魔界。洋館。食卓。

「ア〜、美味しいですネ〜・・・」
サファイア、トパーズ、コハク、ヒスイ。
四人でテーブルを囲む。
「コレ、どうやって作るんですカ?」
今日の食事当番はコハクだった。
共同生活における3交代の食事当番。

・・・ヒスイは含まれない。

サファイアとコハクは料理好きでいつも凝ったものを作る。
トパーズはシンプルでも味の良いものを作る。

・・・ヒスイは食べるだけだ。

「ちょっと手間がかかるんだけどね、材料は・・・」
食事の時間は主にコハクとサファイアの料理対談が続いた。
その傍らでヒスイが舌鼓を打つ。
4人の関係は意外なほど上手くいっていた。
「・・・それデ、アチラの方ハ」
「順調だよ」
食後のコーヒーを飲みながら、コハクとサファイアが静かに言葉を交わす。


「ア!ヒスイサン、体を冷やしてはダメですヨ」


窓辺の揺り椅子に腰掛けて眠るヒスイ。
窓が開けっ放しになっている。
サファイアは窓を閉め、ヒスイのお腹に毛布をかけた。
いつしか“お母様”ではなく、名前で呼ぶようになっていた。
「・・・君が僕の宝を大切にしてくれるなら、僕も君の宝を大切にしよう」
礼を述べる代わりにコハクがそう言った。




翌朝。

「次が最後の仕事だから。くれぐれも無理はしないようにね」
コハクはヒスイに言い聞かせた。
「え〜?これで終わりなの?」
まだまだやれる!と、ヒスイが背伸びをして主張する。
「だ〜め」
宥めるように甘いキス。
「・・・気をつけて。たぶん・・・待ち伏せされてる」


マーキーズ。最後の都市。


過疎化が進み寂れた街だった。
荒廃したウエスタン風で、緑はサボテンのみ。風が吹けば砂煙が巻き上がる。
「マーキーズにこんな場所があったなんて」
「ここはガラの悪い輩が多い」
賞金稼ぎの集まる酒場。銃の早撃ち。保安官。西部の風景そのもの。
トパーズとヒスイは偵察がてら街中をうろついていた。
頭から古びた布を被り、銀の髪を隠して。
かなり怪しい二人組だった。
「もともと人口が少ないのよね?」
「・・・そうだ」
「に、しても誰もいないわね」
「・・・先手を打たれた、ということだな」
「え?」
「・・・この街のどこかにジジイ連中が潜んでいるはずだ」
「ふぅ〜ん・・・住民を先に避難させられちゃった訳ね」
誰もいない酒場のカウンター席でヒスイが足をブラブラさせている。
「どうしよっか」
「どうもしない。要はマーキーズが無人になればいいだけの話だ」
「そうなの?何で?」
「・・・知るか」
二人ともコハクの指示で動いているだけだ。
「あっ!コーラがあるよ!飲む?」
店主がいないのをいい事に店の冷蔵庫を勝手に開けるヒスイ。
「酒はないのか」
トパーズまで店を漁り始めた。
「お酒!?未成年が何言ってるの!?だめ!だめ!コーラにしなさい!」
大人ぶるヒスイがコーラの瓶を無理矢理トパーズに握らせた。
「お兄ちゃんには内緒ね。虫歯になるからって、昔から飲ませてくれないの。炭酸ジュース」
ヒスイにとっては滅多にありつけないご馳走だった。
「いただきま〜す!」

ごく。ごく。ごく。ぷは〜っ!!

美味しかった。
トパーズも気に入ったらしく、2本目を飲んでいる。
誰もいない街。ゴーストタウンでやりたい放題・・・二人は楽しい時を過ごした。


「いい天気〜」
トパーズと散々コーラを飲み交わした後、外の空気が吸いたくなってヒスイは店の外へ出た。
「ヒスイ・・・」
「あ・・・オニキス」
ありきたりな出会い。敵同士の筈なのに・・・緊迫感がない。
しかし、流石に空気は気まずかった。
「・・・お父さんは?」
「他を探している」
「そう。じゃあ、血飲んどく?」
ヒスイがオニキスを見上げる。
「しばらく飲んでないでしょ?一時休戦って事でどう?」
相変わらず唐突。
「トパーズは・・・」
今度はオニキスが訊ねた。
「中でコーラ飲んでる。なんか気に入っちゃったみたい」
くすくすと笑う・・・愛らしい笑顔。
ピンクの薔薇模様のワンピースがとても良く似合っていた。
専属スタイリストであるコハクに手抜きはない。
例え妊婦でも。
「・・・・・・」
信じられないほどお腹が大きくなっていた。
(これは・・・どういうことだ・・・)
不可解な現象に内心首を傾げるオニキス・・・。
「・・・こっちへ」
ヒスイを店の裏手に連れ込む。


