※『世界に春がやってくる』10話以降のお話です。



パサ・・・

赤い屋根の屋敷に今日もまた蒼い天使が舞い降りた。

「やぁ、イズ。いらっしゃい。どうしたの？今日は」
「コハク・・・“お見合い”って・・・ナニ？」
「え？お見合い？まさか・・・」
勘の良いコハクは直ぐに察した。
「ジョールさんがお見合いするの？」

こくり。

「！！！」
一番驚いたのはコハクの腕の中にいたヒスイだった。
「何でっ！？イズがいるのに！？」
「・・・わからない」
何かにつけて“わからない”自分を不甲斐なく思うらしく
すっかり表情を曇らせてしまったイズを見て、ヒスイは凄い剣幕で怒り出した。
「私っ！ジョールに文句言ってくる！！」
コハクの腕を振り解き、お別れのキスもせずに屋敷を飛び出すヒスイ。
「お見合いなんて絶対させないんだから！！」



「転ばないように気をつけていくんだよ〜」と、コハク。
ヒスイの耳に届いていないことは承知だが、言っておきたい。
（親の薦めか何かで、断わり切れなかっただけだと思うけど）
コハクはジョールの事情も察していた。
（適齢期だしなぁ・・・色々とあるんだろう）


熾天使の花嫁であるヒスイと座天使の花嫁候補であるジョール。


（ジョールさんはヒスイを娘のように可愛がってくれるから・・・）
今日ヒスイが着ている服もジョールからプレゼントされたものだった。
コハクとしても大歓迎。
（イズと早くまとまってしまえばいいのに・・・そうだ！）
「ねぇ、イズ」
お見合いの意味を理解させた後、弟分の意思確認。
「“花嫁”はジョールさんがいいんだね？」

こくり。

「他の女の子に興味はない？」

「ない・・・」

「彼女の事考えて・・・勃つ？」

こくり。

「ふむ。合格」
「・・・どうすれば、いい？」
いつも頼りになるコハク・・・イズは不安気な表情で指示を仰いだ。
コハクはにっこりと微笑んで・・・
「先に結婚してしまえばいい」
「結婚・・・」
「そう。取られる前に取る！これ基本」
「・・・そうなの？」
「そうそう。だから・・・」


『街外れの教会にジョールさんを連れておいで』


「ああ、その前にジョールさんに似合いそうな指輪を買うんだよ？わかった？」

こくり。



ジョール宅。

（困ったことになったわ・・・）
頬に両手を当ててオロオロするジョール。
隣国の有名女子大卒業。いわばエリート。
そのまんま“才女”。仕事のデキる女だった。

・・・しかし今は見る影もなく。
恋愛に関しては初心者もいいところで。

両親が送りつけてきたお見合い写真を、家に遊びに来たイズに見られてしまった。
次々と持ち上がる見合い話・・・これまで何とかかわし続けてきたのだが、
「頼むから会うだけでも・・・」と、両親に泣きつかれ、仕方なしに
承諾してしまった。
両親の顔を立てるだけで、その先の付き合いはハッキリと断るつもりだったのだが・・・
（イズさん、急に出ていってしまって・・・）
「怒らせて・・・しまったのかしら・・・」



「ちょっとっ！！」
バンッ！！
扉を蹴り込んで、ヒスイ乱入。
「お見合いってどういうコト！？絶対だめだからねっ！！ジョールはイズの“花嫁”なんだからっ！！」
ヒスイが殆ど勝手にそんな事を言い出した。
「え・・・？“花嫁”？」
ジョールはまだ“花嫁”の意味を知らなかった。
かつてヒスイがそうだったように、プロポーズもされないうちから“花嫁”呼ばわりされても困惑するばかりで。
「もうっ！じれったいわね！」
まわりくどいのが嫌いなヒスイは苛々とした口調で叫んだ。
「他のヒトとお見合いなんかしないで、イズと結婚しちゃいなさいよっ！！」
「そ、そんな事を言われましても・・・」
「娘が欲しいっていつも言ってるじゃない」
ヒスイの言う通りだった。


