カーネリアンはアジトへ戻ると言って、鍵を受け取った後すぐ屋敷をでた。
「これでも上に立つ身なんでね、色々と忙しいのさ」
屋敷にはヒスイとコハク、そしてシンジュが残った。
シンジュは何やら機嫌が悪いらしく、ヒスイのロザリオの中へ戻ってしまった。
屋敷はヒスイとコハクの二人きりになった。
その夜・・・ヒスイはコハクを散歩に誘った。
月の明るい夜だった。
二人は手を取り合って、誰もいない村の中へと繰り出した。
「これが初デートだね。もっとおしゃれしてくれば良かったかなぁ」
ヒスイはコハクの手を引きながら少し先を歩いた。
「綺麗だよ。ヒスイはいつでも」
コハクは当たり前のように言った。
「だとしたらそれは、恋してるからだよ。お兄ちゃんに」
ヒスイはくるりと振り返り、無邪気に笑った。
「ヒスイ・・・」
「ねぇ、お兄ちゃん」
「私ね、お兄ちゃんと両想いになれて、嬉しいの」
「嬉しいの、すごく」そう、繰り返す。
「僕もだよ」と、コハク。
「だったら――」
ヒスイはまっすぐコハクを見上げ、言った。
その喜びを、悲しみに変えないで。
「せっかく両想いになれたのに。これで終わり、なんてこと、ないよね」
たとえ離れ離れになったとしても。
「私は・・・」
この喜びが、ずっと続くって、信じてる。
「だからちゃんと知っておきたいの。お兄ちゃんのこと」
「・・・わかった。話すよ」
「さて、どこから話そうか」
二人は広場の噴水の縁に並んで腰掛けていた。
「お兄ちゃんが召喚されたあたりから」
「・・・ヒスイは、本物の天使を見た事がないと言っていたね。実は・・・ここにいるんだ」
「え・・・?」
一枚の壁画のような情景だった。
コハクの背中から金色に輝く大きな羽根が二枚、服を突き破って現れた。
「あ・・・・・・」
ヒスイは美しさに見とれて声もでなかった。
「ヒスイなら触っても平気だよ。あの部屋に落ちていた羽根とはもう違うから」
コハクはヒスイの肩を羽根で抱くように包み込んだ。
大きな羽根はヒスイの姿をすっぽりと覆い隠してしまった。
ヒスイは言われるがままコハクの羽根に指を伸ばした。
「・・・綺麗・・・」
ヒスイは一本一本の羽根が放つ金色の光の中にいた。
「本当に・・・触っても・・・痛くない・・・」
その瞬間、ヒスイの頭の中でひとつのパズルが組みあがった。
「まさか・・・お兄ちゃんの紋様・・・んっ」
ヒスイの言葉をコハクが遮った。強引に唇を重ねて。
「私とおな・・・んんん・・・」
ヒスイが話を続けようとする度コハクは容赦なく口を塞いだ。
「おとうさ・・むぐ・・・」
「代償は・・・むぐむぐ・・」
ヒスイは必死に口を動かしたが、思うように喋れなかった。
「もしかして・・・訊かれたく・・・ないの?」
「うん」
コハクは素直に頷いた。
「・・・わかった。じゃあ、これは訊かない」
ヒスイは少し息を乱しながら言った。
「ごめんね」
「いいよ」
全く気にならないと言えば嘘になる。けれどヒスイは詮索好きなほうではなかった。
すぐに気持ちを切り替えて話を続ける・・・。
「禁忌・・・強き者・・・金色の・・・」
ヒスイは父の走り書きを思い出した。
「よく調べたね。そう。それ僕のことだよ」
コハクも再び話しだした。
「本来は召喚されない生き物なんだ、僕は。だけどメノウ様の力が強くて・・・かなり無理矢理呼ばれた」
コハクは昔を懐かしむように夜空を見上げて笑った。
「禁忌だったんでしょ?」
「うん。でもメノウ様は禁忌破りで有名だったんだ。禁忌なんてものはみんな俺が破ってやるって、全然気にしてなかったよ」
「・・・自信家だったのね」
「うん。まぁ」
「それでお兄ちゃんは何年契約したの?お父さんと」
「20年」
「・・・お兄ちゃんが召喚されてから私が生まれるまでどのくらい?」
「1年と半年ぐらいかな」
「・・・じゃあ・・・」
「うん。たぶんあと半年・・・ない」
コハクは静かに瞳を伏せた。
(あと・・・半年・・・)
ヒスイが難しい顔をする。
「・・・契約は誰とでもできるわけじゃ、ないんだよね?」
「メノウ様ぐらいの・・・神がかり的な天才じゃないとたぶん・・・」
「・・・そう」
「・・・20年僕をここに留めておくには膨大な魔力が必要なんだ・・・。色々制約があって・・・。尋常では考えられない程の魔力を使う。たぶん最高クラスの魔道士が1000人集まっても足りない」
「1000人!?それでも足りないの!?」
ヒスイは悲鳴にも似た声をだした。
「うん。だから・・・」
コハクはその先の言葉に詰まった。
「だから・・・僕にできることは・・・ヒスイを守り育てることだけだと・・・思ってた。そう自分に言い聞かせてきた・・・。契約が切れる前にヒスイにいい相手を見つけて・・・それで・・・」
「馬鹿」
ヒスイは心底呆れた表情で言った。
「そんなこと考えてたなんて」
「自分でもそう思うよ。気が付いたらどうしょうもないくらいヒスイのこと好きになってて、オニキスに嫉妬するわ、その勢いでヒスイにせまるわで、もう自分でも何が何だか。思っている事とやっている事があまりにも違っていて、自分でも可笑しくなっちゃったよ」
コハクは吹っ切れたように笑った。
「ホント・・・馬鹿ね」
コハクが顔を上げるとヒスイが正面に立っていた。
指で耳の後ろに髪をかけ少し困ったように笑うヒスイはとても大人びてみえた。
「だけど・・・好き。そんなお兄ちゃんが好きなの」
ヒスイはコハクの肩に腕をまわし額にキスをした。
そしてその額に自分の額をコツンと合わせた。
「私も同じくらい馬鹿。ガーネットにやきもち妬いた・・・。お兄ちゃんとは兄妹なのに、誰にも取られたくないって思って・・・」
血の繋がりを否定する“何か“を探していた。
「・・・ヒスイ、キスしていい?」
「何で今更そんなこと訊くの?当たり前じゃない。私は、お兄ちゃんのものだよ」
二人はどちらからともなく唇を寄せ、長いキスをした。
『お兄ちゃんも私も・・・心に嘘がつけなくて良かったね・・・』
‖目次へ‖‖前へ‖‖次へ‖