そこで突然・・・抱き締めた。


「オニキス?」
「・・・逃がさない」
「!!離して」
腕の中でヒスイがもがく。
「・・・お前は自分のしようとしていることがわかっているのか?」
「わかってるわよ!“世界”を敵に回してることぐらい!」
じたばたと暴れてみるが、力ではオニキスに敵わない。
両腕で更にきつく拘束されてしまった。
「・・・私だって何も考えていない訳じゃないのよ。だけど、やっぱりサファイアと同じことすると思うの。もし、同じ立場だったら・・・」
「・・・・・・」
「何かを奪うからには、何かを奪われる覚悟が必要よね。因果応報っていうの?いつか自分も殺される日がくるだろうと思いながら・・・ヒトを殺すの。そうすることでしか愛するヒトを救えないなら、私も・・・」
「・・・それ以上言うな」
ヒスイの口から出る残酷な言葉を止めたくて、強く唇を塞ぐ。
「んっ・・・!!!」

ガリッ。

精一杯の抵抗。ヒスイはオニキスの唇を噛んだ。
「・・・・・・」
血の滲む唇をそのままにオニキスが言った。
「・・・お前は城に連れ帰る。もう“銀の悪魔”などとは呼ばせない」
「別に何て呼ばれたっていい!お兄ちゃんのトコ帰るっ!離してよっ!!」
「オレ達の味方をしろとは言わない。ただ見ているだけでいい・・・」
「ちょっと・・・や・・・っ!!」
オニキスが牙を剥いた。
貧血になるまで吸ってやるつもりでヒスイの皮膚を裂く。
「やだ・・・おにいちゃん〜・・・」

ヒスイが助けを呼んだ。

「・・・・・・」
その途端、罪悪感に襲われる。
身重なヒスイから意識を奪うほど血を吸うことに最初から迷いがあった。
「・・・・・・」

連れ去りたい。連れ去れない。


「・・・返してもらいましょうか」


迷う暇さえなかった。
ヒスイの呼び声に応え、コハク参上。
現れたと同時に繰り出した拳圧で背後の壁にヒビが入った。
「お兄ちゃんっ!」
オニキスの腕を擦り抜けて、ヒスイは素早くコハクの後ろに隠れた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
睨み合う二人。
コハクを“歌”でサポートしようとヒスイが口を開く・・・
「ヒスイはもういいから。休んでて」
「でも・・・あ・・・」
ヒスイの首筋から流れる血をコハクが舐める。
唾液消毒をして・・・ぺたっ。絆創膏を貼った。
「・・・トパーズとここを離れるんだ。いいね?」
「うん・・・」



「・・・さて、久々に闘りますか」
ヒスイを見送って、コハクが不敵に微笑む。
「・・・・・・」
オニキスは黙って剣を抜いた。
「・・・何故あの女に肩入れする」
「僕が彼女と同じ立場だったら、やっぱり同じ事をすると思うからですよ」
コハクはヒスイと同じ事を言った。
「・・・犠牲の上に成り立つ生命は“悪”ですか?」
「・・・善悪の問題ではない。対価の問題だ」
「大人の判断ですねぇ」
コハクは苦笑いを浮かべた。
「あなたの言い分はもっともですが、僕には彼女の考えが間違っているとも思えない。だから結局こうなる訳です」
「・・・戦うしかないと」
「ええ、物事の善悪など曖昧なものですから」
コハクがそこまで話したところで、隣にサファイアが舞い降りた。
熾天使と堕天使が並んだ。金と黒の羽根が交差する。


「お互い、守るべきもののために。正々堂々と戦いましょう」






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