翌朝。
泣き腫らした目をしたほたると、目の下にクマをつくった月長が顔を合わせた。
天青も翠玉もいない。
二人はまだ朝日が昇りきらないうちに町の郊外で待ち合わせをした。
今は使われていない廃墟の並ぶその場所で、共に運命の刻を迎えようとしている。
「やっぱりこうなってしまいましたね」
「そうですね」
二人は苦笑いをした。
「でもやります。私」
ほたるは決意のこもった声で言った。 月長も頷いた。
「よく切れそうなのを持ってきましたよ」
鞄からナイフを取り出した。二本ある。全く同じものだった。 そのうち一本をほたるに手渡す。
ナイフはまだしっかりと鞘に収まっていたが、二人はごくりと息を飲んだ。
「・・・月長さん達と会えてよかったです」
「ぼくも、ほたるさん達と出会えてよかった・・・」
二人は向かい合わせに立った。 そして同時に頷き合った。


『では、はじめます』


ほたるはナイフを鞘から抜いた。
ぼとりと鞘が地面に落ちる・・・。 強く柄を握り、ナイフの先をぐっと右の手の平に押し当てた。
スッと刃先を滑らせると皮膚が裂け血がぽたぽた流れ落ちた。
(う・・・)
血の苦手なほたるは今にも貧血で倒れそうになったが、強く頭を振り意識を保とうと必死になった。
(・・・天青・・・)
ポケットから魔石を取り出した。 それを血だらけの右手で握る・・・。
月長も軽く息を整えてからナイフで自分の右手を切った。
ほたると同じようにして右手に魔石を握る・・・。
石が血で真っ赤に染まると、二人は真っ直ぐ前を向いて同時に言葉を発した。


『我、すべての血を以て汝を解放する――』


その言葉に反応し、それぞれの石が光った。
血を吸収している。ほたると月長の血だらけだった右手がみるみる綺麗になってゆく・・・。
石は内側から深紅に染まった。
ほたると月長は強く頷き合った。
そして右手を開いて石を落とした。
石は宿主がいる限りどうやっても割れない。 しかしひとつだけ方法があった。
それは宿主を解放すること。
魔石使いは全ての魔力と引き替えに魔石の封印を解くことができる唯一の存在だ。
ほたると月長は魔石の封印を解こうとする同志だった。
落下した天青石が石畳に当たった。
パーン!と突き抜けるような音を立てて破片が無数に散らばる・・・。
そのなかから、まるで蜃気楼のようにゆらりと天青が姿を現した。
翠玉石も落ちた衝撃で粉々に砕けた。 全く同じ現象をもって翠玉が姿を現す・・・。
「天青!」
「翠玉!」
二人はぽかんとしている。 いつもと立場が逆転していた。
ほたるは天青に、月長は翠玉にそれぞれ駆け寄った。
「ほたる・・・お前・・・」
「うん」
「手ぇ見せてみろ」
「うん」
流した血は魔石が一滴残らず吸収したため、汚れてはいない。 切り口が見えるだけだ。
天青は傷口を舐めた。
「・・・ヘタレのくせにカッコつけんじゃねぇよ」
「うん。・・・私ね、いつも傍にいてくれる天青に何かお礼がしたかったの。少しずつ調べていたんだけど、なかなか方法がはっきりしなくて・・・ひょっとしたら月長さんも同じこと考えているかもしれないと思って。話してみたらやっぱりそうで。お互いに情報交換したの。それでやっとどうすればいいのかわかって・・・」
ほたるがこれだけ続けて話すのは滅多にないことだった。
「じゃあ、あれは・・・」
「うん。その相談をしていたの」
「・・・ごめん。俺・・・」
天青は瞳を伏せて、ほたるの右手を握りしめた。
「お前にこんなことさせちまって・・・」 ほたるはゆっくり首を左右に振った。
「これでいいの。天青はもう・・・自由だよ」
「ほたる・・・」
天青はほたるを抱きしめた。
「・・・お前は俺がいないとだめだから」
「うん」
「あれ、ホントは逆なんだ」
「え?」
「俺がだめなの。お前がいないと。だから・・・自由になったって離れねぇぞ」
「うん」
「いいのか?」
「・・・私に触れる天青の唇や指先が言葉ほど乱暴じゃないこと、ちゃんと知ってるよ」
ほたるは「うん」とは言わずにそう答えた。
「ば・・・ばか、こんな時に何言って・・・・」
天青は狼狽えた。照れているのだ。
「・・・好き」
「!!!?」
ほたるの顔を天青が覗き込んだ。
驚きのあまり目が丸くなったままの天青の顔を見てほたるは笑った。
「天青だって・・・私に好きって言ってくれたことないじゃない」
「俺はっ!当たり前にお前のことがす・・・」
「す?」
天青はこの時やっと気が付いた。自分の気持ちをちゃんとほたるに伝えていなかった事に。
「すきなんだよ!当たり前過ぎて言うの忘れてただけだ!」
ほたるはしんから嬉しそうな顔をして笑った。
天青はほたるの前髪をそっとはらった。 右の生え際のほうに傷跡がうっすらと残っている。
その傷に天青は優しくキスをした。
「俺達の出会った記念だもんな、これ」
「うん」
「・・・ありがとな」
「こちらこそ」
二人は笑い合い、声を重ねた。
「「これからもよろしく」」



