「ここでもない、か」


コハクは例の鉱山近くまで来ていた。
しかし、この辺りは特に鉱山が密集しており、捜索は難航。
今夜に限って勘が冴えない。
(こんな事になるんだったら・・・)
「ピアスに発信器でも仕込んでおけば良かった」
ヒスイと離れる事など滅多にないので、これまで考えた事もなかったが。
「束縛しすぎかな・・・いや・・・でも・・・」
心配で。心配で。
「僕が甘かった・・・」
(オニキスとならどこへ行っても・・・なんて)
「ここのところトパーズにばっかり気を取られてたもんなぁ」
独り言を言い続け、ふと覗き込んだ川の水面に。


(・・・ん?これは・・・)


鉱山の隙間を流れる細い川。
その水流が運んできた肉片を掬い取った。
(魔界植物だ)
顔を近づけると、火薬の匂いがして。
(魔界植物は爆発させたぐらいじゃ倒せないんだけど)
微塵になっても、じき再生する。
「・・・・・・」 
普通の人間が魔界生物相手に戦いを繰り広げたとは思えない。
だとすれば、エクソシストか・・・ヒスイ達。
「この辺りは龍脈が走ってるし。仮にコレが龍穴に巣くった場合・・・自然のバランスが崩れて、魔法が使えなくなる事は・・・ある、ね」
それならば、音信不通の理由として納得できる。
「とにかく行ってみよう」
コハクは例の鉱山へ向け飛び立った。




とりあえず鉱山に魔力が戻り、エレベータも稼働した。
これまで足止めをくらっていたドワーフ達がしきりに地上と地下を行き来している。
穴の上は賑やかなものだった。
“ギンノカミノオウヒ”の話題で持ちきりだ。


「ここか・・・」


(早くヒスイに会いたいけど・・・先に始末しないとなぁ)
再生すれば再び同じ場所に根を張るだろう。
翼を持つコハクはエレベータを使用せず、穴から急降下した。
そこから先は翼を広げるスペースがないので、徒歩だ。
迷わなければ、龍穴へはスタート地点から徒歩30分程で到着する。


そして、30分後。


「・・・凄いな」
煤だらけ。岩肌も削られ、爆発の衝撃を物語っていた。
そこにはもうヒスイ達の姿はなく、再生活動で蠢く魔界植物の肉片のみ。
「残念だったね。僕はお前の弱点を知ってるんだ」
優雅に微笑んだ、その後に一言。


「・・・砕けて、消えろ」





スキナモノモッテユケ。

約束通り、宝をひとつ、と。
ヒスイ達は宝物庫へ案内された。
ドワーフの宝といえば巷では有名で、変わった効果を発揮するレアアイテムの、まさに宝庫なのだ。
どれも目移りしてしまいそうな品ばかりだった。
当初の目的の品でもあった鉱石ペリドットもそのひとつだ。
大粒の最高級品だ・・・が。
ヒスイは見向きもせず、ある宝を指差した。
「それなら、これを貰うわ」
ヒスイが選んだもの。


それは・・・ピコピコハンマーだった。


円筒部分がプラスチック製の蛇腹になっていて、攻撃の衝撃を吸収する。
武器、ではない。
記憶を呼び覚ます効果のある魔法医療用具だ。
自分が記憶喪失を経験した後、興味を持ったレアアイテムで、独自に調べていた。
近年開発されたもので、その効果についてはごく一部の者にしか知られていない。
正確な所在も謎とされていた。
(ドワーフ族が持ってるかもしれないって噂は本当だったみたいね)
不幸中の幸いとはこの事かもしれない。


「母上?それは何だ?」
「記憶喪失に有効なアイテムよ」
ヒスイはシンプルな回答をし、早速ハンマーを構えた。
狙うはオニキスの頭部だ。
「ちょっと待ってくれ!!本当にそれがオニキス殿の幸せなのか!?」
シトリン自身も迷っているなかで、ヒスイに答えを求めてみる、が。
「さぁ?」
ヒスイも首を傾げた。
「でも・・・」



忘れるのも、忘れられちゃうのも、悲しいよ。



「今頃スピネルも心配してると思うし」
「スピネル・・・」
(そうだった・・・)
相手を想うあまり視野が狭くなりがちなシトリン。
弟の事まで気が回らなかった自分に恥じながら、オニキスの背後へと忍び寄るヒスイを見守った。


「母上・・・」
あの母上が、寝る間も惜しんで。
ドワーフの宝が欲しいから、と、魔界植物にタイマン勝負を挑んだのは・・・
オニキス殿のためだったのか?
ヒスイの口からそんな話は一切出ないが。
現にペリドットには見向きもしなかった。
(母上は初めからオニキス殿の記憶を戻そうと・・・)




ピコピコハンマー両手持ち。
柄が長く、ヒスイには丁度良かった。
「オニキス」
「何だ」
呼ばれて、振り向いたところを・・・ポコン!


