麗らかな、緑の風。

ほんのりあわい光が、大きく広がる木々の葉の間から零れて、なにやら黙々と手を動かすジョールに優しく降りかかる。



「・・・・・出来た!!」


突然大きく声を上げ、手に持っている金色の花模様のレースを自分の目の前にかざす。


「ああ〜。これでやっとあのドレスが完成する!」



自分の部屋のトルソーには、この間作ったばかりの翡翠色のドレスが着せてある。

ヒスイさんにプレゼントする予定のドレス。


自分でも満足いくほどに、美しいラインに仕上がったドレスなのだが、
そのドレスにどうしても、似合う細かい模様の入ったレースが見当たらなかったのだ。



「やっぱり、自分で編んでよかった。・・・さすがにちょっと寝不足だけどね。」


ジョールは、眼鏡をはずし、うっすらとクマの出来た目元をやさしく押さえた。


「う〜〜〜〜〜ん!!」


力いっぱい両手を空に伸ばす。

すると、木々の葉からこぼれた光が、彼女の左の薬指にキラリと反射した。


「・・・・綺麗・・・。」


そっと、その指を自分の胸元に引き寄せ、


「・・・イズさん。」


ガラスの指輪にそっと囁いた。


その拍子に、

自分の胸の鼓動がわけもなく、早くなっていくのがわかる。

ふとした瞬間に、イズさんのことを思ってしまう。


そうして、自分で困ってしまうほどすぐに会いたくなってしまう。


「・・・へんな私。殆ど毎日あっているのにね・・・・。」


ジョールはそうつぶやいて、後ろにある大木の幹に、そっともたれた。


さすがに仕事中は、忙しく彼のことを思い出すことは、少ない。

でも、仕事が終わって自室に帰ってから寝るまでの時間。


イズさんに会いたくて、たまらなくなる。

一人で居ることが、なんだか急に落ち着かなくなる。


そんなソワソワした気持ちを押さえ込む為に、

ついつい趣味の洋服作りに精をだしてしまうのだ。


どうしちゃったんだろう?私。


あのバタバタした教会での出来事から、なんだか訳もなく不安になったり、
寂しくなったり、・・・走ってでもイズさんの側に行きたくなる。


そうして・・・・。


そこまで考えてジョールは、火のついたように突然顔を真っ赤にして、
あわてて自分の頬を両手でパン!とはたいた。


「ばかばかばか!」


恥ずかしい。


でも・・・・。

包まれたくなる。

あの大きな広い胸に・・・・包まれたくなる。



イズさんは、大きい。

身体だけでなく、心も、優しさも、あの眼差しも、彼のすべてが・・・。

このもたれている大樹のように、森そのもののように・・・。


とても温かく大きくて安らげて。


その大きな温もりに、いつもいつも包まれたくなる。



「わたしって変なのかしら・・・」


ジョールはそうつぶやいて、そっと目を閉じた。







チッチチチ。ピチュ。チチチ。

静かな森に小鳥たちの声が響く。


「だめ!・・・。じょーる。おきる。」

自分の肩に、頭に止まる小鳥達に、イズはそっと声をかけた。


大樹にもたれるように膝を横に折り曲げ座り、零れ落ちたレースもそのままに、
ジョールが眠っている。

こんな無防備な彼女の姿は珍しい。


少し頭を斜めに傾け、きっちりまとめられた髪形が少しくずれ、
艶やかな黒い髪が白い顔にはらりとかかっている。


「・・・きれい・・・。」


そんなジョールの真正面、大きな身体を小さく折まげ、じっとイズは微笑みながら眺めていた。


早くここに来るつもりだったのに、急に小さな仕事が入り
いつもより、ここにくるのが遅れてしまった。


いつだって、すぐにジョールにあいたいにいきたいのに・・・。


あわてて飛んできてみたら、まるで緑の森に溶け込むように
ジョールが静かに眠っていたのだ。


あんまり綺麗で、この景色を壊したくなくて、かれこれ30分ほどじっと
ジョールを見つめている。


こわしたくない。・・・・・でも・・・。


「ねえ。さわってもいい。」


見ているだけでは物足りない。


だって、こんなに綺麗・・・。



イズはそっと顔にかかるジョールの髪を彼女の耳に掛けた。

と、その拍子にジョールの頭が揺れて、倒れそうになる。


「!」


イズは素早く片手でジョールを支え、そのまま自分の腕の中に彼女を包み込んだ。


「ん・・・。」


瞬間ジョールは顔を歪め小さな声をだした。


「・・・。」


起こしてしまったかと、イズの顔が曇る。



が、再びジョールは、規則正しい呼吸を繰り返した。


「・・・・。」


ほっとし、腕の中で安らかな寝息を立てるジョールをイズは優しく見つめる。

彼女の身体は柔らかくて、ちょっと力を入れると壊れそうだ。


でも・・・・。

片手でゆっくりジョールの頬を撫でる。


「じょーる。」


自分の胸が恐ろしいほどばくばくしているのをイズは感じる。


出来るだけ優しく起こさないように、そっと彼女に触れる。


薄桃色の頬。きっちり閉じられた、瞼。

すっと綺麗にのびている鼻梁。

少し厚めだが、品良く整っている唇。


彼女に触れると確かめてみたいことがある。


腕の中のジョールは熟睡しているらしく、全く起きる気配がない。


イズはそっと、薄桃色の頬に唇を寄せた。



「・・・あまい。」


やっぱり、ジョールはあまい。


それだけでは物足りず、瞼、鼻梁、額・・・唇。


優しく口付けていく。


「・・・・・おきて。」


起こす気がないような小さな声でジョールを起こす。


じゃないと、


あまくて、あまくて・・・。


とまらない。


彼女のすべてがあまいのか・・・たしかめたくなる・・・。







遠い意識の彼方で、自分が待っていたものに包まれた気がした。


それはとても温かく、優しくてそして大きい。

緑の匂いと、色に輝いて、なんて、なんて優しい。


ああ!


なんて気持ちいいんだろう。


まるで森そのものに包まれてるような・・・・・。


まるで、

あの人に包まれるような・・・・・。



緩やかに目覚めたジョールの目の前に、

その人は微笑みながら、姿をあらわす。



「・・・・い・・・・イズ・・・さ・ん。」


「じょーる。」


絡み合う視線。

当たり前のように合わされる唇。


目を閉じても感じる緑とやさしい光。



ああ。


ここが永遠の居場所。



願うのは・・・・・



「「あいしてる。」」



あなたと二人で・・・。






‖目次へ‖