ヒスイ達はオパールの家に招待された。
オパールの家は木でできた大きなロッジだった。
とても簡素な作りだったが部屋数は多かった。
けれどもヒスイはコハクと同じ部屋に泊まると言い張り、一番端の部屋を借りることになった。


「はあ〜っ・・・疲れた・・・」
「いい戦いだったよ。お疲れ様」
コハクはヒスイを労いながらシンジュをベッドに寝かせた。
「お兄ちゃんかシンジュ、いつもどっちかが寝てる」
ヒスイは冗談混じりに言った。
「確かに」
コハクは軽く微笑んだ。
「・・・ついにきたね、ここまで」
ヒスイは静かな声で言った。
「うん」
「ここで何かが変わるといいね」
ヒスイは窓辺に立ち、祈るように両目を閉じた。
「ねぇ、ヒスイ」
「なあに?」
ヒスイはゆっくり瞬きしながらコハクを見た。
「今度会えた時でいいから・・・僕のおよめさんになってくれる?」
コハクは鮮やかな菫色の瞳にヒスイの姿をしっかり捉えて言った。
「うん。なる。今すぐでもいいよ」
「ありがとう」
コハクは照れ臭そうに笑った。
「ここが教会ならよかったのにね」
ヒスイも嬉しそうに笑った。
「あ、でもヴァンピールが教会っていうのもおかしいかな?」
「そんなことないよ。ウエディングドレス、似合うよ、きっと」
コハクは後ろからヒスイの腰に両手をまわした。
ヒスイはコハクの胸に背中をあずけた。そのまま二人はしばらく幸せに浸った。
「あ、そうだ。じっとしてて、ヒスイ」
「うん?」
コハクはヒスイの耳に付いていた翡翠のピアスを外した。
そして自分の耳から琥珀のピアスを外してヒスイの耳に付けた。
「あ・・・。これ・・・」
ヒスイは琥珀のピアスに触れた。
「うん。交換ね」
コハクは翡翠のピアスを付けながら言った。
「じゃあ、次は誓いのキスだね」
ヒスイはとろけそうな笑顔で言った。
お互いの手を取り合い二人はキスをした。一回・・・二回・・・三回と何度も唇を重ね合う・・・。

バンッ!!

いきなり部屋のドアが開いた。
ヒスイもコハクもキスの途中のまま固まった。
そのまま視線だけドアの方にやると、そこにオニキスが立っていた。
「コハク。オパールが話があるそうだ。さっさと食堂にいけ」
「・・・邪魔したな」

バンッ!!

オニキスは来た時と同じように大きな音でドアを閉め出ていった。
「・・・いいとこだったのにね」
ヒスイは残念そうに呟いた。
「続きはまたあとでね」
「うん!」
「じゃあ、ちょっと行ってくるから」



「初めまして、かしら。メノウの右腕さん」
「元、ですよ」
コハクは肩をすくめた。
「こちらこそ初めまして。メノウ様のお姉さん」
「全く血は繋がっていないけれど」
オパールも同じように肩をすくめた。
コハクは食堂でオパールと対峙した。
「ヒスイ・・・成長したわね。これから修行を積めばきっと素晴らしい精霊使いになるわ。精霊の扱い方はまだまだ未熟だけれど、何より精霊といい関係を築いているわ」
「驚いたでしょう?メノウ様にそっくりで」
「ええ、そうね」
オパールは軽やかに笑い、少し間を置いてから言った。
「あの子・・・貴方が成人させたのね。かなり事情が違ってきているみたいだけれど?」
オパールは厳しい目をしてコハクと・・・コハクの耳のピアスを見た。
コハクは臆することなく、堂々とためらいもせず答えた。
「はい。ヒスイと将来の約束をしました」
「!!貴方、一体何を考えて・・・!!」
「メノウ様にも言ってありますよ、18年前。ヒスイが僕を選んでくれたら、その時はいただきますからって。誰がお前なんかにやるもんか!って怒ってましたけど」
コハクはそう言って苦笑し、それから研ぎ澄まされた静かな声で言った。


