「お兄ちゃん・・・どこ行っちゃったんだろ」
後を追ったメノウ共々、消息が掴めない。
あの日から、一週間が過ぎていた。
「お兄ちゃん・・・」
今日も一日中探した。
しかし、金色の羽根一本すら見つけることができず、疲れだけが溜まる。
食事は喉を通らず、夜も眠れない。
口数も減り、笑顔も無くして。
「・・・お兄ちゃんに会いたい・・・」
赤い屋根の屋敷。
先に学校から帰ったジストが、ヒスイの帰りを待っていた。
「ヒスイっ!おかえりっ!!」
沈んだ様子のヒスイを励まそうと懸命になっている。
やたらと声が大きい。
「ほらっ!こんなに冷えちゃって!お風呂沸かしたから入ってっ!」
(父ちゃんがいない間、ヒスイの面倒はオレがみるっ!)
と、使命感に燃えているのだ。
「・・・・・・」
ジストに勧められるまま、とりあえず服を脱いで浴槽に向かうが・・・寒い。
一人きりで入浴することなど、これまでなかった。
泡でいっぱいになりながらコハクとキスをして笑い合う、幸せな時間。
バスルームは湯気がいっぱいで、いつもなら温かいのに。
「・・・・・・」
(冷たい・・・)
浴槽いっぱいに張られたお湯が冷たく感じる。
体を沈めても、氷水に浸かっているようで、ブルブルと震えてしまう。
「う〜・・・さ、さむい・・・」
(ココロが寒いとカラダまで寒くなるものなのね・・・)
子供達の前で泣いたりはしないが、こんな時は流石に涙が出そうになる。
「おにいちゃん・・・」
「ヒスイ大丈夫かな。ちゃんと一人で髪洗えてるかな」
脱衣所でジストがウロウロ・・・
手には大きなバスタオルを持って。
「でも覗くと怒られるし」
下手をすれば桶が飛んでくる。
昨日それでたんこぶを作ったばかりなのだ。
「ヒスイは髪が長いから、洗うのも乾かすのも大変なんだよ〜・・・」と、ボヤいても貴重なお役目に嬉しそうなジスト。
毎日、やたらと入浴時間の長い両親。
ヒスイを独占しているコハクが少しだけ羨ましかった。
「けど父ちゃん、ホントにドコ行っちゃったんだろ・・・」
キィ・・・
「あ、兄ちゃん!」
脱衣所に現れたトパーズ。
「・・・よこせ」
「えっ?」
ジストからバスタオルを奪い取り、脱衣所からつまみ出す・・・
「兄ちゃんっ!?何すんだよっ!!」
ドンドンドン!!
放り出されて、内側からガチャリと鍵を掛けられた。
「ずるいよっ!!!」
封鎖された脱衣所。
ヒスイが入浴を終えるのを楽しみに待っていたのに、あと少しというところでトパーズに強奪・・・納得できない。
今こそ鍵開けの呪文。
そう思うが、自分は魔法が使えない。
(そうだっ!サルファー!!)
サルファーはコハクを探しに出ていた。
(確か今日は国境の方を探すって言ってた!)
