魔界。洋館。

コツン・・・と、窓が叩かれる。
コハクとヒスイの寝室は一階のいちばん奥にあった。
ベッドではヒスイが寝息をたてている。
「・・・オニキス?」
コハクは窓を開けた。
そこに立っていたのは、トパーズを背中にしょったオニキスだった。
「・・・トパーズが倒れた」
「ああ、魔力の使い過ぎですね」
とにかく中へ・・・と、コハクが迎え入れる。
意識のないトパーズを自室のベッドに寝かせ、コハクとオニキスは外へ出た。
「・・・トパーズは大丈夫なのか」
「だいぶ疲れが溜まってますね。“神の時間”の話は・・・」
「知っている」
「・・・まぁ、そういうコトです」
コハクは愛想良く微笑んで、説明を割愛した。
「・・・・・・」
「それにしてもいつからあそこに?ひょっとして・・・」
(僕等がしてるトコ見ちゃったのかな・・・)
愛し合う様を見ていたとしたら・・・同情。それしかない。
「・・・少しは自粛したらどうだ」
オニキスのコメントは遠回しに“見ていた”ことを物語っていた。
「体で愛を伝えることは、あなたが思うよりずっと大切なことですよ」
コハクは胸を張って言った。
「予期せぬ進行こそが新鮮で興奮できる!」と、セックステクニックを熱く語る。
「いつも同じではダメなんです。愛はつねに進化するものだ。そのための努力を怠ってはいけない」
「・・・・・・」
いい事を言っているような、単なるアホのような。
オニキスも判断に困る。
「しかし相手は身重・・・」
「何言ってるんですか。妊娠中でも普通にできるんですよ?っていうか今やっとかないと勿体ないです」
ひとこと言っただけで、2倍にも3倍にもなって返ってくる。
言葉での戦いでオニキスに勝ち目はなかった。
「子供は目に見える愛のカタチです。最高の愛の証だ。それを丸ごと抱きしめることができるなんて、素晴らしいでしょ?」
「・・・・・・」
「心で感じる“想い”は目に見えるものじゃない。想っているだけなら、それこそ無色透明です。だけど“想い”に色を付けることで、ちゃんと“見える”ようになるんです。そして、伝えることができる」

“想いを伝える”

「そのためにコトバとカラダがあるんです。僕はそれをフル活用してる。あなたは・・・どうですか?」
事情を知っているくせに聞いてくるところが、相変わらず底意地悪い。
「・・・・・・」
「想いを彩る・・・そんな日があなたにも訪れることを祈っていますよ。っと、そろそろここの主が戻ってくる頃かな」
「・・・そのようだ」
近付くサファイアの気配を察し、オニキスはコハクに別れを告げた。
「次に会う時は敵同士ですね」
そう言って、コハクは爽やかに手を振った。
「・・・最後にひとつ聞きたい」
「?何ですか」


「お前が・・・ヒスイの次に選ぶものは、何だ」





5日後・・・訪れた決戦の朝。

にも関わらず、魔界の洋館ではごく普通の朝の光景が繰り広げられていた。
食卓に並ぶ朝食。本日の当番はコハクだ。
甘さ控え目のパンケーキをメインに、ポーチドエッグの野菜添え、ヨーグルト、そして目覚めの一杯。
朝はヒスイの好みに合わせ、全員でミルクティーを飲む。
毎朝ヒスイに叩き起こされ、朝に弱いトパーズもなんとか朝食を口にした。
しかし・・・半分寝ている。
トパーズは虚ろな目で、ぼろぼろ食べこぼした。
母性本能をくすぐられたヒスイが何だかんだと世話を焼く。
そこでコハクがムッ。
なんとか自分もヒスイの気を引こうと躍起になる。
それを見てサファイアが笑う。