「・・・メノウ様、死んでいませんね?」


「・・・・・・」
「それこそがあなたがここで番人を続ける理由。違いますか?」
「・・・彼は生きてはいないわ」
「だけど死んでもいない。もっとも・・・ヒスイやシンジュはメノウ様が亡くなってしまったものと思っていますが。・・・僕もただで消える気はありませんから。これでも戻ってくる気満々なんですけどね」
コハクは爽やかに微笑んでみせた。
「ヒスイにはしばらく寂しい思いをさせるかもしれませんが、可能性がゼロじゃない以上、僕もヒスイも諦めません」
「噂では聞いていたけれど・・・貴方、本当に人間臭いわねぇ・・・。しかも随分と前向きなのね・・・貴方達って」
オパールは呆れたように言った。
「僕だって迷いましたよ。だけどやっぱり愛おしくて。いつか別れがくる前に、これくらいはいいだろう。これくらいは・・・と思っているうちにここまできてしまいました。自分でもあまりの愚かさに驚いています。ホント馬鹿ですよねぇ」
コハクはとても綺麗な横顔に自嘲的な笑いを浮かべた。
「・・・で、開き直った・・・と?」
「まぁ、そういうことです。こうなった以上、しっかり責任とらないと」
「それは見上げた心意気だこと」
「ヒスイがね、両想いの喜びを教えてくれたんです」
瞳を閉じれば、いつでも鮮明に思い出す――
月夜に浮かぶ美しいヒスイの姿。
ふたり手を繋いで歩いた道。


“その喜びを、悲しみに変えないで”

“この喜びが、ずっと続くって、信じてる”


「ヒスイは、僕との未来を信じてくれている」と、コハク。
「そして僕も、ヒスイとの未来を信じているんです」
それまで呆れた顔をしていたオパールも、表情を柔らかくしてふっと笑った。
「すっかりノロケられちゃったわぁ。貴方達がどこまでやれるか見てみたい気がしてきたもの」
「ご期待にそえると思いますよ」
「強気ね」
コハクは「ええ」と笑って返事をした後、自ら話を切り出した。
「そろそろ本題に入りませんか?僕もメノウ様には早いとこ復活してもらわないと困るんで。もうあまり時間もないことですし」
「そうね。あなたの力が必要だわ・・・」



コハクは食堂から戻るなり意識を失って倒れた。
(・・・いよいよだ)
シンジュは、泣きべそをかきながらコハクを介抱するヒスイの姿を見守った。
ヒスイは片時もコハクの傍を離れず、コハクの手を握り続けた。
コハクは丸一日ぴくりとも動かず眠り続けたが、翌朝早く目を覚ました。
「お兄ちゃん!!!」
ヒスイはコハクに飛びついた。
「・・・大丈夫だよ、ヒスイ」
コハクはヒスイの体をしっか受け止めた。
「・・・私、諦めないよ。その時がきても・・・また会えるって信じてる」
「うん」
「オパールさんのところに相談しにいこうよ、ね?」
ヒスイはコハクの顔を覗きこんで言った。
「うん。でもその前に・・・」
「?」
「名前で・・・呼んで」
コハクは瞳を伏せてヒスイの手をとった。そしてその甲にキスをした。
「あ・・・こら・・・。くすぐったい・・・」
そのまま頬に・・・首すじに・・・コハクは口づけを繰り返した。
「してる間だけでいいから」
「す・・・するの?朝だけど・・・」
ヒスイは頬を紅潮させて聞き返した。
「うん。したい。だめ?」
「・・・いいよ」


ヒスイはとても愛らしく微笑んでコハクを受け入れた。
「ん・・・おにいちゃ・・・」
コハクはヒスイの唇をキスで塞いだ。
「名前で、呼んで」
「う〜っ・・・」
頬を赤く染めて唸るヒスイの口元から小さな牙がのぞく・・・。
「コ・・・コハクっ!」
「うん」

コハク・・・コハク・・・

ヒスイは何度もコハクの名を呼んだ。
(ずっと一緒にいたいよ・・・。離れたくない。離れられないよ・・・。どこでもいいから・・・私も一緒に連れていって・・・コハク・・・)






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