「・・・・・・・・・」


ヒスイにハンマーで殴られ、一瞬硬直。それから。


「ヒ・・・スイ?」


「あ、思い出したね」
記憶が戻った途端、驚くほど視界は鮮明に。
これまでくすんでいたものが、鮮やかな色を帯びて。
なくしていたものが何だったのかを思い知る。
(これが・・・愛情というものなのか)
「おかえり」と、笑うヒスイの頬に差した赤味までもが目に眩しくて。
堪らず、抱きしめた。
(そうだ。これこそ)



ヒスイと生きる世界の色。



「ヒスイ・・・」
次に口から出るのは、恐らく月並みな愛の言葉。
思い出した気持ちをとにかくヒスイに伝えたかった。

・・・が。

「ヒスイ、見つけた」
宝物庫に現れた・・・コハク。
そこからはいつもと同じ展開で。
「お兄ちゃんっ!」
オニキスの腕を抜け、まっすぐにヒスイが駆けてゆく。
「・・・・・・」
これが、現実。
オニキスは目を逸らす事なく、抱き合う二人を見つめていた。


・・・この胸の痛みさえ、世界を美しく彩るのだから。


「オレには必要なものなのだろう」


にぁ〜・・・。


オニキスの足元に擦り寄るシトリン。
「お前の事まで忘れて、すまなかった」
抱き上げ、金色の毛並みを撫でるオニキス。
「いいや・・・その」
何と言葉を続けるべきか迷うが。
「母上はオニキス殿のために・・・」
「わかっている。そういう女だ」
淡くも。オニキスの顔に笑みが浮かんだのでシトリンはホッとして。
「スピネルが待っているぞ!」
「そうだな」
「帰ろう!オニキス殿!」
「ああ」





数日後。赤い屋根の屋敷。


「んぁっ!あっ!はぁ・・・んっ!!おにいちゃ・・・あっ・・・」


えっちの後。
「ふうっ・・・」
コハクのシャツを着て寝転がるのがほとんど日課となっているヒスイ。
フローリングの床に敷かれた絨毯の上で。
お気に入りのパウダービーズのクッションへ顔を埋めた。
「はふっ・・・」


お兄ちゃんと繋がった場所がまだ熱を持っていて。
少し、ヒリヒリするけど。


(あ〜・・・えっちしたんだなぁ・・・って嬉しくなる)


「はぁ・・・」
激しい性運動の名残で、呼吸は乱れたまま。
(お兄ちゃん・・・すき・・・)
ヒスイは今日も幸せに浸っていた。




数分後・・・

「ヒスイ、喉渇かない?」
キッチンでお湯を沸かしていたコハクが顔を覗かせ、尋ねた。
「渇いたっ!」
「血と紅茶、どっちがいい?」
「ん〜と・・・血かな」
どちらも大好物なので順番に悩むが、最終的には両方いただく気だ。
ヒスイは飛び起き、コハクが来るのを待った。


はぁ・・・っ。


「ごちそうさま・・・あんっ!」
吸血後、再び欲情し始めたヒスイの割れ目をコハクの指がなぞった。
「コッチはどうかな〜」
にゅるにゅると、濃厚な愛液。
練られて、くちゃくちゃ音をたてる。
「あ・・・ぁ・・・」
思っていた以上にたっぷりと濡れてしまい、ヒスイが頬を赤らめた。


「もう一回したくなってきた?」


「う・・・んっ」
コハクの美しい顔を見上げ、控えめに開脚。
「うっ・・・ん・・・んんっ!」
長い指が膣内へ挿入されるにつれ、自然と両脚の角度が大きくなってゆく。
コハクの中指が根元まで浸かる頃には、めいいっぱい脚を開いて。
「どれ、届くかな?」
指先が膣奥を探る。
「あっ!」
子宮口をちょんとつつかれ・・・ぴくんっ!
ヒスイの背が反って、跳ねた。
「お・・・おにいちゃ・・・ぁ・・・」
(今日も可愛いぃぃ!!)
含み笑い。エロ笑い。
(もっとぴくぴくさせちゃおうかな〜)



「あれ?でも今・・・」
窓の外で。微かに聞こえた羽根の音。
「ちょっと待ってて・・・」
コハクはゆっくりと中指を後退させた。
「え・・・?う゛っ・・・んっ!」
擬似ペニスを引き留めようとする膣肉が擦れ、抜かれる時まで感じてしまう。
「あっ・・・う゛・・・」
困惑の喘ぎ。
「ごめんね、続きはまた後で」
コハクは指に染み込んだ愛液を舐め・・・
「は・・・ふぅ・・・」
興奮の吐息を洩らすヒスイの唇をキスで塞いだ。


