モルダバイト。本屋の店頭にて。
(こんな冒険してみたいよな〜・・・)サルファー、少年漫画雑誌立ち読み中。
(こんな恋がしてみたいですわ!!)タンジェ、少女漫画雑誌立ち読み中。
迷惑な二人組。
店主にハタキで攻撃を受けても、動じない。
今日は魔法陣での移動だった為、サルファーも子供の姿で堂々と。
「サ、サルファー、わたくし・・・」
この漫画が欲しい。
けれども自分は一銭も持っていない立場だった。
買ってくれとは言わない。貸して欲しいだけだ。
「よしっ!お前がそれだろ。僕はこれで・・・」
漫画に関して寛容なサルファーは、買ってやる!と言い、合計金額を計算した。
(あ・・・足りない・・・)
いくらサルファーが小金持ちでも、所持金が底を尽きかけていた。
諦めきれない10歳の二人。
「それ売ったら金になるよな」
チラリ・・・サルファーはタンジェが抱えている黙示録を見た。
近頃めっきり大人しいのだ。“夜”以外は。
「お前が邪魔しなければな〜・・・」
恨めしそうな口調のサルファー。
「が、頑張ってみますわよ?」
頑張ってどうにかなるものでもないが、売ってお金になって、呪縛から解放されれば尚良い。
「ま、行ってみるか、古本屋」
「そうですわね!」
楽天的なのは一族全員に共通する特徴なのかもしれない。
ざわめく世界。
黙示録の脅威が迫っていた――
「サルファー!!?」
古本屋の買い取り窓口で、事態は急転した。
売られてなるものかと、温存していた魔力を解放した黙示録。
サルファーの羊化は加速し、ついに。
「・・・・・・」
成人の羊。
完全覚醒を済ませた今、使者は必要ないということか、タンジェが操られる事はなく、姿も子供のままだ。
「悪いがこれは売れない」
茫然としている古本屋の店主に言葉をかけ、漫画は捨て置いて、黙示録を取り返す羊。
その行動はこれまでのサルファーとは掛け離れていて。
(これが・・・“羊”ですの?)
「きゃ・・・」
羊サルファーが花嫁タンジェを抱き上げる。
「わ、わたくしっ!重いですわよっ!!」
「重い?大切な花嫁を置いていく訳がない」
抱えて飛ぶなんて冗談じゃない!と吐き捨てたサルファーとは大違い。
(・・・優しいですわ)
人格が安定した羊は驚く程紳士だった。
そして羊の役割も決まっていた。
黙示録と花嫁を手に店を出ると、街で一番高い建物の屋根まで移動し、タンジェを降ろした。
そこから単身空高く舞い上がり、宣言する。
「さっそく世界の浄化を始めるとしよう」
「サルファー!!?まっ・・・」
『・・・開け!黙示録!!』
海上の孤島に集合していた天使達を締め上げ、城を差し押さえたコハク。
「あ〜・・・ヒスイぃ〜・・・」
窓辺で頬杖をついて脱力していた。
(今頃どうしてるかな・・・ちゃんと朝ご飯食べてるかな・・・家、燃えてないよね・・・)
はぁ〜っ・・・。
(えっちしたい・・・)
羊を崇拝する天使達をさっさと片付け、夜明け前に帰宅する予定だったが、合流したイズ、ラリマーが“平和的解決”を主張し、時間をくってしまった。
(でも今しっかりやっておかないと、黙示録は一度開かれたら・・・)と、エロ精神を諫めつつ。
「!?」「!?」「!?」
三天使が同時に息を飲む。
「封印が・・・解かれた!!?」
コハクは信じられない思いで天を仰いだ。
(そんな馬鹿な・・・覚醒にはまだ早い・・・)
「まずいな・・・“奴等”が現れる」
しかしそこはやっぱりコハクで、すぐ対応策に移行した。
今は、“なぜそうなったか”よりも“これからどうするか”の方が重要だ。
ヒスイとえっちばっかりしているようでも策は練ってあった。
「・・・屋敷に戻ろう。戦力を集めて応戦する」
集会所となった屋敷では。
「・・・おかしい」
リビングの窓辺でコハクの帰りを待っていたヒスイが空を睨んだ。
