『ねぇ、コハク。お前にひとつ頼みがあるんだ』

『はい?』

『俺にもしものことがあったら、この子を・・・ヒスイを、俺のかわりに育てて欲しいんだ。普通の人間として』

『それは勿論ですが・・・縁起でもないこと言わないでくださいよ。メノウ様』

『・・・お前は人間じゃないけど、人間のことをよく理解してるし、何よりヒスイにベタ惚れだろ。だから安心
して任せられる。俺との契約が切れるまでヒスイの側にいてやって』

『・・・わかりました』




焚き火の傍らに腰を下ろす二つの影があった。
「お兄ちゃん!お兄ちゃんってば!!」
影の一つは、ゆるく流れる銀髪がそれは見事な少女だった。
「あ・・・。ごめん。ヒスイ。呼んだ?」
もう一つの影は闇夜を照らす明るい金髪の青年・・・。
「もう、さっきから何回も呼んでるよ。どうしたの?めずらしく考え事??」
ヒスイと呼ばれた少女は青年の顔を覗き込んだ。
青年の名はコハク。つい先ほどまで炎の中に過去の幻影を見ていた。
「いや、何も・・・。ごめんね」
そう言ってコハクは微笑んだ。素晴らしく整った顔立ちをしている絶世の美青年だ。
「そう?それならいいけど」
ヒスイはそれに臆することなく微笑みかえした。
清楚で可憐という言葉がぴったりの、愛らしい美少女。
「あ、天使の微笑みだ」
コハクはほわんとした表情で間近にあったヒスイの頬を軽くつついた。
「何それ?」
「知らない?天使だよ」
「知ってるけど、本物見たことないからわかんない」
「きっとどの天使よりも綺麗だよ、ヒスイは」
「・・・お兄ちゃん、変」
「何を今更」
「まあね」
二人は顔を見合わせて笑った。
金と銀の髪が月の光を受けて輝き、幻想的な世界を創りあげている。いつのまにか焚き火は消えていた。
「寒いでしょ?もっとこっちにおいで」
「うん」
二人は更に寄り添った。
「お兄ちゃんが暖めてあげる」
コハクはヒスイの肩に手をまわし自分の方へと抱き寄せた。
そしてその上から自分のマントで包みこんだ。
「ふあぁ〜。あったか〜い・・・」
ヒスイは大きなあくびをした。
「おやすみ〜。お兄ちゃん」
「おやすみ、ヒスイ・・・」
可愛い僕の妹・・・と言いかけてコハクは言葉を飲み込んだ。
ヒスイはすやすやと寝息をたてていた。
コハクはそんなヒスイをしばらくの間愛おしげに見つめていたが、やがて目を上げ夜空に浮かぶ月を見た。
(契約が切れるまであとわずか・・・か。このままずっと一緒にいられたらどんなにか・・・)



夜が明けた。
旅を始めたばかりの二人は、この先の城下町で旅道具一式を揃えようとしていた。
旅の目的・・・それはヒスイが18歳になった夜、コハク手作りの特大バースディケーキでヒスイの誕生日を祝うなか、突然コハクが言い出した事だった。
世界を巡り見聞を広めよう、と。ありがちな言い回しだが、それがヒスイの父メノウの希望だったという。
「お父さんの・・・遺言かぁ・・・」
「この村を出よう。ヒスイ。僕が外の世界に連れていってあげる」
ヒスイは静かで外から滅多に人がくることのないこの村が気に入っていたが、陽気な兄コハクと一緒なら何処へいっても楽しいだろうと思った。
そしてコハクに言われるがままに旅立つこととなったのだ。
コハクが提案した最初の目標は、伝説の悪魔祓いとして名高かった父メノウの古くからの知り合いであるという人物を訪ねてみようということだった。
そうして二人は旅立った。



