン!パン!パンッ!
「「「おめでとうございます!!!」」」
クラッカーとくすだまの歓迎を受ける。
ちょうど10000人目の入館者ということで、シャチをモチーフにした帽子を家族分プレゼントされた。
「わ・・・いいじゃない。これ」
ヒスイはまずそれをボージーの頭に被せ、自分も迷わず被った。
「・・・・・・」←コメントに困るオニキス。
美少女ヒスイの頭部がとんでもないことになっていた。ボージーも然り。
帽子の縁取りがギザギザの歯型になっているため、頭からガブリとされているように見えるのだ。
人気商品だというが、ブラックジョークの効いたデザインだ。
そして・・・
「はい、オニキスも被って」
(やはりそうなるか・・・)
館内が薄暗いのがせめてもの救いだ。
「さあ!いくわよ!」
3人お揃いの帽子を被ったところで、ヒスイが言うと。
「さあ!いくわよ!」
ボージーが真似て。
「くく・・・」
思わず笑ってしまうオニキスだった。
「「わぁ」」
ヒスイとボージーが揃って感動。
一面水槽。青く明るい光に包まれる。
泳ぐ魚の群れに、ふたりの視線は釘づけだ。
「あれはなんていうおさかな?」と、ボージー。
「んーと、あれはね、クマノミだよ」
ネームプレートを見ずに、ヒスイが答える。
本を沢山読むだけあって、知識はあるのだ。
「あれは?」
「グッピー」
「あれは?」
「ウツボ」
「あれは?」
「クラゲ」
「あれは?」
知りたい盛りのボージーの質問は止まらない。
「あれは・・・スズメダイだったっけ?オニキス」
「ああ、そうだ」
ペンギン、アザラシ、ラッコ・・・
館内を巡りながら、楽しくお勉強だ。
「あ!イルカのショーだって!」
まもなく開始〜と、案内板に書いてある。
しかし、その時。ボージーがヒスイのスカートの裾を掴み、一言。
「おしっこ」
「おしっこ!?」(私がトイレに連れてくの!?)
ヒスイに戦慄が走る。なにせ経験がないのだ。
どうすればいいの?これくらいの歳の子って、ひとりでできるの???
(お兄ちゃんはどうしてくれてたっけ・・・)
幼少時代の思い出がぐるぐる・・・目が回りそうだ。
「大丈夫か?ヒスイ」
「だっ・・・大丈夫よ!なんとかなる・・・なんとかなるわ・・・」
あたふたしているヒスイが、可愛くて、愛しくて。
拳を口に当て、オニキスが笑う。
「オレが連れていこう」
「ええっ!?」
「そう驚くことでもあるまい」
産みっぱなしのヒスイとは違う。
オニキスは、男手ひとつでシトリンを育てあげたのだ。
外出先での、こういった事態にも慣れている。
「あ、そっか、シトリン・・・」ヒスイが呟く。
ボージーを引き取り、連れて行こうとするオニキスに。
「待って、私も・・・」
するとオニキスは、「お前はここにいろ」と、笑いながらヒスイの額にキスをした。
「すぐ戻る」
「うん。わかった」
それからイルカのショーを見て。
気が付けば、閉園時間。
楽しい時間はあっという間で。
名残惜しい気持ちのまま、水族館を出る。
「あ!」と、そこでヒスイ。
「オニキス、ちょっと、ちょっと」
オニキスを低く屈ませ、内緒話。
「ボージーに、図鑑、買ってくるね」
「豹ってネコ科だから、きっと魚が好きなのよ」
小声ながらに力説する。
「そうだな」
微笑ましいヒスイの解釈に、オニキスもまた微笑む。
「ちょっと待ってて!」
「ああ」
ヒスイは閉店間際の土産物屋へと走っていった。
「・・・これで良かったか?ボージー」
ボージーが笑顔で頷く。その姿は・・・透けていた。
すでにこの世のものではないことを知らせるように。
『あなたとヒスイの子供として生まれ変わるのも悪くないわ』
オニキスがまだ若く、ヒスイの話ばかりをしていた頃。
ボージーが言った言葉。忘れる筈もなかった。
「・・・すまんな」
「ヒスイと・・・結ばれなかった」
「あら、まだそうと決まったわけではないでしょう?」
「ふ・・・そうだな」
オニキスは、ボージーの励ましに苦笑いを浮かべ、消えゆく様を見送った。
「・・・・・・」
(最期まで心配をかけてしまったか・・・)
「あれっ?ボージーは?」
「・・・逝った。今度こそ本当に」
「え?それ、どういうこと?」
残留思念・・・のようなものだと、オニキスはヒスイに話した。
・・・それしか、話せなかった。
「本物の子供みたいだったよね」
幼い手の温もりがまだ残っているような気がする、と、自身の手を見つめるヒスイ。
「最高位の精霊だ。それくらいのことはできる」
「・・・そっか。図鑑、渡せなかったな」
夕暮れの空を仰ぎ、ヒスイが言った。
「今度ボージーに逢えたら、また水族館に連れてってあげよ」
「・・・そうだな」
オニキスは静かに瞳を閉じた。
『あなたとヒスイの子供として生まれ変わるのも悪くないわ』
それは彼女と――オレがみた夢。
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