「う・・・ん」
気が付くとそこはカーテンに囲まれたベッドの上だった。

保健室。

ヒスイの瞳に白い天井と不機嫌なトパーズの顔が映る。
「・・・さっさと服を着ろ。オレは行くぞ」
屋上で脱ぎ捨てた下着と上着が頭上から降ってきた。
「え?トパーズちょっと・・・」
ズキン・・・と、噛まれた首筋が痛む。
ヒスイは傷口を押さえて、トパーズを呼び止めた。
「・・・時間がない。気が向いたら後で治してやる」
次の授業が始まる時間。1分前。

「・・・・・・」
まだ頭がクラクラした。
(・・・もういいや)
ヒスイはサボりの決意を固めた。
(次の授業こそは出ようと思ってたけど)

保険医はいなかった。
トパーズが去った後、救急箱をあさり、絆創膏を入手。
噛み傷をとりあえずそれで隠す。
それから制服を着て一息。

「・・・ヒスイ。生活指導室だ。来い」
間もなくオニキスの声が保健室に響いた。
「オニキス・・・」
「・・・立てるか?保険医が戻る前に移動した方がいい」
ブラックリスト。
午後の授業には殆ど顔を出さない(出せない)ヒスイ。
他の教師からしてみれば、問題児だった。
保険医も当然いい顔はしない。

オニキスに連れられ生活指導室へ。
「・・・ここで休んでいけ」
こちらも職権乱用・・・“生活指導”の名目でヒスイを匿う。
「あの・・・」
「何だ?」
「何も聞かないの?授業をサボった理由とか」
絞られる覚悟はできている。
オニキスの授業には出た試しがなかったのだ。
「あいつらに振り回されているだけだろう?いつものことだ。聞くまでもない」
「オニキス・・・」
良き理解者。ちゃんとわかってくれている。
今更ながらじ〜んと感動。

「・・・これを」
「ん?」
オニキスに手渡された一冊の本。
ヒスイは早速冒頭部分に目を通した。
「あ・・・コレ、面白いかも・・・」
興味を惹かれ、瞳が輝く。
「・・・だろう?」
ヒスイ専用の微笑みを浮かべるオニキス。
それから自分も本を開いて視線を落とした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
心地よい距離感。
決して遠くなく、だからと言って触れるほど近くもない。
(なんとなくホッとする・・・こういう時間も悪くないわね)


「はじめて会った頃はもっと意地悪だったよね」
しばらくして、ふと、ヒスイがそう口にした。
「・・・あの頃は・・・・若かった」
「くすっ。お互いにね」
かつて夫婦だった思い出に苦笑い。
そして呟く。

「・・・お前は・・・あの頃と少しも変わっていない」


想いは・・・遠く。
なのに今も、胸を焦がす。


「・・・ヒスイ?寝たのか?」
聞き慣れたヒスイの寝息。
椅子に深く腰掛けて俯いている。
膝から滑り落ちそうな本を取り上げて、オニキスは時計を見た。
本日最後の授業が始まる時間。
「・・・まぁ、いいだろう」
(このまま・・・オレの傍で)

「どのみち次はコハクの授業だ」




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