郊外にあるジンの家を目指してゾロゾロと歩く。
ことごとく美形が連なる一行。
街中を早足で通り過ぎるも、注目の的だった。
羨望の眼差しをかいくぐり、教会の前へと差し掛かると、そこにはたくさんの人が集まっていた。
「マーキーズハ信心深い国ですカラ、復活ヲ喜んデ、“神”に祈りを捧げているのデス」
サファイアがトパーズの耳元で解説した。
「“神”ハここにいるノニ。何だカ滑稽デスネ」
神に祈りを捧げる人々は一行に目もくれない。


「おぉ・・・神よ!」
「我々をお救い下さった!!」


「・・・・・・」
その“神”に氷付けにされていたのだ。
少々不憫にも思えてくる。
「これカラ、どうするんですカ?カミサマ」
からかうようなサファイアの口調。
“神”として生きる。
トパーズにはその選択肢もあった。
「世界ニ君臨しますカ?チカラを解放すれバ、アナタの都合の良いようニ世界ヲ創り変えることぐらイ簡単でショウ♪」
「“神”ほどくだらない仕事はない」
そっぽを向いたまま、全く興味がない、と一蹴。
「行動には必ず矛盾が伴う。神として世界中の人間の望みを片っ端から叶えてやったとしても、すべての人間が幸せになることはない。世界はそういう風にできている」
男女の三角関係が良い例だ、と思う。
「・・・・・・」
(目の前の苦しみさえ、救ってやることができないのに)
少し先を歩くオニキスの背中。
隣にヒスイが並ぶことはない。
(・・・何が“神”だ)



ポケットから取り出した小瓶を夕日に翳す。
中には、試験管から移し替えたヒスイの細胞が入っていた。
(全く同じ命など“神”でも創り出すことはできない)
「“ヒスイを超えるヒスイ”。そんなものは幻想だ」


父上はヒスイ以外愛さない。
父上は今のヒスイ以外愛さない。


同じ気持ちを味わって、初めて気付く。
「・・・結局オレは何がしたかったんだろうな」
「ソレ、持ち歩いていたのデスカ?」
「・・・・・・」

ボッ!

サファイアの発言を合図にトパーズの右手が光を放つ・・・。
そして、神火と呼ばれる青白い炎で小瓶ごと跡形もなく消し去った。
「ア〜ア、苦労してトッタノニ〜・・・」
「・・・・・・」
「愛ト憎しみハ表裏一体〜♪愛ガ憎しみに変わるのモ、憎しみガ愛に変わるのモ、一瞬デス〜♪」
歌うようなサファイアの声。
瞳を閉じて聞いている、トパーズの横顔。



『今、アナタの中にあるものハ、憎しみですカ?愛ですカ?』




教会から遠ざかり、祈りの声も聞こえなくなった。
「“何もしない”それがオレの考える“究極の神”だ」
オニキスの後ろ姿を見つめながら、トパーズはそう断言した。
矛盾を生み出すくらいなら。
神など必要ない。
「それぞれが思い描く神に、勝手に祈って、勝手に失望すればいい」
「・・・それでモ人ハ、神ヲ信じルのデスヨ」


「う゛ぇっ・・・」
サファイアの腕の中で赤子がぐずる。
「・・・擬人化させたのか」
「エエ、人間界デハ、コチラのほうが何かト都合が良いですカラネ」
「・・・流石にわかっているな」
にこっ。
「“息子”として大切に育てマス♪」
「・・・・・・」
赤ん坊の額にキスをするサファイア。
トパーズは無言で一枚の紙を差し出した。
「何ですカ、コレ?」
「紹介状だ。モルダバイト城で働け。給料も悪くない」
「あ・・・」


「ジンくんっ!君ん家貸して!!」


別れたはずのコハクの声がサファイアの言葉を遮った。
上空からバラバラと金色の羽根が降り注ぐ。
そして、慌てた様子のコハクが姿を現した。
腕の中ではヒスイが苦しんでいる。
「産まれそうニャノカ!!」
シトリン・ジン・メノウ・オニキスが一斉にヒスイの周囲へ集まった。
「ジン、お前の家まであとどれくらいだ?」
オニキスが質問する。
「えと・・・徒歩で30分ぐらいかと」
「・・・・・・」
一度行ったことのある場所でないと移動の魔法陣は使えない。
何を“乗り物”にするか・・・
皆、出産には立ち会いたい。抜け駆け禁止。全員で移動する策を講じる。
「私が何か呼びましょうカ?」
そこでサファイアが名乗りをあげた。
トパーズ同様、魔物を召喚できるサファイア。
力を使い果たしたトパーズに変わり、召喚術を使ってもいいと言う。