「・・・あれ?」
ジストだと思っていた先にトパーズがいて。
「ジストは?」
「追い出した」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
二人きりになると、輪をかけて気まずかった。
バサッ・・・
「わ・・・ちょっと・・・」
上からバスタオルが降ってきたかと思うと、頭を掴まれワシャワシャと。
「な・・・なに?」
濡れた髪を拭いているつもりらしいが、逆に切れ毛が増えそうだ。
「・・・血を飲め」
「いらない」
「・・・・・・」
ヒスイの返答を無視してトパーズが手首の血管を噛み切った。
「いらないってば!!」
逃げるヒスイを捕まえて、顔の上に血液を垂らす。
「う・・・やめ・・・」
トパーズの判断は正しかった。
実際喉がとても渇いていて、時々眩暈。貧血で倒れる寸前だった。
「やめてってばっ!!」
ヒスイは頑なに拒んだ。
吸血後の欲情は年々酷くなる。
相手は常にコハクでなくてはならないのだ。
「・・・・・・」
トパーズは自ら血液を口に含んだ。
「だめ・・・やめっ・・・んっ」
両手でヒスイの顔を挟み込み、力任せに口づけ。
そして、流し込まれる血液。
途端に体が熱く火照り、意識が遠のく。
はぁ・・・っ。はぁ。
そのまま舌を入れられ、口内を舐め回されても、抵抗することさえできずに、吐く息は乱れて。
飲み込んだものが血液なのか、唾液なのか、もうそれさえもわからない。
ガチャッ。
サルファーの鍵開けの呪文で、脱衣所の扉が開いた。
「ヒスイっ!!」
同時にジストが飛び込む。
「え・・・何やってんの?」
「・・・別に何も」
血の付いた唇を拭ってトパーズが答えた。
ヒスイも同じように口元を拭って。
二人は顔を背け合って別々の方向を見ていたが、不自然な感じだ。
「兄ちゃん?ヒスイ??」
「・・・・・・」
話がこじれる前にと考えたのか、トパーズはすぐ脱衣所を後にした。
「兄さん、怪我してたぞ」
「えっ!?」
トパーズの手首を伝う鮮血をサルファーは見逃さなかった。
ジストを追い払ういい口実だ。
(あの女・・・性懲りもなく兄さんと)
ヒスイにガツンと言ってやりたい。燃え上がる怒り。
その為には、ジストがどうしても邪魔だった。
「兄ちゃんっ!!待ってよ〜!!怪我してるの!?」
サルファーの計算通り、ジストはトパーズの後を追った。
「・・・最低の女だな」
「・・・・・・」
「何、兄さんとシケ込んでんだよっ!!お前がそんなんだから父さんが出てっちゃうんだろっ!!」
「別にシケ込んでなんかっ・・・!!」
「ジストは誤魔化せても、僕はそうはいかないぞっ!親子であんなキスするもんか!裏切りだ!」
「裏・・・切り?」
そう解釈されることが、心外だった。
「裏切りって・・・どういうこと?」
ヒスイは眉を寄せ、サルファーを見据えた。
「そのまんまだよ!前から言ってるだろ!本当に親子のキスだと思ってるんなら、ジストにだってできる筈だし、僕にも・・・」
想像して・・・オエッ。吐き気を催すサルファー。
「・・・するなよ、気持ち悪いから」
「・・・するわけないでしょ。気持ち悪い」
「とにかくっ!父さんを返せ!お前がどう思おうと、父さんに嫌な思いをさせた事実は変わらない!お前のせいなんだよっ!全部っ!!!」
余程苛立っているらしく、髪を掻き毟って怒鳴る。
「・・・・・・」
(お兄ちゃんが・・・嫌な思いを?)
「そんなに兄さんが好きなら父さんと離婚しろよ!」
「えっ・・・ちょ・・・何でそんな話に・・・」
展開の早さと思いのほか深刻な内容に狼狽えるヒスイ。
「お前がしてるのはそういう事なんだよっ!」
「・・・・・・・・・」
まさにメッタ斬り。
今日ばかりは何も言い返せず、ヒスイは強く唇を噛んだ。
力を少しでも抜くと、涙が出そうだった。
(裏切り・・・?まさか・・・)
その夜のこと。
「にっ・・・兄ちゃんっ!?何すんだよっ!!」
トパーズに今度は部屋からつまみ出されるジスト。
先程と同じように、ガチャリ。
鍵を掛けられ、自室をトパーズに占拠されてしまった。
「・・・ヒスイのところへ行け」
「言われなくたってそうするよっ!兄ちゃんの意地悪っ!!」
暗闇の中。
「・・・・・・・・・」
サルファーに指摘されたことが延々と思考を巡っていて、眠れない夜が更に眠れない。
(裏切り・・・お兄ちゃんもそう思っているのかな。だからあんなに怒って・・・)
「・・・・・・・・・」
ごろんと寝返り。
(トパーズを好きでいることは、イケナイことなの???)
