※『世界に春がやってくる』まで読破された方向け。番外編『Cross Crown』が前提となっております。



彼の泣き顔に、恋をした。


花咲く丘で――





それは、かつてコハクが無数の十字架を建てた場所・・・なのだが。
何故かそこに、ルチルとヒスイの姿があった。
「あ・・・えっと・・・あれ???」(まだ教えてないよね???)←ヒスイ、心の声。
学校行事のひとつでもある、遠足。
行き先候補地の下見に付き合って欲しいとルチルに頼まれ、辿り着いたのがここだった。
「どうして、ここを知ってるの?」と、ヒスイ。
「思い出の場所なんです」ルチルは、金の髪を片方の耳にかけ、笑った。




ルチルが16歳になったばかりの頃・・・
モルダバイトへの留学が決まり、育ての親であるラリマーと、マーキーズから移住してきた。
その途中のことである。
「近くを通りかかったら、花の香りがして」
ラリマー自ら“立ち寄りたい”と申し出たのだという。
「彼は、この場所を知っているようでした」
「そっか」と、ヒスイ。 続けてこう尋ねた。
「ラリマー、何か言ってた?」
「少し・・・驚いた顔をしていました」
それから“美しい景色だ”と、一言だけ呟いて。
静かに涙を流した――



ラリマーは、ここに花の種を植えたのが、コハクとヒスイであることに気付いた。
十字架が埋もれるほどの花々・・・



痛々しい贖罪の場所が、穏やかな供養の場所になっていた。



そのことに対する、感動と安堵の涙――



しかし当然、ルチルは知る由もなく。
「私は、なぜ彼が泣いているのか、わかりませんでした」
そうヒスイに話したルチルだったが・・・
おろおろしながらも、その泣き顔に心を奪われたことを鮮烈に覚えている。


「ラリマーに先越されちゃったから、もう言っちゃうけど」
ふたたびヒスイが口を開く。
「ここ、お兄ちゃんが造ったお墓なの」
「え?」
先の方、よく見てみて〜と、ヒスイが指をさし。その時初めて気付く。
木製の十字架が、遙か彼方まで立ち並んでいることを。
「あのね――」
ヒスイが“裁き”について説明する。なにせ話下手なので、内容は推して知るところだが・・・
「お兄ちゃんと二人で、ここに花の種を植えたの。これでも結構頑張ったんだよ?」



十字架が埋もれるくらい、たくさんの花が咲いたら。



「ラリマーとイズを招待する予定だったんだけど」
「ヒスイさん・・・」
しかしそれをすっかり忘れていたという残念な現実はさておき。
「ごめんなさい。そんな場所だったなんて・・・」
俯くルチルを、ヒスイは下から覗き込んだ。
「ううん。ねぇ、ここ、どんな風に見える?」
風が吹けば、一斉に花びらが舞い。視界はどこか霞がかっている。
「・・・天国、みたいなところですね」
ルチルが答えると。
「そうなればいいな、って、思ってたんだ」
ヒスイは嬉しそうに笑った。


「・・・遠足は他の場所にしましょうか、ヒスイさん」
「うんっ!」
待っていたかのように、ヒスイが頷く。
「近くにいいところがあるから、今度は私が案内するよ!いこっ!」
「はい」返事をして、ヒスイの後に続くルチル・・・だったが。
ふと立ち止まり、花咲く丘を振り返った。
「・・・・・・」





“美しい景色だ”





記憶の中のラリマーの声と共に、当時の光景が鮮明に甦る――





その言葉にどれだけの意味が込められていたのか。
考えるだけで胸が苦しくなる、けれど。




淡くときめいた、あの泣き顔は、きっと一生、忘れない。




お題:管理人

‖目次へ‖