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『WorldJoker』36話まで読破された方向け。
毎度お馴染み(笑)メノウの“入れ替わり”魔法を使ったお話です。
リンスinシャンプー=リンスの入ったシャンプーの要領で。
ヒスイinシトリン=ヒスイの入ったシトリン。心はヒスイ、体はシトリンの状態。
シトリンinヒスイ=シトリンの入ったヒスイ。心はシトリン、体はヒスイの状態。
紛らわしいことになっておりますが(汗)ご容赦ください・・・。
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赤い屋根の屋敷、リビングにて。
「母上、頼む!この通りだ!!」
ヒスイに両手を合わせるシトリン。
「母上なら、モルダバイトの法律を全部覚えているだろう!」
「うん、まあ・・・」
モルダバイトの王妃時代、オニキスに叩き込まれたのだ。
それは今でも忘れていない。
「頼む!1日でいい!!私と入れ替わってくれ!!」
シトリンがなぜこんなことを言い出したかというと・・・
この度、公務として新しく追加された行事・・・4年に一度の式典なのだが、
平和維持主張の為、王妃自ら国民の前に立ち、国の法律を説くことになった
のだという。
「大臣どもが余計な仕事を・・・」
シトリンは両手で頭を抱え、しゃがみ込んだ。
いつになく切迫した顔をしている。
「書物を開くとすぐ眠くなってしまって・・・どうしても覚えられんのだ」
勉強の苦手なシトリンらしい。
「隣に立つジンに恥をかかせたくない・・・母上、助けてくれ・・・」
「う〜ん」
愛するコハク似の娘に助けを求められては、無下にもできず。
(こんなことぐらいしか、してあげられないもんね)と、ヒスイは考え、そして言った。
「いいよ」
「・・・面白い」
廊下で聞き耳をたてているのは、トパーズだ。
両腕を組み、口元を歪ませる・・・美しくも邪悪な笑みで、一言。
「便乗するか」
それから3日後の式典当日。モルダバイト城にて。
「この巻物を一緒に開くと、入れ替われるんだって」と、ヒスイ。
入れ替わりの魔法を使えるのは、現在メノウとコハクだけだ。
“この巻物”は、父メノウに事情を説明し、特別に授けてもらったもので、1/4日・・・
つまり6時間限定で入れ替わる呪文が込められている。
この巻物を使っての入れ替わりは無事成功し。
「では頼んだぞ!母上!!」
ヒスイになったシトリン※以後シトリンinヒスイは、シトリンになったヒスイ※以後ヒスイinシトリンの手を握り、激励した。
ヒスイinシトリンが壇上に上がるのを見届けてから、シトリンinヒスイは、“ヒスイ”としての役目を果たすべく屋敷に戻った。
まずは洗面所で、鏡の前に立ち。
「ぷっ・・・本当に子供のような体だな」
小さく薄っぺらいヒスイの体を見て笑う。無論、悪気はない。
「オニキス殿も兄上もこの体に欲情するのか・・・」
そんなことを言いながら、しげしげと眺める。
「どこかに男を虜にする秘密があるのか???」
スカートを捲ると、コハク手編みの毛糸のパンツ。
(色気はどこだ???)
探しても、見つからない。
「いや、見た目で判断してはいかん!この中がすごいのかもしれん・・・」
パンツの中を覗くシトリンinヒスイ。
(名器なのか???)
「いやいや、それはやってみなければわからん・・・やって・・・」
心の声と独り言を交互に繰り返す。
(オニキス殿はともかくとして、兄上は知っているではないか・・・)
「母上のアソコの具合・・・」
(兄上・・・)ふと、兄トパーズを想う。
「この体なら・・・兄上の願いを叶えてやれるのではないか?」
そんな考えが浮かんで。
「・・・・・・」
生活を共にしながら、ヒスイとはキスもセックスもままならない関係が続いている。
仕方がないとわかっていても、気の毒でならなかった。
(この体を・・・何度抱きたいと思ったことだろう)
「したいだろうな・・・母上と」
今なら、ヒスイの体を自由にできる。
(兄上に、いい思い出のひとつも作ってやりたい)そう、思う。
「ここはひとつ、母上になりきって・・・」
チャンスは今しかないのだ。
「よぅし!!」
思ったら、即行動。シトリンinヒスイは洗面所から飛び出した。
「今行くぞ!!兄上!!」
屋敷2階。トパーズの部屋。
「どうなってるんだよ・・・これ・・・聞いてないぞ」
窓に映った顔を見て、愕然とするジン。
「トパーズになるなんて・・・」
一体何が起こったのか・・・
「そういえば、式典直前にトパーズが来て・・・それで・・・」
あとは思い出せない。
とにかく、ジンがトパーズになっているということは、トパーズがジンになっているということで。
ここでも“入れ替わり”が発生していた。
神であるトパーズに使えない魔法はない。
何の狙いか・・・ジンは巻き込まれたのだ。
(式典は・・・問題ないか。法律にも詳しいしな)
なにせモルダバイトの王子なのだ。公務に関しては、引けを取らない。
「でも何でこんなこと・・・」
その時だった。
「ト・・・トパーズ?」
心なしか上ずった声のヒスイが部屋に入ってきた。
(ヒスイさん!?)
