深夜2時。

戦いの場所はいつも決まっていた。
竜封印の地、魔界だ。
七つの首全部が胴体から切り離され、果てた竜の屍の前で。
「コレ売った金で船でも買うか」
倒した竜を早速メノウが物色する。
竜の血や肉、鱗、爪、どれも高価で取引されるレア物だ。
「それいいですねぇ〜。一家で航海かぁ、うん、悪くない」
「だろ?」
会話は和やかに。
しかし、そこはまさに血の海だった。
遠距離攻撃魔法を駆使して戦ったメノウはともかく、直接斬り込んだコハクは全身が返り血に染まっていた。
凄惨な光景。
「これはちょっと、ヒスイには見せらんないよなぁ」
「はは・・・そうですね」



「お前・・・すぐにヒスイんとこ帰んないほうがいいよ。殺気立ってる」
「え?そうですか?」
「うん。それじゃヒスイでも気付く」
「あ〜・・・ちょっと本気出しちゃったんで、引きずってるかな」
端正な顔を竜の血がべっとり付着した手で覆い、笑うコハク。
「・・・昔を思い出した?」
「まさか」
と、否定はしたが思い出さない筈がなかった。
「・・・ご協力感謝します、メノウ様」
コハクは丁寧に礼を述べ、それから・・・
「・・・じゃあ僕、寮に寄って血を流してから帰ります」
竜は適当に売り捌いてくれと告げ、一足先に飛び立つ。


単身、夜間飛行。


(返り血ぐらい昔はどうってことなかったんだけど)
むしろ“殺った”手応えとして、血を浴びることを好んでいたというのに。
ヒスイと暮らすようになってから気にするようになった。
ヒスイにだけはこの姿を見せたくないと思うのだ。
「殺気立ってる・・・かなぁ」
(早くヒスイのところに帰りたいけど・・・もうちょっと我慢しよう)




真夜中の屋敷。

『オニキスっ!助けて!』
眷族の精神を通じ、ヒスイに呼び出され、慌てて来てみれば・・・
トイレ前。廊下に打ち込まれた魔法の杭にヒスイが繋がれている。
無論鎖も魔法製。神特有の魔法で見事に拘束されていた。
「着替えの途中でトパーズに捉まっちゃって・・・」
ジストを喜ばせた下着姿のまま、首輪。
鎖はわざと短くされていて、服を取ることもできない。
ヒスイは寒そうにブルブルと震えていた。
はぁ〜・・・っ。
「お前達は一体何をやっている・・・」


「ふぁ〜っ・・・あったかい〜・・・生き返る〜・・・」
スイはオニキスから上着を受け取り、袖を通した。
それは今までオニキスが着ていたもので、気持ちが和らぐ温かさだった。
「お兄ちゃんは竜退治でしょ、トパーズとジストは神器取りに行くって・・・」
どちらも行き先は告げず、だと言う。
「ありがと。助かったわ」
「・・・手を」
「あ、うん」
冷たくなったヒスイの指先を大きな手で包み込み、温もりを与える。
「こんな遅くにごめんね、寝てたでしょ」
時間は深夜3時をまわり。
「いや、オレは・・・」
オニキスは首を横に振ったが、背後でスピネルが欠伸をしていた。
「お前までついてこなくても・・・」
「だってボクがいなきゃ、コレどうにもならないでしょ」
眠い目を擦り、魔法の杭を指して。
「お前・・・神の魔法が解けるのか?」
神魔法は同じ次元の魔法ではない。
通常世界で使われる魔法と効果は同等であっても、その原理は全く異なるのだ。
「うん。解くだけならね」
オニキスの問いに頷き、魔法の杭へ手を翳す。
特に呪文も唱えずに、それだけで消える、杭と、鎖と、首輪。
「このチカラはね・・・」
ヒスイの胎内に宿っていた頃の出来事をスピネルが明かした。
「熾天使の肉体をあげたでしょ。そうしたら、お礼にってジストがくれたんだ」


“神の魔法を打ち消す能力”


