「こっちきて」
広い屋敷だった。長い廊下に沿っていくつも扉が並んでいる。
そのなかから迷わずひとつの扉を選んで、メノウはサンゴを連れ込んだ。
「え・・・あの・・・」
(何が起こっているの・・・?)
サンゴは訳がわからないまま、すっかりメノウのペースに乗せられていた。
「こんなこともあろうかと準備しておいて良かったよ」
「???」
部屋には家具がひとつもなかった。
カーテンの隙間から薄く月光が差している。
床にはの魔法陣が描かれていた。
「その真ん中に立って」
メノウはぐいぐいとサンゴを押して、魔法陣の中心に立たせた。
「???」
サンゴは見たこともない魔法陣に首を傾げながら、なんとなく言われるがままになっている。
「そこでじっとしててね」
魔法陣の外に立ちメノウが長い呪文を唱え始めた。
5分近く呪文を唱え続け、最後の締めにサンゴにもわかる言葉でこう言った。


「我、汝と永久の契約を交わす者なり。受け入れよ。絆の鎖を――」


きゃあ!とサンゴが驚き混じりの小さな悲鳴をあげた。
魔法陣から鎖が伸びた。それが足元からサンゴの体に絡みつく・・・。
「・・・汝に永遠を・・・誓う」
その言葉と同時に鎖はサンゴの体内に吸い込まれるようにして消えていった。
「・・・・・・?」
サンゴはぽかんとした顔で立ち尽くしていた。
体には特に痛みも、異常もない。
「契約完了!」
メノウはしたり顔でそう宣言した。
「おめでとうございます」
側で見ていたコハクが祝福の言葉を述べた。メノウと・・・サンゴに。
「まさに電光石火の早業ですね」
含み笑いを浮かべながらメノウを肘でつつくコハク。
「気に入ったんだ。すごく」
「あの・・・これは一体何が起こったのでしょう・・・?」
サンゴは胸に手を当ててメノウに尋ねた。
「夫婦になったの」
「?誰と誰がでしょう?」
「だから、俺とキミ」
「・・・・・・」
サンゴは絶句した。
出会って一時間も経っていない。交わした言葉も数える程だ。
それなのになぜ、自分はここにいるのだろう・・・。自分でもよくわからない。
「俺の名前はメノウ。知っての通り、エクソシストだ。で、こっちはコハク。“天使”だから触らないほうがいいよ」
紹介されたコハクはサンゴに軽く頭を下げた。
「キミはこれから俺達とここで暮らすんだ」
「どうして・・・ですか??」
「夫婦だから。離れられないの」
「・・・・・・」
メノウの説明は端的過ぎてサンゴにはよくわからなかった。
見るに見かねてコハクが説明に入る。
「今、メノウ様が使った呪文、ご存じですか?」
「いえ・・・」
「あれは召喚術の最終奥義と言われる呪文で、“永遠の誓い”といいます。誓いをたてたことによって、メノウ様は全く召喚術を使えなくなりましたが、その代償としてあなたを得た。あなたはもう他の誰にも召喚されることはない。永久にメノウ様の側で生きるのです」
「そういうこと!わかった?」
メノウはサンゴに言い聞かせるような口調で言った。
「生涯を共にする覚悟がある時に使われる呪文なので、“結婚”の意味にもとらえられるんですよ」
コハクはさらにそう説明した。
「あの・・・では私は家へは帰れないのですか?」
サンゴは目をぱちくりさせた。驚いてはいるものの、取り乱している様子はなかった。
「そういうことになるかな。まぁ、たまに里帰りするぐらいは許してやってもいいけど」
「そう、ですか・・・」
「帰りたい?」
「いえ。特には・・・」
魔界の深淵、夜の国。静かで美しい世界だが、夜が明けることはない。
(あそこに還らないで済むのなら・・・かえって都合が良いかも知れない。どのみちもう私は・・・)
「理解できた?」
メノウがサンゴを覗き込む。
メノウは14歳・・・成長途中でまだそれほど背も高くない。体つきも華奢だった。
一方サンゴは、成人した大人の女性という感じだった。意外に身長もある。
二人は20p近くの差があった。
メノウはサンゴを見上げながら笑った。
「すぐ追いつくから大丈夫だよ」と。



「ど・・・同衾・・・です・・・か?」
サンゴはまるで他人事のように、実感の湧かない顔で答えた。

新婚初夜。

「そ。だって夫婦だし。いいでしょ」
「え・・・あの、いえ・・・そういうことでは・・・なくて・・・」
出会ってまだ数時間。お互いのこともよくわからないのにどうしてこういう展開になるのだろう。
いきなり夫婦と言われても受け入れられるはずがない。
メノウはとても人なつっこい感じがした。
数時間一緒にいただけでも相手の心を奪う魅力がある。
それは認める。
しかしなぜメノウが自分を選ぶのか、サンゴは理解に苦しんだまま、この状況に直面していた。
「なんにも問題ないでしょ?もう責任はとってあるし」
メノウがにじり寄る。
「あのね、俺、早く子供が欲しいんだ。産んでくれるよね?」
甘えるような声を出して、サンゴの体に抱きついた。
「あ・・・」
悪い気はしない。
(母性本能がくすぐられるってこういうことをいうのかしら・・・)
サンゴはメノウを急に愛おしく感じた。しかしそれとこれとは別問題である。
「あの・・・ですから・・・そういう問題では・・・なくて・・・聞いてます?」
「聞いてない」
メノウはサンゴがもごもごと口を動かしている間にも、サンゴの服を脱がせにかかっていた。
サンゴはメノウを押しのけて逃げようとした。
「残念でした。逃げられませ〜ん」
からかうような口調でそう言って、メノウは自分の左腕をぐいっと自分の方に寄せた。
「!!?」
サンゴの左腕が見えない力で引き戻される。
「よく見てごらん。契約者同士なら見えるはずだよ」
「く・・・鎖・・・」
意識を集中すれば見える。けれど普通にしていたら気付かない。
そこにあってそこにないもの。
サンゴは自分の左手首から長く伸びる鎖を見た。その先には、メノウの左手首がある。
「運命の赤い糸っていうじゃん。それと同じようなものだよ。もう離れられないの。俺達」
糸などという切れそうなものではない。

これは鎖だ。

「だから逃げようとしても無駄」
メノウは笑って、再びサンゴの腰に手を回した。
「あの・・・私、こういうの・・・初めてなんです・・・けど・・・。」
サンゴは体を隠しながら真っ赤な顔でメノウに訴えた。
「うん。大丈夫。優しくするから」
「あの・・・でも・・・。」
「ゆっくり・・・少しずつ教えてあげる」





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