コハク一家が暮らす屋敷一帯は、メノウの魔法により、極端な温度差はない。
そのため、ヒスイは薄着になりやすい傾向があるのだが・・・
いくら温度差が少ないとはいえ、四季を感じることができるよう、それなりに調整はされていて。
この日は結構な肌寒さだった。
従って、外の世界は一段と寒く。
ましてや、長男トパーズの住むコスモクロアは、モルダバイトに比べても気温が低い離島だった。



コスモクロア――

左手に大きな紙袋をぶら下げて。三階建ての家の前に立つヒスイ。
ピンクのタートルネックワンピに、黒のロングブーツとカチューシャ・・・全体的に薄手の春先取りコーデだ。
コハクにコートを着て行くよう言われていたが、忘れてしまった。
「今日はちょっと寒いわね」
白い息を吐きながら、合鍵で玄関扉を開ける。
トパーズと同居中のメノウに呼ばれていたのだ。
「お父さん?来たよー?」
「よっ!いらっしゃい!」
メノウが笑顔で出迎えた。
「あ、そうだ。これお兄ちゃんから」
訪問ついでに、メノウに渡すよう頼まれていた紙袋を差し出す。
中には半纏が入っていた。
もちろん、コハクの手作りだ。襟裏に“瑪瑙”という渋い刺繍まで施されている。
「お父さん、それ・・・」
「コハクに頼んだんだよ。あいつ仕事早いよなぁ」
メノウは早速半纏を羽織り、ご満悦の様子だ。
「くすくす、似合うよ、お父さん」
「だろ?俺、寒いのダメだからさぁ」
こういうの大好き、と、笑う。
「それで?今日は何の用なの?」
「これだよ、これ」
案内された部屋に入ると。そこには、不思議な家具が置いてあった。
「???なにこれ・・・」
テーブルと布団の組み合わせ・・・初めて見るものだった。
物珍しげにヒスイが近付き、まじまじと眺める。その時。


「“コタツ”だ」


ヒスイの後ろに立ち、トパーズが言った。
「どうしたの?これ」と、ヒスイが振り向く。
「作った。そこに入ってみろ」
「え?うん」
布団を捲り、コタツに入る。
「わ・・・」(これ、あったかい~・・・)
足元ポカポカ。コタツの中は、非常に快適な空間だった。
「ホラ食え」と、トパーズがヒスイの頭にみかんを乗せた。
「いただきまぁーす」
みかんを食べながら、ほっこり和む、ヒスイの表情。
大いに気に入ったのは明らかで。
トパーズがニヤリと笑う。
「好きなだけ入ってろ。転がってもいいぞ?」
「転がっていいの!?」
言われるがまま、転がるヒスイ。
深々とコタツに潜ると、なお暖かく。
「これ、すごいねぇ・・・一度入ったら、出られないかも・・・」
ヒスイはすでに眠そうだ。
「寝てもいいが、その前に」と、トパーズ。
続けて携帯電話を渡される。
「あいつに、この感動を伝えてやれ」



「もしもし、おにいちゃん?」
仕事で単身外出していたコハクのもとへ、ヒスイから連絡が入った。
「ヒスイ?何かあった?」
行き先はメノウのところということで、ヒスイのお出かけを許可したのだが、何かがおかしい。
声が少し熱を帯びている気がするのだ。
「おにいちゃん・・・これ・・・すごいよ・・・きもちいいの・・・はぁ・・・」
「気持ちいい!?」(何してるんだ!?)
と、そこで。話し相手が変わった。トパーズに、だ。
「ヒスイは預かった。すっぽり入ってるぞ」
「すっぽり・・・って、何が!?どこに!?」
そこでまた話し相手が変わり。
「あはは!!」
楽しげなメノウの笑い声。
「焦っただろー。コタツだよ、コタツ。お前なら知ってるだろ?」
「それは知ってますけど・・・あ」(しまったぁぁぁ!!)
ダラケ性のヒスイに、もってこいの家電だ。
不覚にも、トパーズに先を越されてしまった。

通話終了後・・・

「とにかくウチにも設置しないと」
ヒスイを取り返すには、それしかない!と、コハクが身を翻す。
(“コタツ”は異世界アイテムだけど、そんなに難しい構造じゃない。材料さえ揃えば)
ただし、この世界でコタツを使用可能にするためには、特殊な熱源が必要なのだ。
腕時計を見るコハク。現在、午後1時を回ったところだ。
「今日中に間に合うかどうか、だな」



それから約2時間後・・・赤い屋根の屋敷。

あらかた材料を揃えたコハクが戻ってきた。
一気に作り上げるつもりで。ところが。
「遅いよ、お兄ちゃん」
毛布に包まったヒスイが、裏口でコハクを待っていた。※コハクは大抵裏口から出入りします※
「あれ?ヒスイ?帰ってた・・・の?コタツ、ないよ?」
「コタツ?」
ヒスイは軽く首を傾げた。それから・・・
「コタツは確かに魅力的だけど、おやつの時間だよ?」
帰ってくるのは当たり前でしょ、と、言った。
「ヒスイ・・・」(この真っ直ぐさが、好きなんだ)
「お兄ちゃん?どうかした?」
「何でもないよ。ごめんね、遅れて。すぐに準備するから」と、コハク。
姿勢を低くし、ヒスイに顔を近付け、微笑む。


「でもその前に、ただいまのキス、させて?」
「ん!」


ちゅっ。





その頃、三階建ての家では――

トパーズとメノウが、向かい合わせでコタツに入っていた。
メノウは、みかんの粒を次々と口に放り込みながら。
「帰巣本能だな、ありゃ」
「・・・・・・」
「あの家が、っていうよりは、ヒスイにとって、コハク=帰る場所なんだろ。親父としてはちょっと悔しいよな」
ヒスイは、コタツの中でぬくぬくと温まりながら、うたた寝をしていたが。
2時45分になると起き上がり、コタツから出て、帰っていった。
“お兄ちゃんのおやつの時間だから”という理由で、だ。
「今日も負けかぁ」
などと言って、メノウが笑う。
するとトパーズが、メノウの足を爪先で小突き。


「今日は、だ。ジジイ」






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