「ジスト本人は覚えてないみたいだけどね」




それから数十分。

「そうだ、血でも飲む?」
お茶やコーヒーでないところが吸血鬼のヒスイらしい。
「ボク、二階に行ってるね」
気を利かせたスピネルが席を外した。
それを見届けてから誘いにのるオニキス。
「・・・いただくとしよう」
ヒスイの肩を掴み、首筋へと噛み付く。
時間にして僅か1分。
軽めに吸血を済ませ、止血をし、オニキスは潔くヒスイから離れた。
他の場所に触れる事は一切せず、紳士道を貫く。


「ちょっとぐらい、って思わないのかな」
スピネル。2階の自室にて。
ここ10年、ヒスイの胎内に居座りっ放しだったが、一応部屋はあるのだ。
オニキスとヒスイは1階、だが。
二人の様子は見ていなくてもわかる。
「ママには緊張感の欠片もないけど」
(オニキスは我慢をしているだけ。ママを安心させたいから)
「ママの前でできるだけ“男”にならないようにしてる」
(せめてもう少し、何とかならないかなぁ〜・・・)




夜が一層深くなった。

「お兄ちゃん・・・」
オニキスと共に、ヒスイはコハクの帰りを待っていた。
窓から夜空を見上げ、聴覚も嗅覚も研ぎ澄まし、今か今かと待ちわびて。
「あ・・・!!」
「ヒスイ、ただいま。遅くなってごめんね」
コハクがリビングの窓から帰宅した。
「お兄ちゃんっ!!」
「・・・ベッドで待ってて」
ヒスイの耳元でコハクがそう囁くと、傍らのオニキスが眉をひそめた。



「竜の血は匂うんだよね〜・・・」



気持ち程度に再びシャワーを浴びる。
寮のバスルームで散々洗ってきたが、血の匂いは消えなかった。
(こんな時、オニキスだったら絶対にしないんだろうな)
ヒスイを連れ去った時に見たオニキスの表情がなぜか目に焼き付いて。


“わざわざこんな時に”


(・・・アレは絶対そう思ってる)
「常識で考えたらそうなのかもしれないけど・・・」
セックスをした後は、戦う気がしなくなる。
けれど、戦った後はいつにも増してセックスがしたくなる。
体に血の匂いが残っていても、ヒスイに触れたいと思ってしまう。


「おにいちゃん」
服を脱ぎ、ベッドの上にちょこんと座っているヒスイ。
無垢で美しい姿を容赦なく穢してしまいたくなる。
その感情は、愛なのに、凶悪で。
「・・・ごめんね」


(でもこれが、僕の愛し方だから)


時折ひどく歪んでいても、大切に想っていない訳じゃないと、心の中で弁解する。
「おにいちゃん?何で謝るの?当たり前の事するだけなのに」
「ヒスイ・・・」
「おにいちゃんの匂いしかしないよ。おかえりなさい」
咽せるような血の匂いのなかで、ヒスイの笑顔と抱擁に胸が熱くなる。
「うん・・・ただいま、ヒスイ」


「んっ・・・!!」
指を絡め、唇を重ねるだけで前戯は充分だった。
ここぞとばかりに欲情し、愛撫もなおざりに。
二人とも早くひとつになりたくて、逸る。
「んうっ・・・」
ヒスイの肉粒を恥骨で強く押し潰すようにして、蜜でいっぱいの入口をくぐると、濡れた膣壁に歓迎を受けた。
コハクのペニスを包んで、引き込んで、締め付けて。
「ヒスイ・・・」
それが堪らなく嬉しい。
「あん・・・おにい・・・ちゃん・・・」
コハクはヒスイを抱きしめ、体を密着させながら、性器全体を捏ね回した。
「あっ、あっ、あぅっ、はぁんっ!」
頬を上気させ、身悶えるヒスイ。
正常位で繋がったまま、コハクは上体だけを離し、ヒスイの太股を掴んで、強引に大開脚させた。
今日も視覚的な興奮をしっかり味わっておきたい。
「ん・・・っ!!おにぃ・・・」


