優しい風がふわりと窓から入り、清潔に洗濯されたカーテンがラベンダーの香りをたてて舞う。

重厚なベッドの上のシルクのシーツ。


その上で、金色の猫がくるんと丸まって眠っている。


その脇で、猫を囲むように眺めている、端麗な赤毛と銀髪の男が二人。


「・・で、何日眠ったままなんだ?」

そのうち、銀髪の男が不機嫌な調子を隠しもせず、もう一人の赤毛の男に聞いた。


「今日で・・・・4日目・・・。」

「殴ってでも起こせ。」

「・・・やってみたけど、起きないんだ。」


いぶかしげに、トパーズは猫の首を強引に持って、自分の顔に近づけ、

「シトリン。おい!シトリン!!!」

もう片方の手で、ひげをひっぱり、大きな声でシトリンを呼ぶ。

が、顔が歪むほどひげをひっぱられている猫だが、

ウンともスンとも言わず、だら〜んとトパーズの手にぶら下がったまま、幸せそうに眠りこけている。


「どういうことだ?」

あきらかに、おかしいシトリンの様子に、トパーズの表情はますます険しさを増す。


「・・・どういうも、こういうも、ただずっと眠りっぱなしなんだ。4日前の夜に普通に寝て、それから全く起きない。大きな声をだしても、ゆすっても、ほっぺたを叩いても、なんの反応もないんだ。」

ジンの表情も、なんだか憔悴してる。

グーグー熟睡している猫シトリンをよそに、心配で眠ってないのだ。


それに、このところモルダバイトの政務を本格的にこなし始めたばかりで、
息つく暇もなく忙しい。


「医者に見せたいけど、・・・・猫の状態だし。獣医というのはなんか違う気がするし・・・。」

情けない表情で小さく呟く。


(それはそうだな。)

トパーズも納得。


その時、ドアを叩く音とともに、メイドの声が聞こえた。


「ジンさま。お客様が、まだかと・・・・。」

「・・・・ああ。・・・わかった、今行くよ。」

ため息と共に返事する。

シトリンが心配なのに忙しくて目が回りそうだ。


「・・・悪いな。」

本来なら、きっと自分の役割。トパーズは憔悴しているジンに小さく謝る。


「なんだよ。気持ち悪いなあ〜君が謝ることじゃないよ。」

ジンは、珍しく謝る、トパーズの肩をニッコリ笑って叩いた。


「悪いけど、シトリンのこと頼む。・・・とにかく原因が分からないのが心配なんだ。」

ジンはそう言ってふわりとシトリンの毛を撫でて、出て行った。




「・・・さて、どうするかだな。」

トパーズは猫をベッドに置き、そっと手をかざし、人型に戻した。


豪奢な金髪がシルクのシーツの上に乱れ、白い滑らかな肢体が、陽光のもとあらわになる。

スースーと立てる寝息も穏やかで、苦しそうな気配は何もない。


「なんか変なものでも喰ったか。」

トパーズは、まずシトリンの心臓に触れた。

次に顔をシトリンの穏やかな表情の顔に近づけ、呼吸を確認。


「異常なし・・・。」

大体、病気とはまったくと言って良いほど縁がないシトリンなのだ。

片手でシトリンの頭に手をかざし、どこか異常が無いか確認。

頭、顔、首、豊かな胸、胃、心臓、・・・・・・。



「?!」



へその下、かざした手の動きを止めトパーズははっと息をのんだ。


「・・・・ああ・・・。」


やがてゆっくりと息を吐き出し、触れてないほうの手でトパーズは自分の顔を覆った。


そしてゆっくりと、シトリンのその場所に額を付けると、祈るかのようにしばらくじっとしていた。








「ああ・・・そっちの方向で進めてください。・・・トパーズ!!」

書類を片手に寝室に向かう途中、ものすごい勢いで部屋から出て行ったトパーズを見つけ、シトリンに何事か起きたのかと慌ててジンは追いかける。


「トパーズ!!どうした!?シトリンは?!」

トパーズは歩くスピードはそのままに、


「・・・問題ない。・・・・妊娠による体調の変化だ。しばらくしたら起きるだろう。」

ジンを振り向きもせず、冷静にそう言ってそのまま城から出て行った。



「え!?トパーズ!!え!?に、妊娠〜〜〜!!ええ!!!」


取り残されたジンは、びっくりなトパーズの言葉に一瞬動きを止め、その後、満面の笑顔で雄たけびを挙げながら、シトリンの元に走っていった。







腕の中で眠る銀髪の赤ん坊を見ながら、トパーズは今日、自分の中で沸き起こった、理解しがたい感情にとまどっていた。



この腕の中の赤ん坊が、ヒスイの腹に居ると知った時、果たして自分の心によぎったのは、どんな感情だったんだろう。



満足感?

後悔?

喜び?

不安?



今となってはどんな感情だったのか思い出せない。


しかし、どんな感情だったにせよ、今日とは全く違っていたと思う。



シトリンの腹の中に、別の生き物の波動を感じた瞬間、溢れてきた感情。





「・・・えっ!うええ〜っえ!うえ〜〜〜〜ん!」

腕の中の赤ん坊が、腹が空いたのか泣き始める。



「・・・腹が減ったのか?」


トパーズは、大声で泣き出す赤ん坊を優しくあやす。



「・・・・メシを奪いにいこうか?」


今頃、少女の顔を女の顔にして喘いでいる、どうしよもなく母らしくない母親の元に。



「飢えるのは、・・・辛いよな。」


何かを耐えるような声で小さく囁く。



やがて、すこぶる機嫌の悪い表情で、トパーズは、赤ん坊を片手に抱き、赤ん坊にとって唯一の食料である女を、女から母親に引きずり戻す為に、分厚いドアを蹴破りに出て行った。






自分にとって呪うことでしか無かった世界の全てに、
あの一瞬、祈らずには居られなかった。




溢れだした温かな、泣きたいような喜びと共に・・・・。






『・・・・どうか、幸せに・・・・幸せに・・・幸せに・・・。
・・・・・・・・・・・すべてのものが幸せに・・・。』







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