いつもと変わらない朝。
「じゃあ、8時頃出発ということで」
コハクが言った。
緊張感はまるでなく、どこかへ遊びにでも行くようなノリだ。
「オッケーでス♪」
サファイアはシャワーを浴びると言って、食卓を離れた。
大好きなミルクティーを飲んで、ほんわかしているヒスイ。
食べ終えたと同時に突っ伏して、二度寝に入るトパーズ。
片付けを終えたコハクは洋梨を剥いてヒスイに食べさせた。
モグモグと口を動かすヒスイの頭を優しく撫でる。
「いっぱい食べて、しっかり栄養とってね」
「うん〜」
それにしても・・・と、ヒスイが話を続ける。
「もぐもぐ・・・今日が本番なんて信じられないね」
いつもならこういう場面では必ずと言っていいほどメンバーから外されていた。
だが、今回は違う。ヒスイの表情は明るかった。
「不本意ではあるんだけど・・・ちょっとだけ力を貸してくれる?」
「ん!」
「・・・よし。そろそろ歯を磨いて着替えよう」
ヒスイの額にキスで合図。
「うんっ!」
ヒスイは席を立って洗面所へと向かった。


「・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
拳で語る父子。
体を張った喧嘩は多いが、コハクとトパーズの会話がマトモに成立することはあまりない。
大抵はコハクが一方的に話して終わる。
「今日の“主役”だからね」
「・・・・・・」
「キツかったら正直に言って。黙ってちゃ、わからないでしょ?」
「・・・・・・」
トパーズは顔を伏せたまま動かない。
「いつまでも寝たフリをする気なら・・・」
「・・・・・・」
「・・・三つ編みしちゃうよ?」
コハクの指が銀の髪を掴む。
いつもなら拳を振り上げるか、ナイフを突き立てるか、だ。
これにはトパーズも驚き、ガバッと顔を上げた。
「おはよう」
改めてコハクが挨拶をする。
「・・・ナメてもらっちゃ困るな。僕がどれだけ“神”と一緒にいたと思ってるの?」
「・・・・・・」
「“神”の能力については、たぶん君より知ってる」
「・・・何を企んでいる」
トパーズがはじめて言葉を返した。
コハクは天使の微笑みでトパーズの顔を覗き込んだ。
「・・・そのチカラ、僕に預けてみない?」




人間界。

無人のマーキーズに現れた4人。
先頭はサファイア。次にコハク。ヒスイと手を繋いでいる。その後ろにトパーズが控えていた。
「さテ、それでハ、はじめまショウ♪準備はイイですカ?」
サファイアの視線はトパーズに向いている。
「・・・・・・」
“神”の出番。臨戦態勢。
トパーズは煙草を投げ捨てた。
火は付いていない。したがって煙も出ていない。
ただ、銜えていただけのものだ。が。
「あっ!煙草のポイ捨てはだめよ」
ヒスイが諫める。
「携帯灰皿を使って。はい」
どこから取り出したのか、ヒスイは携帯灰皿をトパーズに押し付けた。
「・・・・・・」
トパーズは黙って煙草を拾った。

・・・仕切り直し。

「さテ、それでハ、はじめまショウ♪準備はイイですカ?」
サファイアが同じ言葉を繰り返した。
「まずは余計な見物人を一掃しておこう」
コハクが提案すると、トパーズとヒスイが動いた。
「チラホラ来てますネェ。他国の偵察隊ガ」
「脅しをかけてあるから、手出しはしてこないはずなんだけどね」
子守歌/凍結/送還。“銀の悪魔”が手際良く人間を駆除してゆく。
「そこまでだっ!!」
シトリンの声が響いた。
その姿はやっぱり猫だ。威嚇のため毛が逆立っている。
「え?シトリン???」
「・・・・・・」
ヒスイだけはシトリンが猫になった経緯を知らなかった。
思いっきり首を傾げる。
トパーズは隣で完全黙止していた。
「・・・下がっていろ」
オニキスがシトリンの前に出る。
今、敵として立ちはだかるのはこの二人だけだった。
メノウとジンの姿はない。
「くっ!ジンと祖父殿はまだかっ!!」
4人の悪行を阻止しようと、シトリンが熱く吠える。
逆にオニキスは静淑・・・そして言った。
「落ち着け。あいつらと戦うつもりはない」
「何を言っている!!!このままでは世界が・・・!!」
「・・・・・・」
瞳を伏せ、魔界でのコハクの言葉を思い出す。




「ヒスイの次に選ぶもの?そんなの決まってる」
軽やかに笑うコハク。
両手をジーンズの後ろポケットに入れるのは癖らしかった。



『・・・ヒスイの次に選ぶのは、“ヒスイが生きる世界”です』






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