この事態をどう説明するか、ジンinトパーズが迷っていると。
「え?」
いそいそと服を脱ぎ、ヒスイは裸になって。
「!!」
それは“絶対に見てはいけないもの”と、本能が警告する。
(コハクさんに殺される・・・)
ジンinトパーズは、ヒスイから視線を逸らした。が。
ヒスイは、ジンinトパーズに擦り寄った。
ほんのりと赤い顔。濡れた唇。更には上目遣いで。
(明らかに誘ってる・・・トパーズとヒスイさんて、もうこういう関係になってたのか)
トパーズは自身のプライベートを話さないので、この状況から、ジンが誤解するのも無理はないのだが。
「トパーズ・・・」
セックスを甘くせがむ声。
(いいのか?これ・・・)
トパーズには幸せになって貰いたいと思う。
(でも、コハクさんの目を盗んでセックスするなんて・・・バレたらどうするつもりなんだ?)
家庭崩壊・・・それ以上の大惨事になることは、目に見えている。
「・・・・・・」
この情事がトパーズにとって良いものとは思えない。
ジンinトパーズは何かを決意したようにきゅっと唇を噛み、それからヒスイの肩を両手で掴んで体から引き離した。
「ヒスイさん、オレ、こういうの良くないと思います。トパーズのこと本当に好きなら、もっとちゃんとして・・・」
「あ・・・兄上???何を言って・・・」
トパーズの言動があまりに不可解で、つい地が出るシトリンinヒスイ。
「・・・え?兄上?」(兄上って言ったよな、今・・・)
声こそ違えど、聞きなれたイントネーション・・・互いにそう感じ。
「・・・・・・」ジンinトパーズ。 (もしかして・・・)
「・・・・・・」シトリンinヒスイ。(もしかして・・・)
「シトリン!?」「ジンか!?」
「・・・ジン、すまん。ああすれば、兄上が喜ぶと思ったんだ」
シトリンinヒスイは深く頭を下げた。
ジンinトパーズに止められるまで、それが悪いことだという認識がなかったのだ。
関係を持ったあとのことも全く考えていなかった。
「シトリン・・・」
「すぐに周りが見えなくなるのは、私の悪い癖だな」
そう言って、うなだれる。
「・・・でも、それがシトリンだろ」
相手のことを想うが故の失態。そういうところも全部含めて、好きなのだ。
「ジン・・・」
「シトリン・・・」
見つめ合い、いいムード・・・だが。
気になることがひとつ。
ウホン!シトリンinヒスイは咳払いをして言った。
母上と兄上・・・今頃どうしているだろうな。
モルダバイト城。
こちら、式典終了後のヒスイinシトリン。
「ふぅ」王妃の仕事を何とかやり遂げ、緊張でかいた汗を拭う。
(あとは体が戻るのを待つだけね)
ヒスイinシトリンは、ジンから逃げるように離宮へと身を隠した。
かつて住んでいた場所だけあって、落ち着く。
ベッドに腰掛け、ホッと一息・・・と、思いきや。
「シトリン」と、不意に名前を呼ばれビクッとする。
(ジンくん!?)
