※『世界に咲く花』48話以降のお話です。
にやぁ〜。
柔らかい猫の体をしならせてシトリンが部屋に入ってきた。
「兄上!聞いてくれ!!ジンの奴が!!」
トパーズの姿も確かめず、愚痴爆発。
どうやらジンと喧嘩をしたらしい。
「・・・・・・」
睡眠の妨げ。
トパーズは不機嫌な顔で起き上がった。
寝癖がすごい。
「あ・・・、すまん、寝ていたのか」
タイミングが悪かったことをやっと悟ったシトリン。
「・・・何か用か」
ギロリと睨まれる。怖い。
「あ〜・・・いや・・・用というか・・・」
シトリンは言葉を濁した。
考えてみれば、トパーズが愚痴に耳を貸してくれる筈もなく、ましてや仲裁など絶対にしてくれないだろう。
相手を間違えた。
コハクの所に行くべきだった・・・とシトリンは内心後悔した。
(アイツといえば・・・)
コハクの顔を思い浮かべる。
(母上を巡って兄上と派手に戦ったようだな)
つい昨日の話だ。
コハクとトパーズの喧嘩が始まると、ヒスイは城に避難してくる。
「もう勝手にやってれば?って感じ!」と、どちらか(勝者)が迎えに来るまで帰らない。
昨日はシトリンの部屋に入り浸りだったのだ。
朝早くにやってきて、帰ったのは日が暮れてからだった。
(しかも迎えにきたのがアイツということは・・・兄上、負けたな・・・)
別の話題を探すも、トパーズの逆鱗に触れそうなものばかり。
「あっ!兄上はっ!もう城には戻って来ないのかっ!?」
「戻らない。ここのほうが気楽でいい」
両家で散々モメた末、ジンが婿に入ることになって、モルダバイトの後継者問題も解決した。
結婚式は、来春盛大に執り行われる予定だ。
「・・・母上と一緒にいたいから?」
幸せ惚けか、避けようとしていた話題にうっかり戻ってしまった。
(し、しまった・・・母上の話は・・・)
恐る恐るトパーズを見上げる・・・
「・・・そうだ」
「!!」
(兄上・・・そんなに母上のこと・・・)
トパーズが正直に返答することなど今までなかっただけに、シトリンは強く心打たれた。
「・・・銀の血族は近親結婚が当たり前だと聞いた。私は“母上”が“義姉上”になっても構わんぞ!・・・頑張れ!」
「・・・バカか、お前。ある訳ないだろう。まぁ、アイツが死ねば話は別だが」
鼻で笑って、シトリンの尻尾を掴む。
ブラーンと逆さ吊り。
「ニヤッ!!?ニャンダ??」
「・・・お前、何故猫のままなんだ?折角猫又にしてやったのに」
「あ〜・・・いやぁ〜・・・べつに〜・・・深いイミはないぞぅ〜」
語尾が伸びる時は嘘をついている。
「・・・まぁいい」
コトン・・・
猫シトリンの前に平たいミルク皿が置かれた。
「ホラ、飲め」
中には新鮮なミルクがたっぷり。
もともとミルクが大好きなシトリンは、トパーズのもてなしに感激した。
(おおおおぉぉ〜!!兄上がっ!!私に飲み物を出してくれるとはっ!!)
嬉しい!嬉しい!嬉しいっ!
尻尾をブンブン振って皿のミルクを舐める。
一滴残さず、ぺろりと。
「ああ!旨かった!!ありがとう!兄上!!ヒック!!」
突然しゃっくりが出た。それに伴い体も熱い。
「ん・・・?あれ・・・?」
頭もボーッとしてきた。
「そうか、旨かったか。マタタビミルク」
トパーズが両腕を組んでにやりと笑う。
「!!!」
(盛られた・・・のか・・・)
コテッ。
足元がふらつき、シトリンはひっくり返った。
「・・・何故、猫のままなんだ?」
酔っ払い状態のシトリンに先程の質問を繰り返す。
シトリンはすっかり口が軽くなっていた。
「むニャ〜・・・私とアイツは同じ顔だから・・・兄上が不愉快になるかと・・・」
「・・・本当にバカだな・・・。不愉快な顔なら嫌という程見ている」
トパーズは自分の顔を指した。
コハクに・・・似ている。
「・・・下らん気を遣うな。オレ達はアイツの呪いから逃れられない」
「そうだにゃぁ〜!兄上も同じ顔だにゃ〜!一緒だにゃぁ〜!嬉しいにゃぁ〜・・・」
コロコロと転がってご機嫌なシトリン。
酔いが相当回っている。すぐに寝息が聞こえてきた。
「母娘揃って見事なバカだ」
苦笑いで猫のシトリンに手を翳し、変身能力を発動させる・・・
一糸纏わぬシトリンの姿が甦った。
「う〜ん・・・あにうえ〜・・・オニキスどの〜・・・・ジン〜・・・」
シトリンの寝言。
婚約者であるジンの名前が3番目というのがおかしくて、トパーズの表情が緩む。
ずっと遠ざけてきたシトリン。
“神”となった今、血への渇望は消えた。
もう“食料”には見えない。
それなら・・・傍に置いても大丈夫だろう。
「・・・お前には散々救われたからな」
トパーズはそっとシトリンの頭を撫でた。
「ただいま〜」
コハクと買い物に出ていたヒスイが帰ってきた。
お土産を持って、真っ先にトパーズの顔を見にくる。
「あ・・・ごめん、取り込み中?」
トパーズとシトリンを交互に見て、えっちな妄想。含み笑い。
「・・・待て」
勝手に機転を利かせ、部屋を出て行こうとするヒスイを背後から捕獲し、耳を噛む。
「・・・シトリンとお前は違う」
「・・・うん。わかってる。いいなぁ、シトリンは。大事にされてて」
「・・・嫌味か?それは」
「うん。嫌味」
「・・・お前はお前の役目を全うしろ」
「えっ・・・ちょ・・・こらっ!」
ワンピースのスカートの中に、トパーズの指が滑り込む。
「やっ・・・ぁ」
ヒスイは両脚をぴったり閉じて抵抗した。
「シトリンが起きちゃう・・・よっ!」
「別に構わない。見せてやれ」
「もうっ・・・!お兄ちゃん呼ぶからねっ!!」
・・・壊したい、ヒスイ。
・・・守りたい、シトリン。
相反する、感情。
明らかに種類の違うものではあるが。
たぶんどちらも・・・“愛”なのだろう。
お題:ヨル様・ぶんぶん様
‖目次へ‖