<盟友サン、イラッシャ〜イ!>


片手で赤子を抱き、上空へ手を翳す。
<早ク来てクダサ〜イ!鳥の王ガルーダ!>

バザッ・・・

夕日を遮って巨大な鳥が現れた。
神の乗り物とも言われる神鳥ガルーダ。姿は鷹に似ている。
「皆サン乗ってクダサイ〜。飛びますヨ〜」
サファイアが舵を取り、一行は飛び立った。



新たな命との邂逅はすぐそこまで迫っていた――




深夜。

「ジン?泣いているのか??」
赤ん坊の泣き声が充満する部屋から出てきたジンが鼻を啜る。
隣の部屋ではシトリンがソワソワしながら待っていた。
「あ・・・うん。ちょっと感動しちゃって」
涙もろいジン。何かとよく泣く。
勢いでヒスイの出産に立ち合ってしまったが、貴重な経験をさせてもらったと思う。
一方シトリンはうまく化けることができず、猫のまま外で待たされる羽目になった。
「で?で?弟か!?妹かっ!?」
「全員弟だよ」
「全員?一体何人産まれたんだ??」


は〜っはっはっはっ!!


コハクのテンションがおかしい。
壊れた笑い声を響かせている。
「三つ子。しかも全員男」
メノウがオニキスに報告。
出産に使われた部屋は最も広い客間で、ベッドルームとリビングに分かれており、設備もしっかり整っていた。
医師免許を持つメノウと夫であるコハク、何となく巻き込まれてしまったジンの3名が直接分娩に立ち会った。
オニキスとサファイアは出来る限りの手伝いをしながらリビングで誕生の刻を待っていた。
「今からマザコンの心配してんだよ」
メノウにしてみれば可愛い孫だ。コハクの心配をよそに喜びで顔が綻んでいる。
「ヒスイは・・・」
「初めての出産ってワケじゃないし、結構余裕だったよ。今は寝てるけど」
「そうか・・・」
ホッとした表情のオニキス。
出産前ヒスイがひどく苦しんでいたので、心配で仕方がなかったのだ。
「けどさぁ、ちょっと妙なことになってて」
「妙なこと?」
「出てこないんだよ、一人」
「・・・は?」
「まだヒスイの中にいたいんだってさ。ヒスイに迷惑かけないようにするからもう少しここにいさせて、って」
「・・・・・・」
早くも波乱の予感。
流石にコハクが気の毒になってくる。
「だから見た目は元通り、妊娠前と全く変わらないけど・・・腹の中には自我を持った赤ん坊が居座ってる・・・って状態だ」
「・・・・・・」
「笑いたくもなるよなぁ」
やっぱりコハクは笑っている。完全に自棄が入った笑いだった。
「・・・父親は・・・」
オニキスの声が一段と低くなる。
「・・・知りたい?」
「・・・はっきりさせておくべきだ。責任の所在を」




「おめでとうございまス♪」
「・・・・・・」
一人屋外で煙草を吸っていたトパーズの元に、サファイアが出産の知らせを持ってやってきた。
「今のトコロ、“紅”ではありまセン。隔世遺伝で綺麗な菫色の瞳をした赤ちゃんデスヨ。早ク顔を見ニ行くべきデス。パ・パ♪」




「説明するとね、一人がトパーズの子で、あとの二人がコハクの子なんだ」
「そんなことが・・・」
驚愕の真実にオニキスの言葉が途切れる。
「一度に二人の男の子供を身籠モル・・・魔族ナラ別に珍しいことではアリマセンヨ?大抵はお腹の中で殺し合っテ、どちらか一方の血を引く子供しカ産まれまセンガ・・・仲、良いみたいデスネェ〜・・・」
サファイアが説明に加わる。
金と銀の赤ん坊はしっかりと手を繋いでいた。
無理に離そうとすると泣き喚いて抵抗する。
「父親同士が血縁ダカラですかネェ〜?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
コハクとトパーズが並ぶ。
「・・・と、いうことだから。全員僕の子供として育てるけど・・・」
サファイアの説明の後、トパーズの肩に手をかけてコハクが耳打ちした。
剣を握った時と同じ表情で、先程までの笑いは消えている。
「・・・逃げることは許さない。いいね?」
「・・・・・・」
「・・・抱っこしてあげて」
コハクが銀髪の赤子を抱き上げた。
「ほ〜ら、君の“お兄さん”だよ〜」
言葉の意味もわからない赤ん坊にそう言い聞かせ、トパーズに抱かせようとする。
「・・・・・・」
トパーズは赤ん坊に触れることなく、顔を背け、部屋を出ていってしまった。