ジンが追って部屋へと入ってきた。
穏やかな笑顔でヒスイの隣に腰掛ける。
「・・・・・・」
ヒスイinシトリンに再び緊張の時間が訪れた。
「ジンには内緒にして欲しい」と、シトリンに釘を刺されているので、バレやしないか、内心ドキドキだ。
「・・・・・・」
何も言わないもの不自然かと思い、ヒスイinシトリンは「お疲れ」の一言でジンを労った。
すると、次の瞬間。
「え?」
ジンの手に、肩を抱かれ。
「ん・・・っ!!」
抵抗する間もなく、唇に唇が重ねられた。
驚いたヒスイinシトリンは体を強張らせたが・・・
「・・・トパーズ?」
キスを終えてすぐ、そう言った。
「・・・何でわかった」
「何でって、キスの仕方がトパーズだったから」
「・・・・・・」
ヒスイが唇へのキスを拒むようになってから、もうだいぶ経つ。
あれから、数えきれない程コハクとキスをしただろう。
「・・・・・・」
それでも覚えているものなのか・・・信じ難いが、事実ヒスイはキスであっさり正体を見破った。
嬉しくないと言えば、嘘になる。
「?トパ・・・ん・・・っ!!」
トパーズinジンは、ヒスイinシトリンの唇を、二度三度と続けて吸って。
「んー・・・・!!!」
抵抗を受けながらも、ベッドへ押し倒した。
「ちょ・・・なにす・・・」
ヒスイinシトリンの両手首を掴み、動きを封じて。
「・・・あいつ等の体だ。いいか、これは罪じゃない」
両想いの肉体同士。むしろあるべき姿なのだと主張する。
「か、体の問題じゃないでしょ・・・!!」ヒスイinシトリンが抗議すると。
「黙れ。こうでもしなきゃ、お前とヤれない」
「ヤる!?」
ヒスイinシトリンの声が驚きで裏返る。
「だ・・・だめだよ。ジンくんとシトリンの体なんだから・・・っ!!」
「ついでにもうひとりガキでも作ってやるか」
せせら笑う、トパーズinジン。
その表情はもはやジンのものには見えない。
「な・・・なに言って・・・」
説得は無理だと思ったのか、ヒスイinシトリンは逃げに転じた。
「はなし・・・て・・・っ!!」
足をジタバタさせると、手首の拘束が弛み、その隙をついて逃走。
シトリンの体なので、逃げ足は一層速くなっていた。
「・・・バカな女」
キスは見抜くのに、この嘘は見抜けない。
ジンとシトリンの体を使ってセックスする気など、初めからなかった。
ヒスイを困らせたくて、言ってみただけなのだ。
トパーズinジンは腕時計を見た。
もうすぐ6時間が経とうとしていた。
「・・・時間切れ、だ」
その日の夜。
「こんなところで何してるんだ?」と、ジン。
トパーズと話がしたくて屋敷を訪れたのだ。
煙草の匂いを辿って裏手に回ると、そこにトパーズがいた。
「見ればわかるだろう、喫煙だ」
トパーズの冷たい横顔。ジンの方を見向きもしない。
「・・・・・・」(聞きたいのはそういうことじゃないんだけど・・・)
現在、時刻は午後10時。
わざわざ屋外で煙草を吸っている理由を尋ねたのだ。
今にも雪が降り出しそうな冬空だというのに、スタンド式灰皿は吸い殻の山。
もうずいぶんと長いことこの場にいることを物語っていた。
「ヒスイさんのこと、苛めただろ?」
今日の“入れ替わり”の話だ。トパーズの趣味はヒスイ苛めで。
ヒスイとシトリンの計画に便乗した訳は、ジンにもわかった。
「・・・いつものことだ。もう忘れてる」と、トパーズ。
その視線は屋敷2階の夫婦の寝室に向いていた。
そこにはランプの明かりが灯っていて。
カーテン越しにコハクとヒスイの姿が見えた。
何をしているかは・・・言うまでもない。
(ああ・・・なんだかなぁ・・・)ジンは思わず、同情。
(好きな女性が他の男に抱かれてるって、嫌だろうなぁ・・・)
そして思わず、口にする。
「・・・なあ。片想いって、楽しいか?」
「楽しそうに見えるか?これが」
「あ・・・ごめん」
無粋なことを聞いたと、我ながらに思うジン。
「・・・捨てられるものなら、とっくに捨ててる」
トパーズは煙草の煙を吐いて、そう呟いた。
愛しいと思う気持ちは、簡単に捨てられるものではないのだ。
たとえそれが・・・痛みを伴うものだとしても。
「・・・手に入れる。いつか、必ずな」
明かりの消えた窓を見据え、トパーズが言った。
「“いつか”?いつかって、いつだ?」と、ジンが切り返す。
「“いつか”なんて曖昧な言葉に想いを託すしかないのに、それでも諦め・・・」
語調を強めた、その時。
「トパーズ?」
ヒスイが裏口から顔を覗かせた。
赤いガウンを羽織っている。ちなみにその下は・・・裸だ。
「ずっとそんなトコにいたら風邪ひいちゃうよ?」と言って、向かってくる。
「あれ?ジンくん?」
「こ・・・こんばんは。すいません、こんな遅くに」
ジンにとっては義理の母であり、コハクやオニキスの手前かなり気を遣う相手だ。
「寄ってく?お兄ちゃんが今紅茶入れて・・・」
「いえっ!もう帰ります!」
(あのまま話を続けても、トパーズと気まずくなるだけだし。ムキになって余計なこと言いそうだったしな)
トパーズに幸せになって貰いたいと思う気持ちは、シトリンと一緒なのだ。
故に、柄にもなく感情的になってしまった。
「おやすみなさい」
ジンは別れの挨拶をして、その場を離れた。
「あ、そうか・・・」
(ヒスイさんが迎えにくるの、待ってたんだな)
今になって、トパーズがあの場で粘っていた理由に気付く。
「・・・可愛いとこあるじゃないか」
やっと年下と思える面を見つけて、ジンは笑った。
「“いつか”って、あるような、ないような、曖昧な言葉だと思ってたけど。口にした奴の意志次第だもんな」
トパーズは“いつか必ず”と、言った。
「トパーズが“いつか”を信じてるなら。オレも・・・」
その“いつか”を信じよう。
お題:I様
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