「今日はいるかしらね。」
王宮から少し離れた緑の楽園。
モルダバイト女王の夫君が、世界のありとあらゆる国からめずらしい木々と草花を集めた不思議な場所。
たった2年ほどで何百年も経ったかのような深い森へとなった場所だ。
その森の小道を優しい朝陽の光の中、王宮のメイドジョ−ルはゆっくりと歩いていた。
もうすぐ、この国では見たことのない花が咲いている森の中心地が見えてくる。
「・・・あ。」(いたわ!)
風に舞うたび甘い香りと、紫から青に変色する花の中、その人はたくさんの小鳥を身に止まらせ座っていた。
「・・・おはようございます。イズさん。」
小鳥を脅かさないよう、少し離れたところでジョールはそっと声をかける。
「・・・。」
イズと呼ばれた男はジョールの方にゆっくり視線をあげる。王宮の方々にも引けを取らない程の綺麗な顔立ち。だが、 無造作に髪を後ろに結わえてある頭の上に、オレンジ色の小鳥が止まっているのがなんだか笑える。
「そっちに行ってもいいですか?」
「・・・・。」
(くす。相変わらずね。イズさんはあんまりしゃべらないのよね。なんの反応もないようだけど、視線がさがるのは、はい。の印だ。)
ここで、偶然出会って、こうしてたまに一緒になるのも、もうすぐ一年ほどになる。表情をみれば大体のことはわかるようになった。
「・・・今日も良いお天気になりそうですね。」
ジョールはそう言って、眼鏡のずれを直しながらイズの横に座り、朝焼けに彩られた空を見上げた。
まるで世界から切り離されたような穏やかなひととき。
(癒されるなあ。この、なんともいえない優しい時間と空気。ここにくるたびとても幸せな気持ちになる。王宮での緊張感が嘘のようだわ。
心配性が災いして、なんでもカチカチにやってしまう。おかげで、出来るけど、厳しい女だとみんなに勘違いされてるみたいだし・・・。
人前では何事にも気を張っちゃうっていうか、ゆとりがないっていうか。王宮の方々はみんな気さくな良い人ばっかりなんだけど・・・。
でも、ここにくると、なんだかそんな自分でもいいんじゃないって、思えてくるのよ。不思議な場所よね。)
黒い髪を後ろで編みこみ、一つにまとめ、前髪も乱れることなく片側にまとめられている。小さな白い顔にはきりりと眼鏡がのっていて、深い紺色の瞳を冷たくみせる。
しかし、今のジョールの表情は、王宮では決して見せることない、本来の、優しさと聡明さをもった美しいものだった。
イズは柔らかに笑みを浮かべたジョールの横顔をじっと見つめていた。
(!)
「ごめんなさい。ぼーっとしてしまって・・・。」
(しまった!イズさんがいることすっかり忘れてた。いつもだったら人の気配を読むのに必死になるのに。
なんかイズさんって、この空気の一部みたいなんだもん。そんなことしなくても良いような気になるのよ。)
視線に気づいたジョールが眼鏡の奥の紺色の大きな瞳を見開く。
「・・・・。」
しかし、イズは何も言わず、ただただジョールをじっと見つめている。
(こ、困ったわ。何かを訴えているんだけど、その何かまではさすがにわからないわ。)
それに。
(うっ。そんな綺麗な顔でじっと見られたら、なんかちょっと困るじゃない!)
エクソシストの衣装に身を包み真直ぐにジョールを見つめる姿は、教会にある天使の彫像のように美しい。
そんなイズの視線に耐えられず、ジョールは自分の黒いメイド服を意味もなく掴んだり、放したりした。
「じょーる。」
「きゃっ!はい!」
びっくりするほど近くにイズの綺麗に整った顔が見える。彼はうつむいているジョールの顔を、もぐりこむように見ているのだ。
(ほーんと、綺麗な顔よね。)
「・・・ぼくのこと好き?」
(お肌だってもつーるつ・・・ん?)
「?」
(い、今、なんて言いました?)
「・・・好き?」
目の前にあるイズの顔は、いつになく真剣。
(好きって、そんなこと急に聞かれたって・・・。)
「あの、その、えええっと・・・。」
「好き!?」
ますます、その綺麗な顔を近づけるものだから、ジョールは真っ赤になって仰け反るようにイズから離れる。
(と、とにかく落ち着け!落ち着くのよ!私!)
震える指先でずれ落ちそうな眼鏡をあげる。胸の動悸もおそろしいほど早くなってきている。
真剣に自分を見つめ続けるイズの顔は、視線を逸らせぬほどの緊張感。
(と、とにかく何か答えなきゃ。)
「す、好きですよ。その・・・。」「好きなんだね!」
え!イズの嬉しげな大きな声にびっくりして顔をあげる。見えたのは眩しいばかりの満面の笑。
(わあ!すごい!ほんとに天使みたい!)
「ん!んっ!んんんん★〇☆」
天使の笑みに一瞬惚けたジョールの隙をつき、イズは優しく、激しく口付けた。
「んっ。まっ・・・んあ。」
イズの口付けは甘く、長く終わらない。いつのまにやらジョールの眼鏡は取り払われ、身体の力もすっかり抜け落ち。
イズのなすがまま状態。お互いの呼吸で息苦しくなった時、イズはやっとジョールを開放した。
「はっ!はー。」
いつもはきつく結ばれる口元は薔薇色に濡れ、眼鏡に隠された紺色の瞳は涙で潤み、肌理細やかな白い肌はしっとりとゆるんでいる。
恥ずかしくて顔をそらしたいが、その気力もないジョール。そんなジョールの顔をイズが優しげにじーっと見つめる。
「・・・じょーる。キモチいい?」
(!!!)
その言葉にジョールの頬は真っ赤に染まる。
「・・・・キレイ。セラフィムの花嫁みたいだ。」
あの天界(ばしょ)に似た緑の楽園の下で、
(・・・・・好きな人を喜ばせてあげるんだよ。)
大好きな人の声が、優しくよみがえる。
初めてその存在が、自分のものか確かめたくなった人の傍で
(・・・・イズにもいい人みつかるといいね。)
大好きな人が大好きな人の声も、優しくよみがえる。
「・・・・・・・・・・・・・・みーつけた。」
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