「・・・だからね、今回は出て欲しいんだ。」
「絶対!やだ!」
シトリンの声が、次第に大きくなる。
(そろそろ、テーブルの上を片付けたほうがいいかしら。)
部屋の片隅でじっと二人の会話を聞いていたジョールは、速やかにワゴンをテーブルの脇に付け、テーブルの上に乗っている朝食を片付け始める。
「シトリン!やだで済む問題じゃないでしょ?国の一大事だよ。」
「なななにが一大事だ〜。単に綺麗なドレスを着てじっとするお人形ごっこだろ!」
(・・・・急がないと、そろそろ女王さまの忍耐力が・・・)
徐々に声の大きくなるシトリンに、ジョールは少し焦りだす。が、それでも優雅に丁寧に食器をワゴンに載せていく。
「だって!世界一なんだよ〜。世界で一番美しい女王に選ばれたんだもん!絶対授賞式には新作のドレスを沢山着て行かなきゃ!」
(あ、くる!)
「ジンのばかああああ!!!」
大声と共にシトリンは空になったテーブルをひっくり返し、猫化。
「ふにゃー!!!」
と、ジンに威嚇の泣き声をあげ、ワゴンと共にぎりぎりのところで、部屋の隅に逃れていたジョールの脇を走り去った。
「あ!シトリン〜!」
ジンの大声が虚しく部屋に響き渡る。
(・・・・間に合った。お皿割れなくてよかった。)
「・・・あああ。行っちゃった。」
ジンがテーブルの倒れたそばにポツンと取り残された椅子に座り直す。
ジョールは静かにテーブルを元に戻し、シトリンの抜け殻の服を手に持った。
「ねえ。ジョール〜。なんだってシトリンはあんなにドレスを着るの嫌なんだろう?」
独り言のようにジンがつぶやく。
(そりゃ、ドレスを着る機会があるごとに、くたくたになるまで、ジンさまに試着させられたら、誰だって嫌がると思うんですが・・・。)
心の中でそう呟きながら、ジョールはジンに答える。
「大丈夫ですわ。・・・授賞式にお出でになる方法がありますわ。」
「え!ほんと!どうしたらいい?」
ジンの顔がみるみる明るくなる。
「はい。では、ドレスはジン様がお選びになってください。・・・・・一枚だけ。」
ジョールは一枚に力をこめ、眼鏡の縁を指先で整えながら言った。
「ええええ!?一枚だけ〜」
ぶつぶつと、「最低でも3回はドレスを代えたほうが・・・」などと言っているジンに向かい、きっぱりと答える。
「はい。一枚です。」
「ジンさま。きっと女王様は・・・ジン様がお選びになった一枚のドレスだったら、喜んで着てくださり、授賞式にも渋々ではありますが、出られると思います。」
きっぱり、言い切るジョールを見て、ジンは確信する。
「わかった!一枚だけだね。・・・それでいいんだね。」
「はい。」
大きく頷くジョールが頼もしく見える。
「早速、選んでくるよ!」
そう言ってジンは足早に、ドレスルームと化した一室に足を向ける。
「あ、ジョールありがとう!」
部屋を出る寸前、ジンはニッコリ笑ってジョールにお礼を言った。
「・・・どういたしまして。」
ジョールは丁寧に頭を下げ、出て行った女王猫を探すべく頭を働かせる。
猫がいる可能性の高い場所をいくつか頭の中にピックアップさせ、洋服を持ち直し部屋から出て行く。
(・・・・なんだかんだといいながら、結局女王様はジン様の言われることは、お聞きになるのよね。)
ポーカーフェイスだったジョールの顔が、優しく緩む。
(それにしても・・・・・・・なんで、女王様は猫になれるのかしら?それとも、猫が女王様なの?いつ見ても不思議だわ。)
毎度、不可思議に思う女王様の猫化に疑問をもちながら、お城の窓から覗く青い空を眺める。
モルダバイトは今日も平和で美しい。
(ああ。今日も良いお天気ね〜。)
毎日行われる、女王とジン様のささいな諍い。
きっと、お昼には又、仲良く食事をなさって、ジンさまが「シトリン!綺麗だよ!」
って言われるだろう。そして、女王様は「・・・お前そればっかり。」少しだけ頬をピンクに染め照れながら、返事をする。それが決まり事のように・・・・。
ジョールはのんびりと、ぶつぶつ文句を言いながら、自分を待っているだろう猫の居る場所を目指した。
・・・・それが彼女の日常である。
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