※番外編No.33『幸せは男次第?』を前提としております。



エクソシスト教会研究員、アズライト。愛称、アズ。
藍色と緑のオッドアイ。ピンクゴールドのくせっ毛。小柄な白衣男子だ。

他国支部との合同発表会があったため、今日はめずらしく社外に出ていた。
直帰も許可されていたが、訳あって研究室に戻る・・・ギターの練習だ。
24時間体制で仕事をするエクソシストに比べ、研究員には基本残業がない。
終業時刻を過ぎた研究室は、すぐに人がいなくなる。
故に。ギターの練習場としているのだが、そこで、大物2人と出くわしてしまった。
(これはまずい・・・かも・・・)
総帥セレナイトと、特級エクソシストのコハクが、何やらヒソヒソと話をしている。
近寄り難い雰囲気だ。アズは後ずさりしたが・・・
「ん?君がアズくんかな?」
コハクに気付かれ、引き止められる。
「息子がいつもお世話に」
「いえいえ、滅相もない。世話になってるのはこっちの方で」
両手を振り、恐縮するアズ。コハクのことは、勿論知っている。
「サルファー先輩の“No.1ヒーロー”だって、聞いてます」
「はは、それは嬉しいね」
コハクが笑う。上品な佇まい・・・エクソシストの黒衣に金髪がよく映えていた。
(サルファー先輩の親父さん・・・間近で見ると、驚きの美人・・・)
怖い噂を色々聞くが、目の前に立つコハクはとても優しそうで。
そしてなぜか、手に一升瓶を持っている。
「取り込み中、失礼しました」
挨拶を済ませたアズは慌てて出ていこうとするが・・・
「いや、構わないよ。アズ、君もこっちへおいで」
今度はセレに引き止められた。


(・・・何ですか、この展開。両手に花?)


総帥と特級エクソシスト、重役2人に挟まれ、いつもと違うアフター5。
「どうかな、君も一杯」と、セレに酒を勧められる。
「あー、はい」上司の誘いを断れる筈もなく、アズは応じ。
にごり酒がたっぷりと注がれたお猪口が3つ並べられた。が。
コハクは、お酒にトラウマがあると言って、一切口をつけなかった。
「よかったら、僕の分も」と、にこやかにアズの方へお猪口を寄せる。
「いたらきます!」若干呂律が回らなくなりながらも、アズは上機嫌。
注がれた酒は、夢のような味わいで、何杯でも飲めてしまう。そして。

「そういや、総帥て、恋人とかいるんですか」


ほろ酔い気分で何気なく尋ねる。すると。
「過去にはね、いたよ。そういう女性も」と、セレ。
軽いノリで振った恋バナだったが、セレが真摯な受け答えをしたため、アズの酔いも一気に醒めた。
国家規模の組織の頂点に立つ男の恋愛遍歴・・・
(やっぱ気になるっていうか)
ゴクッ、唾を飲み。思い切って先を尋ねる。
「・・・どんな女性なんですか」
「聞きたいかい?」
「聞きたいです」
セレは数秒間目を瞑り、回想。いつも以上にゆったりとした口調で語り出した。
「私の幼馴染でね、髪も瞳も、朝焼けのような清々しい朱色をしていた。
元気な子だったよ。少し、君に似ているかもしれない」
テーブルの上に肘を付き、指を組んで笑う。
「やだなー、もう、何言っちゃってるんですか、男っすよ、僕は」
アズは即座に切り返した。
(この人いつもそうなんだ)
何かにつけて、口説くような会話。
(人の反応見て楽しんでる、ていうか。はいはい、大人の男はやっぱ違うね)
心の中で皮肉りながら、話を続ける。
「そんで、その女性とはどうなったんですか?」
「添い遂げたよ、最期まで。永久に目を閉じる、その前に“幸せだった”と言ってくれた」
「うわ美談・・・」
「そうかね?」


「ところで話は変わるが・・・」


「大食堂で月1回、歌ってみないかね?」と、セレは話を繋げた。
「寮内を賑わせていた“余興”が近頃減ってしまってね、何かないか考えていたところだ」
セレの言う“余興”とは、コハクとトパーズの親子喧嘩、ジストとサルファーの兄弟喧嘩のことだ。
あの時代は、どっちが喧嘩に勝つか、寮内で賭けが流行ったのだ。
「どうだい?特別手当も出すがね?」
「やります!やらせてください!」アズ、即答。
(今日、僕ツイてる!!)
旨い酒を飲んで、総帥の昔の恋人を聞き出し、ステージまで確保した。しかも特別手当付き。
(夜のおかずが一品増えるかもしんない!えろい意味じゃなくてね)
弟の喜ぶ顔が目に浮かぶ。練習にも益々熱が入りそうだ。相棒のギターに、今すぐ触りたい。
ソワソワしだしたアズを見て、セレとコハクが笑う。心情を察しているのだ。
「では決まりだ。宜しく頼むよ」席を立つセレ。
「僕らはこれで退散するよ」コハクも立ち上がり、アズに手を振った。
「練習、頑張ってね。ステージ観に行くよ」
「はいっ!ありがとうございます!!」




―廊下にて。

「なぜ彼に嘘を?」と、コハク。
「添い遂げるどころか・・・他の男と結婚するように仕向けた、でしょ?悪魔をその身に宿し、彼女と同じ時間を生きられなくなったから」
そう、真相を明かす。
「どうだろうね、忘れてしまったよ」
シラを切るセレ。コハクは苦笑いで。
「彼女の子孫を今でも見守っているなんて、それはそれで美談だと思いますけどね」
するとセレは立ち止まり、言った。
「彼にね、週に一度、あそこでホットチョコレートをご馳走になるんだ」
アズの好物はチョコレート。履歴書にも書いてあった。


「彼には、甘いものの方が良いと思ってね」


「これでも気を遣っているのだよ。若い子にはどうもいい顔をしたくなる」
年かね、と、笑うセレ。
コハクは納得したらしく。同じように笑って。
「彼には表の顔で、僕には裏の顔で。嘘をつく相手を選ぶ。それでいいと思いますよ、あなたは」と、言った。
「返す言葉もないな。まったくその通りだよ」
「まあ僕も人のことは言えませんけどね。ヒスイの前ではいい顔したいし」と、今度はコハクが肩を竦める。
「・・・若さとは、眩しいものだね。私にとってのアズは、君にとってのヒスイに近いのかもしれない」
「僕にとってのヒスイに、ですか」
コハクが聞き返す。セレは頷き。



“光ある場所”というやつだよ。



「・・・なるほど。いい例えだ」
「だろう?ただし・・・」



邪な意味は除いてね。




お題:I様

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