『こんな娘が欲しいっ！！』


自分で作った服をヒスイに着せては、そんなことを口走っていた。
娘に手作りの服を着せるのが夢といえば、夢。
「女の子は父親に似るって言うじゃない。ウチもそうだし」と、ヒスイが語り出す。
「イズは睫毛が長いから、すっごく可愛いコが産まれるよ？」
（イズさん似の女の子！！？）

ごくっ。

想像して思わず息を飲むジョール。

その時。

「あ！イズ！ちょうどいいトコロに」
「えっ！？」
ヒスイが窓を開け、イズを室内へ迎え入れた。
「コハク・・・教会でまってる・・・」
イズのメッセージにたちまちヒスイの機嫌が良くなって。
（お兄ちゃん！やる気だ！）
「わかった！じゃあ先行ってるね！！頑張って！イズ！」

こくり。


突然、二人きり。
己の妄想を恥じて俯くジョールと変わらぬぼんやり顔のイズ。

「ジョール・・・教会いく」
「はい？教会ですか？」
「・・・先に結婚する」
コハクから得た知識を早速暴走させて。

「・・・えぇぇ〜っ！！？結婚っ！？？」
ジョールの声が裏返る。
（しかもそんな・・・半分寝ているような顔で！？）
冗談なのか本気なのかもわからない。

・・・イズの頭には鳥が留まっていた。

「・・・ジョール・・・とられたくない」
「イズさ・・・きゃぁっ！」

ジョールを軽々と抱き上げ、イズは窓から飛び立った。



街外れの教会。

「おめでとう」「おめでとっ！」
大きな十字架の前でコハクとヒスイが待っていた。

「即席だから僕等だけで悪いんだけど。まあ、誓いだけでも・・・」
「披露宴は後で盛大にやればいいわ」

（な・・・なんて強引な方達・・・）
眩暈がする。ジョールは心の準備が全くできていなかった。
「イズのこと好きでしょ？」
ヒスイが大きな瞳を輝かせ、期待に満ちた眼差しで覗き込む。
「好きだよね？」
「結婚してもいいよね？」
「・・・だめ？」
ヒスイは吸血鬼だが、ジョールの目には天使に映る。
おねだりモード全開で愛らしく見上げるヒスイ。
イズまで縋るような瞳でジョールを見つめていた。
「ホラっ！イズも言ってっ！」
と、ヒスイがイズをせっついて・・・


「ジョール・・・結婚して」


ＮＯと言えない流れ。

まるで催眠術にでもかかってしまったかのように・・・こくり。



その後は頭が真っ白で誓いの言葉をちゃんと言えたかどうかさえ覚えていない。
ジョールの左手の薬指にはいつの間にか指輪が嵌められていた。




結局、見合い写真は送り返した。
心に決めた人がいるからと両親に手紙を添えて。


一ヶ月後・・・

「良い天気だわ」
昼休みには近くの森まで散歩に出るのが日課だ。
（・・・綺麗・・・）
左手を光に翳すと、指輪がキラキラと輝く。
（ガラスって・・・こんなに綺麗なものだったのね・・・）
ぼんやりと思い出す・・・コハクの言葉。


タチの悪い露天商に騙されて買っちゃったみたいなんだ。
宝石じゃなくて、ただのガラス玉なんだけど・・・

愛は本物だから。受け取ってあげて・・・


（石が本物かどうかなんて関係ないわ）
くすっ。
「このほうが、イズさんらしい」


教会での出来事は過ぎてしまえば夢のようで。


一緒に暮らしている訳でもなければ、イズの態度も変わらない。
“結婚”をしたのかどうかさえ曖昧な関係が続いていた。



「イズさん。こんにちわ」
「ジョール・・・まってた」
イズはいつも森でジョールがくるのを待っている。
そして、ジョールの顔を見るなり一言。
「・・・ねむい」
「はい。はい」
ジョールが地面に正座をすると、その上に早速イズが頭を乗せる。
「・・・おやすみ」
すぅ〜・・・
（あら。もう眠ってしまったわ）


微笑みでイズの寝顔を見守って、空と同じ色をした髪をそっと
指で梳く。


今はまだ、曖昧なままでいい。


こうして少しづつ一緒に過ごす時間が増えて。
いつか本当の夫婦になれたら・・・と思う。



私の愛しい天使は・・・今日も膝の上で眠っている。




お題：珠様

‖目次へ‖