「こうすると気持ちいいでしょ?」


上向きになった女性器と結合を目で確かめた後、今度はヒスイの細い腰を両手で掴んで持ち上げ、自在に揺すり始めた。
ヒスイが悦ぶであろう場所に自分のペニスを擦りつけるようにして、動かす。
「あっ!うっ!うぅんっ!」
与えられた快感に背を逸らすヒスイ。
するとコハクのペニスが膣上壁に触れ、甘美スポットを刺激した。
「やっ・・・あっ!あうんっ!!あぁん・・・っ!!!」
潮吹き。無味無臭の体液を排出したヒスイが高い声で喘ぎ、よがる。


「凄く綺麗だよ・・・もっと奥までイカせてね」


変化をつけて、正常位腰高位。
枕をヒスイの腰にあてがい、浮き上がらせて、正常位よりも深く激しい出入りを繰り返す。
「・・・っ・・・」
いつもなら緩急の腰使いでヒスイが喘ぐのを愉しみながら、余裕でペニスの快感に浸るのだが、今日は少し理性が希薄で。
コントロールがうまくいかない。
「あっ、あ、あっ!!!」
いよいよ下半身の情熱が止まらなくなって。
ヒスイの膣壁を傷つけてしまいそうな程の摩擦。
ヒスイの中で、暴れ猛るペニス。
「あく・・・っ・・・ぅ!!あぁ・・・」

ズッ、クチャッ、グチャッ、グチュッ。

コハクが腰を引く度に、ヒスイの肉襞がめくれ返り、泡立った愛液が噴きこぼれる。
「ふぁ・・・っ・・・あ・・・!」
ヒスイは両手でコハクの背中の筋肉を掴んだ。
「おにいちゃ・・・おにぃ・・・はっ・・・ぁ!!」
「うん・・・ヒスイ、今・・・あげる・・・」
精を欲しがり、ひくついているヒスイの生殖本能がとても可愛らしく思えて。
コハクもそれに応えるように、奥深くへと射精した。


「う・・・ん、おにいちゃぁ〜・・・」
行為が終わるとヒスイはすぐに眠ってしまった。
腕の中でスゥスゥと、いつもの寝息が聞こえる。
「ヒスイ・・・」
凶悪な感情はすっかり溶けてなくなり、残るのは、愛しさだけ。
「おやすみ」
コハクはヒスイの額に優しくキスをして、自分も瞳を閉じた。


SEX納めの夜。

“夫婦、触れ合うこと、叶わず”

そんな日々が目前に迫っていた――





こちら、冥界。

「わぁぁっ!!!」
“神の子”ジストは巨大な狼フェンリルに追いかけられていた。
「“神殺しの狼”とは神話の上での呼び名で、すべては人間の想像力の産物だ。実際に神を殺した訳じゃない」
「兄ちゃんっ!!説明はいいからさぁぁっ!!早くコレなんとかしてよっ!!!」
フェンリルは滝のように涎を垂らし、更には炎を吐き出して。
それこそジストのお尻に火が付きそうな状況だ。
「・・・神槍は大部分が“信仰心”でできている。架空の神に対するものだが、その力は絶大・・・」
「兄ちゃんっ!!!早くっ!!オレ食われちゃうよぉぉぉ!!!」
フェンリルはなぜか神の子ばかりを追っていて、神には見向きもしない。


「・・・良くない知らせだ。落ち着いて聞け」


「何っ!!!?」


「・・・忘れた」


「何をぉぉ!!?」


対フェンリル用捕獲アイテム“魔法の紐”。
見た目は細い紐だが、どんな力でも切れないという代物で、神器のひとつである。
長い前置きの後、トパーズはそれを「忘れた」と言い放った。
出発前・・・ヒスイの捕獲に夢中で、肝心の物を屋敷に置いてきてしまったのだ。
「兄ちゃんも結構そそっかし・・・ってぇ!!どうすんの!!?」
一応武器は持ってきたものの、大きさに差がありすぎてどう戦えばいいのかわからない。途方に暮れる。


「ちょっと待ってろ」
「待ってろ!?ちょっ・・・兄ちゃ・・・わぁぁぁ!!」
ジストの「待った!」は聞かず、トパーズはパッと姿を消してしまった。
続け様に、フェンリルの爪がジストを襲う。


飛び跳ね、逃げ回るジスト。



「待ってろなんて無理だよぉぉ!!兄ちゃんの鬼ぃぃぃ!!!」







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