「馬鹿・・・。こんなことして・・・」
「うん」
「月長は一流の魔石使いなのよ?その力を全部こんなことで失ってしまうなんて大馬鹿よ!!」
「いいんだ。ぼくは翠玉以外の石なんていらない」
「うっ・・・うっ・・・」
翠玉は感激のあまり泣き出した。 その姿は純真無垢な子供のようだった。
「翠玉のことを信じていなかったわけじゃないんだ。だけど・・・翠玉がほくを好きな理由が“主人だから”じゃ寂しいから・・・魔石じゃない君とこうしたかった・・・」
月長は泣きじゃくる翠玉の唇に自分の唇を重ねた。
「!!」
翠玉はますます涙が止まらなくなり、色気も何も吹き飛んでしまった。
「ひっく・・・好きよ、月長」
「うん。ぼくもだよ。・・・いこうか」
「?どこへ?」
「宿の・・・ベッド」
「うんっ!!」
翠玉は頬を薔薇色に染め、月長に抱きついた。 男を喰う魔物の面影などもはやどこにもなかった。



後日。
「さっさと来いってば!お前、足遅すぎ!!」
「ま・・・待ってよぅ・・・」
町を駆け抜ける二つの影。
「早く!早く!」
「そんなに走らなくても・・・」
そこに二つの影が合流した。
「げ・・・またかよ」
「またぁ〜?」
天青と翠玉が睨みあう。
「じゃあ、またジャンケンで・・・」
平和主義のほたるが提案する。
「よし!今日は俺がやる!お前は下がってろ」
天青は腕まくりをした。
「そっちは月長でいいのか?ん?」
「いいですよ」

ジャン・ケン・グー。 ジャン・ケン・チョキ。

「よっしゃあ!今度はいだだきだぜっ!」
天青は勝ち誇った顔で拳を突き上げた。
「何やってるのよ!馬鹿!」
「ごめん〜」
「次は私がやるわよ」
「そ、そうだね」
負けた月長は翠玉に責め立てられている。 ほたるはくすりと笑った。
そして空を仰いだ。



・・・私達は相変わらず賞金稼ぎを続けている。

ギルドの受付のおじいちゃんは最近ますます呆けてきて、前より更にダブルブッキングが増えた。
そろそろ引退したほうがいいと思う・・・。
街角で出会ったらジャンケン。 それがお決まりになってきた今日この頃。
幸せな時間はたぶんこんなふうに、じんわりとゆるやかに流れてゆくのだろう。

天青とわたし。 月長さんと翠玉さん。
私達は生きてゆく。 この、世界で。





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