窓から見える景色はいつもと全く変わらないが・・・風が違う。
人ならざる者ならば、皆感じているであろう世界の異変。
「よっ!」
「お父さんっ!」
背後から掛けられた声に振り向くと、そこにはメノウが立っていた。
シトリン・ジンを連れ、呼ばれる前にやってくるのは流石というところ。
「お父さん、もしかしてサルファーが・・・」
「たっだいま〜!!」
続けて、ボロボロになったジストが神槍を担いで帰宅した。
涼しい顔をしたトパーズも一緒だ。
「見てっ!ヒスイっ!!神槍取ってきたよっ!!」
獲ったネズミを見せにくる猫のように。
戦利品を真っ先にヒスイに見せるが、当のヒスイは浮かない顔で。
「ヒスイ?どうしたの?何かあった?あれっ?姉ちゃんっ!?」
少々珍しい顔触れに、やっと気付く。
「まさか・・・サルファーとタンジェに何かあったの・・・?」
ジストの表情もみるみる曇った。
バサッ・・・
「ヒスイ」
「お兄ちゃんっ!」
窓から帰宅のコハクと何を置いてもまずは抱き合って。
「・・・黙示録の封印が解かれた。戦いになる」
「うん・・・」
オニキス、スピネルも合流し、ほぼ一族全員が揃った。
ヒスイ、メノウ、ジスト、トパーズ。
オニキス、スピネル、シトリン、ジン。
イズ、ラリマー、ジョール、ルチル。
ぐるりと見回してから、コハクが説明を開始した。
「・・・黙示録の封印が解かれるとまず、馬に乗った四人の騎士が現れる」
弓を持った騎士と白い馬は「侵略」の象徴。
大剣を持った騎士と赤い馬は「暴動」の象徴。
天秤を持った騎士と黒い馬は「飢饉」の象徴。
黄泉の獣を従えた騎士と青い馬は「死」の象徴。
「羊と花嫁を追跡しつつ、この四騎士を抑える」
羊と花嫁の追跡は機動力のあるイズ、ラリマーが担当することになった。
騎士には二人一組で挑むという話になり、メンバーが発表される。
「人手が足りない。ジスト、スピネル・・・」
子供達を戦場に駆り出すのは気が引けるが。
(まぁ、男だし。何事も経験って事で)
息子には割と容赦ないコハク。
「やるよっ!オレっ!!神槍頼みだけどっ!!」
「うん、いいよ。それなりに役には立てると思う」
頼もしい息子達の声。「侵略」の騎士にはジスト&スピネル。
弟達に続け!とばかりにシトリン&ジンが名乗りを上げ、「暴動」の騎士を倒すと宣言した。
勿論それも作戦どおりの流れだった。
「では、メノウ様・・・」
「了解」
多くを語らず、対「飢饉」の騎士にメノウ。
「死」の騎士は僕が・・・と、最後に自分を振り当てて。
まだ名前が呼ばれない・・・ヒスイの目が怖い。
「黙示録対策はここからがメインなんだ」
出番未定のメンバーに向け、コハクが言った。
「一番避けたい方法だったんだけど、封印が解かれてしまった今、少ない戦力で世界を守るにはこれしかない」
方法は至って単純明解。
過去へ行き、黙示録そのものの存在を消す。
黙示録が創り出されたのは千年ほど前・・・神によって別空間へと封印されてしまう前に、差し押さえ、処分する。
「・・・わかった、オレが行こう」
オニキスが自ら申し出た。
どのみち名指しされる運命だ。
「お願いします。“不死身”はあなたしかいないんで」
「・・・ああ」
「黙示録は“僕”が守っていると思います。自分で言うのも何ですけど、物凄くタチが悪いですから、気をつけてくださいね」
「・・・・・・」
そして、トパーズはオニキスを過去へと送る役目を負った。
膨大な魔力を消費するため、その場から動けなくなるのは必至。
「ヒスイはここでトパーズと、ルチル先生と、ジョールさんを守って」
それはとても重要な役目なのだと、頭を撫でて言い聞かせる。
「うんっ!」
素直に頷くヒスイ。
「・・・いい子だね」
「お兄ちゃん?」
憂いを帯びた微笑みで、ヒスイの唇を求めて。