「・・・お客さんが来たよ」


「だ・・・れ?」
「シトリン」




ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
結合前なので、上半身は裸でも一応ジーンズは履いている。
「シトリンは待たせると怒るから・・・は〜い。只今」
コハクは肩を竦めて笑い、いそいそと玄関へ向かった。
「やあ、いらっしゃい」
「母上はいるか?」
「ちょっと待ってね。ヒスイ〜!おいで〜!!」
「はぁ〜い」
ペタペタと裸足でヒスイが廊下を走ってきた。
「何か用?」
「母上、これを・・・」
「?」
シトリンの手の平に小さなケースがのっていた。
青いベルベット風の生地が張られたそれは、よく見かける宝石用のケースだった。
中味をヒスイに見せるため、シトリンは上蓋を開けた。


ペリドットのペアリング。


「母上にはその・・・色々と迷惑をかけたからな」
コンドーム事件を蒸し返すのは気が進まないが、きちんと謝罪する機会を逃したままだったので、この機にと思っての事だった。
「ドワーフの宝石には及ばんかもしれんが・・・」
シトリンが鉱山に出向き、掘り当ててきたものを、王室御用達の宝石店で加工させた新品のエンケージリングだ。


ところが。


「・・・母上?」
ヒスイはずっと俯いたままで。
「・・・なんでこんなに優しくしてくれるの?ずっと放ったらかしだったのに」
ヒスイなりに良心の呵責があるらしく、自らそんな言葉を口にした。
今でこそ和解・・・以上の事になっているが、トパーズには報復を受けた。
しかしシトリンは、多少の誤解はあったものの、すぐにヒスイを母親と認め、親身に接してくれたのだ。
「母上は特別可愛いからな」
「・・・は?」
翡翠色の瞳を丸くして見上げるヒスイを、シトリンはコハクと同じ笑顔で見下ろした。
「産んでくれただけで充分だ。ありが・・・」


「ありがとっ!!」


なぜかそこでシトリンより先にヒスイが礼を述べ。
「おいっ!母上!?」
超赤面。ヒスイは肝心のものを受け取らずに走り去ってしまった。
「くすっ。照れてるだけだよ。相当嬉しかったみたいだ。君の言葉と贈り物が」
ヒスイの心中をコハクが解説し、代理で受け取る。
「ありがとう」
「言っておくが、お前にやる訳じゃないからな!!」
「ははは!了解」
コハクは爽快に笑い、言った。



『ヒスイさえ愛してくれればいいよ』



「僕はね・・・」

たったひとつ。
ヒスイの愛があれば、それでいい。
他の愛はいらない、と。


「僕の事はどう思ってくれてもいいから。ヒスイだけは大切にして、ね?」


「・・・・・・」
(救いようのないエロ男かと思っていたが・・・母上を愛する気持ちは誰よりも純粋なのかもしれん)
そう、思ったら。
自然と口をついた。
「べ・・・べつにそこまで嫌いじゃないぞ」
シトリンの発言にコハクは少し驚いた表情をしたが、すぐに笑顔で答えた。
「それじゃあ、有り難くいただく事にしよう」


君の好意を。





「ヒスイ、おいで」
コハクが名を呼ぶと、ヒスイは衝立の裏側からちょこっと顔を覗かせた。
衝立裏は照れたヒスイの避難場所なのだ。
「シトリンは?」
「帰ったよ。また会いに来るって」
「そう」
ヒスイはコハクの腰に両腕を絡めた。
幼い頃からの癖。
そうすると大抵コハクが頭を撫でてくれるのだった。
「良かったね、ヒスイ」
「うん。でも・・・」


「いいんじゃないかな。素直に喜んで」


「そうかな?」
「うん。ほら、見て」
ケースの蓋を開け、ペアリングを二人で眺める。



「「綺麗だね」」



偶然、二人の言葉が重なって。双方照れ笑い。
コハクの目にも。
ヒスイの目にも。
シトリンの想いが込もった指輪は一際輝いて見えたのだ。
「・・・大切にしようね、お兄ちゃん」
「うん、そうだね」




こんな風に。
知った愛の分だけ、世界は色を増すのだろう。



「ヒスイ」
「ん?」



キミの瞳に映る世界が、愛に彩られたものでありますように――



「・・・しようか」
「えっち?」
条件反射でそう答えてしまうヒスイ。
コハクは笑いながら首を左右に振った。


「折角だから、教会で二人だけの結婚式」
「うんっ!!」






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