「うん、今日も綺麗だね、ヒスイ」
まだ日も高くないうちから二人は身支度を始めた。
ヒスイが身に着けるものを選ぶのはコハクの最大の楽しみであり、ヒスイの長い銀の髪を結うのもコハクがやるといってきかなかった。
コハクは上機嫌でヒスイの髪を梳いている。
「あと少しで城下町に着くから身綺麗にしないとね」
「・・・どうせならまとめて上にあげてしまって」
ヒスイは少し沈んだ声で言った。
「どうして?こんなに綺麗なのに・・・」
コハクは不思議そうな顔をした。
「目立つの嫌なの」
ヒスイは軽く吐き捨てるように言った。
「色々めんどくさい」
銀の髪はこの世界では希少だ。
その美しさに見とれる視線や、好奇心に満ちた視線、人々の様々な思惑を含んだ視線にさらされるのがヒスイは苦手だった。
「なんかイヤなのよね・・・」
ヒスイは再び呟いた。
コハクはそれに関しては何も言わず、ヒスイの頭を軽く撫でた。
「じゃあ、今日はアップにしようね。大丈夫、ヒスイは何でも似合うから」
「・・・で、まだ終わらないの〜?」
ヒスイの髪を結った後、コハクは袋の中から様々な装飾品を取り出した。
指輪、ブレスレット、ネックレス・・・宝石、鉱石の類をメインに細かく細工したものばかりでどれも装飾に凝っている。
「またこれつけるの?お兄ちゃんも好きだねぇ・・・」
「あのね、ヒスイ。石にはね、色々な力があるんだよ。魔よけの効果があったり、力を増幅してくれたり、なかには精霊や魔獣をその身に宿しているものもあるんだよ。ただ綺麗なだけじゃないんだ。だからこそヒスイにはいつも身に付けていて欲しいんだ。兄ゴゴロってやつ。わかってね」
コハクは軽やかに笑った。
そう言われてしまうと、ヒスイは何も言い返すことができなかった。
結局いつものとおりされるがままになっている。
「よお〜し!できた!!今日も完璧!!」
コハクは満足そうに言った。
(あぁ、もう何でもいい・・・早く開放して〜!)
ヒスイは思った。しかし口には出さなかった。



そうして数キロ先の町に二人が到着したのは昼過ぎのことだった。
空には雲ひとつなくどこまでも青く澄み渡っていた。
町は大いに賑わっていた。城下町のため当然といえば当然だがどこかお祭りムードが漂っている。
その理由はすぐ明らかになった。
「あ!見て!ヒスイ!!この立て札!!ええと・・・なになに・・・第一回城下町美人コンテスト、優勝者には王家より賜ったロザリオが贈呈されます・・・」
ヒスイは嫌な予感がした。
案の定コハクはヒスイに言った。
「ね?ヒスイちゃん、出てみない?」
ヒスイを見る目がキラキラと輝いている。
「イヤ」ヒスイはツンと横を向いた。
「ヒスイ〜。頼むよ〜。お兄ちゃんのお願い聞いて」
コハクは回り込んでヒスイの目の前で両手を合わせた。
「・・・でもやだ」
その言葉にコハクはがっくり肩を落とした。
しかしすぐに立ち直って「とりあえずロザリオを見に行こう!」とヒスイを誘った。
「うん。まあ見るだけなら・・・」
(お兄ちゃんってやたら立ち直り早いよね・・・。いつも思うけど)



ヒスイはコハクの後に付いてロザリオが展示されているという宝石店のウインドウを見に行った。
ウインドウの周りには人だかりができていた。
いたるところからロザリオを賞賛する声が聞こえる。
「!!あれは・・・!」
コハクは遠目から一目見た途端、急に真剣な顔つきになった。
「どうしても手に入れなないと・・・」
「え?」
ヒスイはコハクの言葉をよく聞き取れなかった。
「・・・よし!僕が出よう!」
「はぁ〜っ??」
いきなりの兄の出場宣言にヒスイは目を丸くした。
「なに、女装の一つや二つ、可愛い妹の為ならば!!喜んでやるよ、僕は!」
コハクは声高らかに言った。
「ええ〜っ!?」
(どうしてそうなるわけ!?私別にロザリオなんていらないのに・・・)
ヒスイは呆れてそれ以上何も言えなかった。
(まあ、お兄ちゃん顔綺麗だし、背高いけどごつくないし、どことなく中性的・・・というかむしろ女性的だし、ひょっとしたらいけるかも!?)
ヒスイがそんなことを考えているのをよそにコハクは言った。
「必ず優勝してあのロザリオを手に入れるから。そうしたらちゃんと付けてね。約束だよ」
「もう、何でも勝手に決めちゃって・・・お兄ちゃんって結構強引だよね」
ヒスイは更に呆れた声で言った。
「そ、そうかな・・・でも兄として・・・ブツブツ」
「まあ、面白そうだからいっか。頑張ってね!!お兄ちゃん!!」
「任せといて。自信はあるんだ」
コハクはヒスイに微笑んでみせた。
確かにそれは他では見られないほど美しく華やかな笑顔だった。
(コンテストは明後日・・・さてどうなることやら)
ヒスイは俯きながらにやりと笑った。
(何だか楽しくなってきだぞぉ♪)
そして二人はコンテストに向けての準備をすべく町の雑踏の中へと消えていった。





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