「ヒスイ・・・」
一族の目の前で、結婚式の誓いのキスさながらに。
これでもかと長いくちづけを交わす。
「おいっ!こんな時に何を・・・!!」
いくらなんでも非常識だと、シトリンが止めに入ろうとしたのを、メノウが宥める。
「まぁ、まぁ、許してやれよ。苦渋の決断なんだからさ、あいつにとっちゃ」
「苦渋の決断、だと?」
ん〜・・・っ。
「えっと・・・5分休憩って事で」
ヒスイから唇を離し、次に出た言葉はこれだった。
そそくさとヒスイを連れてキッチンへ引っ込むコハク。
「お兄ちゃん?どうしたの?さっきから・・・」
(5分かぁ・・・やってやれない事はないけど)
コハクの頭を掠めるSEX妄想。
(ムードも何もないもんなぁ・・・)
そのつもりで取った休憩時間ではあるが。
(・・・やめとこう)
「・・・ね、ヒスイ」
「うん?」
「この戦いが終わったら、サルファーは寮に移るでしょ」
「うん」
「スピネルはオニキスと暮らすって言うし」
「うん」
「そろそろ・・・もうひとり欲しいね」
「うん、いいよ。お兄ちゃんの子供なら何人でも産むよ」
純真な笑顔で答えるヒスイが愛しくて、涙が出そうになる。
「ヒスイ、好きだよ」
「うん。私も好き」
戦いが終わって、みんな元の生活に戻ったら、またいっぱいえっちしようね、と。
約束のキスと指切りをして、5分が過ぎた。
まずはオニキスを過去へ仕向ける儀式。
そこに魔法陣はない。
必要なのは神の魔力だけ。
とはいえ、オニキスが過去の天界で行動している間、絶え間なく魔力を送り続けなければならなかった。
トパーズの肉体にかかる負担は相当なものだ。
「・・・・・・」
フェンリルとの一戦を終えたばかりだが、殆どジストの頑張りだったのでまだ余力は残っている。
「・・・やるぞ。いいんだな」
その言葉はコハクに向けて、だ。念を押したのには理由があった。
「うん。死ぬ気でよろしく」
出発直前、メノウがこっそりオニキスに耳打ちした。
「現役時代のアイツ、ホント化け物だから。5、6回は殺られる覚悟しといた方がいいよ」
「そうだな」
「・・・気をつけて」
微かに沈んだトーンでスピネルが言った。
「ボクも一緒にいけたらよかったんだけど。コッチで頑張るね」
「ああ、お前も気をつけるんだぞ」
オニキスは努めて笑い、スピネルの頭を撫でた。
「・・・いってくる」
「うん」
ヒスイが死なない限り、眷族のオニキスは死なない。
ヒスイを現在に残し、オニキスだけが過去へ行けば、現役熾天使を凌ぐ最強の戦士であった・・・かもしれない。
過去形だ。
オニキスもヒスイも、ここにはもういない。
眷族と、その主。
個別に時空を越えることができなかったのだ。
トパーズが時空移動魔法を発動させた瞬間に二人揃って消えた。
「あ〜・・・やっぱこうなっちゃったか・・・」
メノウもトパーズもこうなることをあらかた予測していた。
可能性は五分。
過去に前例がないだけに、やってみなければわからない。
それに賭けた結果だ。
「あとはもうオニキスを信じるしかないよな」
コハクの背中を叩いて。喝を入れるメノウ。
「・・・そうですね」
苦渋の決断。
(だから“一番避けたい方法”だったんだ・・・)
1/2の可能性として覚悟はしていたものの、コハクの顔色はすこぶる悪い。
オニキスなら、何があってもきっとヒスイを守り抜く。
そう信じていなければ、世界の命運が懸かろうと、過去へなど行かせない。
「この期に及んで、オニキスを疑う訳じゃないけど・・・」
(黙示録を得ようとすれば“僕”との戦いは避けられないだろう。もし、あの頃の僕が見境いなくヒスイを斬ったら・・・)
「・・・何もかもおしまいだ」
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