「今夜は、本当に別々に寝るつもりなのか?」

シトリンは猫姿のまま、広いベッドの中で、つぶやいた。

白いシーツの上に、白っぽいワインボトルが転がっている。
なんだか、むしゃくしゃして、兄上がジンに送ってきたお酒を飲んでやったのだ。
お酒のわりに乳白色だったのだが・・・。

「・・・・とうとう、わたし・・・ジンに嫌われたのかな。」

きっかけは、ささいなケンカ。
いつもなら、一言も喋らないまま寝室にシトリン一人で先にいっても、すぐに「ごめんね。」ってジンが言いながら、抱きしめにくるのに、今日はいつまで経ってもここに来ない。

「・・・いつも、わたしが悪くてもジンから謝ってくれるのに。」

呟くたびに、ゴロゴロと布団の中を転がるので、びっしっとベッドメイキングされていたベッドは、
すぐに暴れたようにぐちゃぐちゃになる。

「・・・・ジン。・・・ごめんな。」

猫はそう呟くと、じっと丸まって瞳から涙がこぼれるのを、ぎゅっと我慢した。


本当はわかってる。
わたしは、ジンに甘えてるんだ。


ジンにだったら、何をしても何を言っても許してくれる。
そう、思って小さな子のように、わがままだとか、拗ねたりだとかしてしまうんだ。


だって、いつもジンは笑って「ごめんね。シトリン。」って言うから。
わたしが悪くても「シトリン大好きだよ。」って抱きしめてくれるから。


だから、わたしは・・・・。


ごめんなジン。本当はそんな子供じみたわたしは嫌だよな。
わたしだって、時々怖くなるときがあるんだ。


わたしは、こんなに我侭だったかな?
こんなに甘えん坊だったのかな?


オニキス殿と兄上が居た頃は、もっとしっかりしていたと思うのに・・・。
なんで、ジンの前では出来ないんだろう。


どうでもいいことでも、ジンを困らせてみたくて「嫌だ。」って言ってみたり、本当は大好きなのに、ジンが「好きだよ。」って言ってくれても「お前なんか嫌いだ。」って言ってみたり・・。


こんな自分が嫌なんだよ。


でもな、確かめてしまいたくなる。
わたしが「嫌いだ」と言った後に、何故か少し嬉しげな表情で、

「オレはいつもシトリンが好きだよ。」

そういいながら抱きしめるお前の言葉と態度を。

何度も何度も試してみたくなる。


なあ、ジンどうしてくれるんだ。


わたしをこんなにも弱くしてしまって。
こんなわたしではなかったのに。


ジン。

一人で眠るベッドはこんなに冷たかったかな〜。


遠い意識の外で、自分の身体を撫でる、
優しい感触に冷たかった、自分を取り巻く気配が、急激に温かくなっていくのを感じる。

『・・・・シトリン。遅くなってごめんね。突然来客があって・・・寝ちゃったの。』

馴染みがありすぎて、居ないはずのジンの幻の声がリアルに聞こえる。
「・・・・ジ・・・ン・・。」

『うん。』


おそいぞ!
おそいぞ!おそいぞ!

哀しかったじゃないか!
涙がでたぞ!

わたしのこと嫌いになったのかー。

ジン。ジン。

どうしてくれるんだよ!

一人じゃ寝れないじゃないか!

どうしてくれるんだ。

もう、一人じゃ居られないぞ!


『!!!・・・。げっ!シトリン。これみんな飲んだの!』


なんの話だよ〜!
そんなことどうでもいいだろう〜

なあ。なあ。我侭いってごめんな。

ジン〜〜〜。ごめんな〜。

謝るから、わたしのこと嫌いにならないでくれ!

お前に嫌われたら・・・・わたしは、わたしは・・・・。


想像しただけで涙が零れて止まらなくなる。


『わあ!嫌いになんかならないよ!シトリン。好きだよ。好き!愛してる!』


ふわっと自分の身体が、大好きな匂いのするものに、ぎゅっと包まれる。


ああ。
よかった〜。
ジンだぞ。ジンだぞ。ジンがここにいるぞ〜。


ああ。


よかった・・・・・・・・・。ジン。


「え?シトリン?」

抱きしめる腕の中、重量が増えた気がして猫を覗き込むと、
スースーと寝息をたてて、眠っているシトリン。

「ね、寝ちゃったの?」

さっきまでの、可愛すぎて恐ろしいほどのシトリンは?
眠っているシトリンの顔を覗き込む。

閉じている瞼のあたりの毛が、たくさん水分をふくんだのか、べちゃっとしている。
けれど、スースーと寝息を立てている鼻の下の口元は、笑っているかのような形になっている。

「・・・・そんな・・・・。」

さあ、これからって時に・・・・・・・。


ま、でも、
「くす。幸せそうに寝ているね。」

ジンはそのままそっと、シトリンをベッドに降ろした。

「それにしても、恐ろしいほどの効き目だな。」
空になっているボトルを掴み上げ匂いを嗅ぐ。


「またたびミルク。」


トパーズがシトリンに飲ませると面白いぞっと言って寄こしたミルクだ。
人間の自分が飲んでも、ただの薬草くさいミルクなだけなのだが・・・。


「あ〜。飲むんだったら、量を考えてよシトリン。・・・これ、どうしてくれるの?」

自分に甘えるシトリンに反応し、収まりのつかなくなった、股間のものを眺めてつぶやく。

「・・・・・・ふ〜ま、いいか〜。シトリンの本音が聞けたしね。」

ジンはそういいながら、猫の横に身体を滑らせ、そっと持ち上げ、自分の胸の上に乗せた。

「もっと、もっと我侭言って良いんだよ。シトリン。」
ゆっくりと、猫の身体を撫でる。


小さな頃から、シトリンはいつも良い子になること、良い子であることを、自分に課していたと思う。

大好きな人に迷惑をかけたくないから・・・。嫌われたくないから・・・。
きっと我侭な自分は見せたくなかっただろうし、見せられなかったんだろう。


オレに対し、ちょっとした我侭を言った後、オレの反応を上目遣いで窺う、シトリンの怯えた表情を思い出す。

そして、その後のオレが「好きだよ。」と抱きしめる時の嬉しそうな、ほっとしたような表情が、たまらなく愛しいと思う。


きっと、オレだけがシトリンにとって、わがままが言える者なのだと、確信できるから・・・・。
それが、すごく・・・すごく嬉しい。


どんなことがあっても、オレは嫌いになんかならないよ。
なれるわけないじゃないか。


胸の上の猫にそっと唇を寄せる。
「愛してるよ、シトリン。」


「でも、起きたら覚悟してね。・・・・・・・・。」

眠れるだろうかと、思わず問いたくなるほど反応している、身体の一部を考えながら、ジンは目を閉じた。


翌朝。

朝食を持ってきた優秀なメイドジョールが、真っ赤になって、城の廊下を走り去るという、前代未聞の珍事をおこしてしまったのは、おまけのお話。







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