ごろん。ごろん。ごろん。
「・・・わからないことだらけだけど・・・」
(おにいちゃんのいない世界なんて・・・)
深い海の底いるみたいで。何一つ楽しいと思えない。
目の下のクマも目立ってきたというのに、コハクのいないベッドは冷たすぎて。
毛布を被って縮こまる。
「ひとりぼっちの夜はもうやだよ・・・おにいちゃん」
モゾモゾ・・・
「・・・ジスト?」
突如ベッドへ潜り込んできた温かい生き物。
「ヒスイ〜・・・兄ちゃんに部屋追い出された〜・・・寒いから一緒に寝てもいい?」
ぴとっ。ヒスイの背中にくっついて、甘える。
「うん・・・いいよ」
「ヒスイ、泣いてたの?」
涙声に気づいたジストが、心配顔を擦りつけてきた。
「別に。泣いてないよ」
ヒスイは慌てて鼻を啜った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
(・・・あったかい・・・)
背中に感じるぬくもりにホッとして。
凍えそうになっていた手足が徐々に温かくなっていく。
優しい睡魔に襲われて、ウトウト・・・
「ごめん、オレ・・・ヒスイといられる時間が増えてちょっと浮かれてた。それどころじゃないのに。明日からオレも父ちゃん探すよ。だから元気出して、ヒスイ」
「・・・うん」
七日目。やっと眠れた夜だった。
翌日。ヒスイは熱を出した。
昔から、ストレスが溜まると熱を出してしまう。
コハクがいない。それはヒスイにとって最大のストレスだった。
自分が看病をすると言い張って、ジストが学校を休んだ。
が、氷嚢を替える為、ほんの少し目を離した隙に・・・ベッドからヒスイの姿が消えていた。
「兄ちゃんっ!!ヒスイがいなくなっちゃった!」
「ふぅ・・・」
熱を出そうが、コハク探しを休む訳にはいかない。
服を選ぶ気力もないので、庭に干してあったジストのオーバーオールを着て家を出た。
「お兄ちゃん・・・もしかして、あの黒髪のヒトの所に行っちゃったのかな・・・」
勘違いの想像で、心がまっくらになる。
ヒスイは足元の石コロを蹴って呟やいた。
「もう・・・一週間だよ?」
外はどんよりと薄暗く。
ヒスイ同様、泣き出しそうな空模様だった。
今日という、雨の日。
城の正門脇の植え込みで、長い髪の少女を拾った。
ジョール。25年目の冬。
仕事を終え、帰宅するところだった。
(どうしましょう・・・)
服も髪も泥まみれの少女を抱き起こしてみる。
日没後、悪天候の上、これ以上ないくらいに全身が汚れていたので、髪や瞳の色はわからなかった。
ジョールはまずハンカチで少女の顔を拭いた。
(あらっ!まぁっ!可愛いらしいこと!!)
これほどの美少女は滅多に拝めない。思わず感動。
「ぅ・・・おに・・・ちゃ・・・」
(熱が・・・)
雨足は酷くなる一方・・・益々放っておけない。
ジョールはこの少女を自宅に連れ帰ることに決めた。
気楽な一人暮らしで、誰に気を遣うこともない。
友達以上。恋人未満。そんな相手がひとりいるくらいで。
仕事は充実しているが、プライベートは正直寂しい。
休みの日には時間を持て余したりして。
(でも、明日はいつもと違う休日になりそうね)
まずはお風呂で泥を落として。
ベッドでゆっくり眠らせてあげましょう。
意識が戻ったら名前を聞いて、家まで送り届けなくては。
世話好きなメイドの性分で、不謹慎とは思いつつ張り切ってしまう。
美しき銀髪のトラブルメーカー。
・・・とんでもない拾いものをしてしまったことも知らずに。
「どうしたの?オニキス」
「・・・やはりヒスイの様子がおかしい」
眷族の運命。
ヒスイとひとつの心臓を共有するオニキスは、胸の痛みや高鳴りまでも分け合って生きている。
楽天家のヒスイが胸を痛める事はまずないが、そいういう時は大抵・・・
「コハクと喧嘩でもしたか・・・」
「いく?ママのとこ」
「・・・ああ」
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