不可抗力ながら大騒動を巻き起こしてしまったオニキスが、恐ろしい現場に遭遇してしまった女性陣に事情を説明。
誤解も解けて、平穏な日常に戻ったと思いきや……。
若干一名、不穏な動きをしている者がいた。

赤い屋根の屋敷にて。
「何だ、これは?」
たまにはのんびり休日を過ごしたい。
持ち帰った仕事が片付いたのは明け方で、昼近くになって目を覚ましたトパーズは、枕元の小箱を凝視しながら首を傾げた。
とてつもなく嫌な予感はしたのだが。
「特選……誘惑☆パラダイス」
予想的中。
ご丁寧に添えられていた【よかったら見てね】カードと、妖艶な美女が色っぽいポーズを決めている………ビデオ10本セットの前でトパーズは脱力。
「あいつ、何を考えてるんだ」
足早に部屋を出て、贈り主ヒスイを探しに向かった。

相変わらず、襲ってくださいと言わんばかりの恰好をしたヒスイは、クッションの上に転がって本を読んでいた。
好都合なことにコハクの姿はない。
「おい、あれはどういうつもりだ」
背後から近づいて本を没収。
仰向けにして逃げられないよう馬乗りになり、さらに両手首をまとめて掴んだトパーズは、きょとんとしているヒスイに顔を近づけた。
「アレって、何のこと?」
「とぼけるな。間違いなくお前の筆跡だ」
「アレじゃわからないでしょ」
「思い出させてやる」
足をバタバタさせて暴れるヒスイは、背泳ぎの練習をしているようにしか見えず。
予期せぬところで楽しくなってきたトパーズは、空いていた右手を小さな胸に移動させ、身を屈めて耳朶に噛みついた。
「!!!!な、何やって……ひぁ」
奪おうとした唇がスッと逃走。
珍しく反射神経がいい、と感心したトパーズの口角が持ち上がる。
何を考えて寄こしたのかわからない。
ただ、わかっているのはヒスイ相手でなくては欲情しないことと、どんなに想っても受け入れてもらえないこと。
それだけに意地悪のひとつもしてやりたい衝動に駆られ―――
「煽った責任を取れ」
「ちょっ……どこ行くの?トパーズってば」
ヒスイの腕を掴んで歩き出す。
しかし、その行く手はフライパンに遮られた。
「ハイそこまで。おいで〜ヒスイ」
(ちっ、キッチンにいたのか)
思わず舌打ち。駆け寄ってきたヒスイを抱きしめるエプロン姿のコハクと、いいところで邪魔をされたトパーズの間に火花が散った。
「煽ったって、プレゼントに興奮したってこと?」
「そうだ。責任を取るのは当然だろう」
部屋に連れ込もうとしたのは単なる意地悪。
噛みつく程度で解放するつもりだったが、コハクの余裕綽々な態度を崩そうと喧嘩を吹っかける。だが―――
「それは責任取らなきゃね」
いつものように、庭で激突する気満々だったトパーズは拍子抜け。
「………僕が」
直後、続けられた言葉にキレた。
「引っ込め。責任を取るのはこいつだ」
「カードはヒスイに頼んだけど、贈り主は僕だよ」
にんまり。フライパンで隠した口元が弧を描いているのは想像に容易く、謀られたと悟ったトパーズは口を噤んだ。

(やった!まずは第一弾成功っ!)
忘れもしないエロビデオ観賞中の悲劇。と言っても数日前なのだが、余計な暴露をしてくれたトパーズに復讐を果たしたコハクはガッツポーズ。しかし、これは見入っていたと売られた分にすぎず。第二弾の成功はヒスイに懸かっていた。
「あのカード、トパーズ宛だったの」
「うん。ちょっと復……日頃の感謝を込めて」
危うく漏らしそうになった本音を訂正して微笑むと、ようやく状況が呑み込めたヒスイも顔を綻ばせ―――そして、コハクが予想していた言葉を口にする。
「何をプレゼントしたの?お兄ちゃん」
「美少女アニメ」
「え!?」興味津々だったヒスイに衝撃が走った。
「トパーズ……ア、アニメに興奮したの?」
(ぷぷっ。いいぞっヒスイ〜〜)
グッジョブと心の中で呟き、必死に笑いを堪えるコハクの肩が揺れ……
「嘘をつくな!あれのどこがアニ…」
「パッケージと内容違うから」
(潰す。完膚なきまでに叩き潰すっ!)
言い終わる前に即答され、必殺技ビデオを応用した仕返しにトパーズの拳が震える。
怒りゲージMAX。が、またもや一方的に冷水を浴びることとなった。
「ヒスイ、今のは冗談だからね」
「そうなの?もぉ〜本気にしちゃったじゃない」
「ごめんごめん。武道会のビデオだよ」
「それで血が騒いじゃったんだ」
内容は本当に美少女アニメだったのだが。ビデオを見ていたら体を動かしたくなり、特訓に付き合ってほしかった……と解釈したヒスイは安堵の表情。
「じゃあ私よりお兄ちゃんの方がいいよ」
「お昼ご飯食べてからね」
「特訓相手も昼食もいらないっ!」
きっちり借りを返したコハクは気分爽快であっても、何事もなかったように復讐劇にピリオドを打ち、勝手にフォローされたトパーズの怒りゲージは下がらず。
足音荒く部屋に戻り、シトリン宛に荷物を送った。
ある人物に渡すようメモをつけて。

それから数日後のモルダバイト城下―――
「こんちは〜。お届け物でーす」
「い、今行きますぅ」
配達人がノックした扉からひょこっと顔を出し、シトリン経由の荷物を受け取ったのは召喚士ラピスだった。
「な、何だろ……これ」また武道会があるとか?それとも召喚してほしい生き物がいるとか?あれこれ考えながら、おそるおそる包みを開く。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」
哀れ。
その日は朝から晴天だったが、古アパートの一室だけ赤い雨が降ったとか。
こうしてとばっちりを受けたラピスは、引き出しの奥深くに封印したビデオが美少女アニメと気づくこともなかったらしい。




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