※『世界に春がやってくる』14話以降のお話となります。



モルダバイト城。プライベート用応接室。

「ごゆっくりどうぞ」

メイドのジョールがテーブルにティーカップを置いた。

「サンキュー」
軽く礼を述べ、メノウが話を続ける。
話題はコハクとヒスイの夫婦喧嘩。

「・・・で、コハクがキレちゃってさ〜」
「それで夫婦喧嘩に?」

コハクが失踪すること二週間。
今は家に戻り、以前と変わらぬえっち三昧の日々だというが。

「ヒスイさん、大変だったみたいですね」
申し訳ない事をした、とシトリンに代わって謝罪。
「でも、あの、シトリンも悪気があった訳じゃ・・・」
当然フォローも忘れない。
「そんなのみんなわかってるって」

とにかく事情が複雑な一家なのだ。

「それでトパーズは・・・」
「フラれた。まぁ、しょうがないよな」
「・・・・・・」

義兄。トパーズ。
(オレは“親友”だって思ってるけど、あいつはどうかな・・・)
親友として。
大きな声では言えないが、応援している。
人道に背いていても、コンドームを差し入れたシトリンと正直同じ気持ちだった。
「辛く・・・ないんですかね・・・その・・・」
「コハクとヒスイがヤってるトコ見て?」
「はい」
「そりゃ面白くはないだろうけどさ。夫婦がヤるのは当たり前だし。その辺は諦めるしかないじゃん」
一息にメノウが言った。
「そんな身も蓋もない・・・」
(メノウさんの言っている事は正しい。でも・・・)
トパーズに同情してしまう。


そこからはもう殆ど独り言で。


「産まれた時から運命の相手が決まっていて。お互い目に見える印がついてたら・・・誰も迷わずに済むのになぁ・・・トパーズも王も・・・」
(こんな事考えるなんて、いい年して子供っぽいかな、オレ・・・)
呟いて、今度は恥ずかしくなる。
「最初から最後まで1:1ってこと?」
不意にメノウに切り返され、頷くジン。
「ん〜・・・それじゃ味気ないかもよ?お前だってオニキスの事を好きなシトリンを好きになったんだろ?」
「仰るとおりです」
前言撤回を余儀なくされ、ジンは苦笑いで答えた。


(だけどわざわざ傷つきたい奴なんているのかな)


“考えが甘い”とよく周囲からも指摘を受けるが。

もし本当に印が見えたら。

(もっと早くシトリンと出会えたかもしれないし)




「ま、お前らしいよな」と、メノウが笑う。


『1:1になれなかったとしてもさ、無駄な愛なんてない』


「・・・って、思いたいワケ。俺はね」
「メノウさん・・・」
「あいつらは、あれでいいんじゃないの。オニキスも含めて。ま、あくまで俺個人の考えだから」
適当に聞き流してくれ、と、言い。
「トシ取るとどうもな〜・・・うんちくが長くなるんだよ」
ジンより遙かに若い外見で、自身にぼやくメノウ。

それからトパーズの“10年宣言”の話をして。


「10年後、ヒスイとヤリまくってる予定なんだってさ」


笑いながら平然とそんな事を言うメノウに。
(メノウさんって結局誰の味方なんだ?)
複雑な思いを抱きながらも。

「本当にそんな日が来るといいな。トパーズ・・・」
ポロッと本音を洩らす・・・が。
(あ!いやっ!すいませんっ!!コハクさん)
急にコハクに申し訳ない気持ちになって、心の中で平謝り。
結局どっちつかずになってしまうジン。

「ところでさぁ、シトリンにコンドーム教えたのお前だろ。ヤるとき使ってんの?」
子供大好き!おじいちゃんとしては推奨できないなぁ〜と。
メノウが冗談っぽく笑う。
「あ、はい実は・・・」
ジンは真相を語った。
「復学させたいんです。シトリンを」
ジンの性格からして、厳しくは言えない。
避妊はささやかな意思表示だった。


「王に随分勉強をみて貰ってやっと入った高校だって・・・それを途中で辞めてしまうのは勿体ないかな、って」


王は「シトリンの好きにするといい」って言ったけど。
シトリンの高校入学を誰よりも喜んでいたのは・・・王。
「シトリンひとりの力で入学した訳じゃないから・・・勢いで辞めてしまうのはちょっとどうかと・・・」
そもそもトパーズがひとりで教育機関を総括していたのは、シトリンを落第させない為だし。
色んな人の想いがあって、女子高生のシトリンがいたんだ。


「だからできれば・・・高校は卒業して欲しい」


「なるほどね〜」
“明るい家族計画”に、こんな理由があったとは。
「お前ってホント・・・善人だな」
「コハクさんみたいに強引になれたらいいんですけど。なかなか・・・」
「んじゃ、あやかりにいくか」
「はいっ!」



コハク達の暮らす森へ。
弟子らしくメノウの一歩後を歩くジン。

「移動魔法使えば一発なんだけど、できるだけ歩くようにしてるんだよ。魔法使いは運動不足になりやすいからさ〜。ヒスイにもそうしろって言ってるのに、ありゃ絶対サボってるな」
文句を言いつつも笑顔なところに親馬鹿ぶりが窺える。
「家ではコハクが何でもやっちゃうだろ。いつかデブデブになるんじゃないかって今から心配でさぁ〜・・・想像してみろよ、太ったヒスイ」
「太ったヒスイさん?」


「おに〜ちゃぁぁ〜ん」野太い声。
ドスドスドス・・・重い足音。
腕も足もパンパンになったヒスイ。


・・・ぷっ!
異彩を放つツンデレ系美人なだけに、横に伸ばすと衝撃だ。
「な?笑えるだろ?」
「はい」



閑かな森。
聞こえるのは二人の笑い声だけ。



(楽しい人だなぁ・・・)

悪戯好きで、世話好きで。
よく笑うメノウ。

(でも・・・)



メノウさんはもうずいぶん前に奥さんを亡くしたって聞いた。

行き場のない想いを抱えるトパーズも。
孫を息子として育ててるコハクさんも。
恋の呪いにかかったままの王も。

みんな少しずつ胸に痛みを抱えて。
それでも幸せに暮らしてる。


(生きていくってこういう事なんだな〜・・・)


避けられない別れや、届かない想いに泣くこともあるけど。
どうせなら。めいいっぱい笑って生きていきたい。オレも。



そう決意した途端、笑いが込み上げてきた。

「ジン?何笑ってんの?」

気持ち悪いくらいの笑顔だ、と、メノウが不審がる。

「シトリンの料理に笑い茸でも入ってた?」
「あ・・・」

ハッとするジン。
有り難迷惑な事に、シトリンは今、料理にハマっているのだ。

昼食時、確かに妙な色をした茸のソテーを食べさせられた。

(え・・・じゃあこれって・・・)

あははははは!!
ひ〜っひっひっひ!!

お腹を抱えて笑い出す。

「おい、おい、マジかよ〜」
つられてメノウも大笑い。

笑って。笑って。笑い転げて。
息も絶え絶えな二人。

「じ、人生笑いが肝心ですよね・・・メノウさん」
「そうそう。ことわざであるだろ・・・あれだよ、あれ」



笑う門には福来たる。



お題:匿名希望5号様

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