「おい、おい、イジメすぎだろ〜・・・」
メノウが苦笑いでコハクを咎めた。
「この先のことは、たぶんアイツが一番考えてる」
「そうでなきゃ困ります。っていうか、僕の身にもなってくださいよ〜・・・」
メノウに愚痴るコハクはいつものお気楽モードに戻っていた。
「マザコン予備軍の男3人だし、一人はトパーズの子供だし、もう一人は引き籠もってるし・・・でもまぁ、可愛いから、いっか」
溜息混じりに笑って、よしよしと抱いた赤子を愛でる。
「おに〜ちゃん〜・・・」
ベッドルームからヒスイの声が聞こえてきた。
「あ、ヒスイが目を覚ましたみたいです」
銀の赤子をオニキスに抱かせ、いそいそとベッドルームへ向かう。
そして振り返り、笑顔で一言。
「名前、考えておいてくださいね、オニキス」
「・・・何故オレなんだ・・・」
「巻き込む気なんだろ」
隣でメノウがケラケラと笑っている。
「名付け親になれば、知らないフリできないもんなぁ」
「・・・・・・」
「どうする?俺が考えてもいいけど?」
「いや・・・喜んで引き受けよう」


「・・・あいつのウリはさ、顔がいいとか、口がうまいとか、そういうんじゃなくてさ、ココだよな」
と、メノウが右の胸を指した。
「・・・心、か」
「そ、心が強い。ヒスイが他の男の子供を産んでも、折れたりしないよ」
「・・・そうだな」
(むしろ心配なのは・・・)




「あ〜・・・どうしよ・・・」
(歳が近いほうが話しやすいだろうなんて王は言うけど・・・)
気まずい場面でいつも駆り出される男、ジン。
トパーズの様子を見てこいと言われた。
(17歳で父親だもんなぁ・・・しかも普通にできた子供じゃないし)
「オレだって、何て声かけたらいいか・・・あ・・・」
どうしていいかわからないまま、トパーズを発見してしまった。
公園のように整備された庭。
噴水の前にあるベンチで煙草を吸っている。
時間は午前2時。
「大丈夫・・・か」
「・・・何がだ?」
トパーズからは“話しかけるな”オーラが出ていた。
しかしこのまま引き返す訳にもいかない。
「・・・・・・」
「・・・・・・」


「・・・おめでとう」


大きく息を吸ってから、ジンは祝福の言葉を述べた。
「理由はどうあれ、やっぱりめでたいと思うから。オレは祝う!」
「・・・・・・」
「来いよ」
親指で公園の奥を指す。
鬱蒼と木の葉が茂るその先に、コンクリートの建物が見えた。


その地下。
「親父の道楽ってやつだけど」
ワインの貯蔵庫だった。
ひんやりと薄暗い空間に、プレミア物のワインが並ぶ。
その中から一本、無造作に選び取り、栓を抜く。
辛口の赤ワインだった。
「ホントは未成年に勧めちゃマズイんだけど・・・飲めるんだろ?」
「・・・・・・」
トパーズはジンに渡されたグラスを黙って受け取った。
「祝い事はやっぱりコレに限るよな、乾杯!」


そして・・・
ジンが先に潰れた。床には空の瓶がゴロゴロと転がっている。
「ぅ〜・・・ん・・・ちゃんと可愛がってやれよぅ〜・・・」
半分夢の世界からトパーズへメッセージを送る。
「・・・・・・」
(・・・つくづく人のいい男だな・・・)
「・・・シトリンとお似合いだ」




「イイモノ飲んでマスネ〜♪ワタシも仲間に入れてクダサ〜イ」
この場所をどうやって嗅ぎ当てたのか、サファイアが階段を下ってきた。
本格的に眠り込んでしまったジンのグラスを奪い取り、トパーズの隣へ腰を下ろす。
赤ん坊は連れていなかった。
「ちょうどいい。お前に聞きたいことがある」
皮肉めいた笑いを浮かべ、トパーズがサファイアを見据える。
「何ですカ?」
「・・・ガキの瞳が“紅”になる確率は?」
「・・・8割、デスカネェ」
「・・・・・・」
「“神の肉”をどう調達するカ、問題はソレだけデス」
「・・・そうだな」
「ワタシに出来るコトがあったラ、言ってクダサイネ。協力シマス・・・」
「・・・何だ?」
サファイアがじっとトパーズを覗き込む。
「意外と元気ですネ、モット凹んデるのカト」
「別に後悔はしていない」
クスクスクス・・・♪
「どうやラ、覚悟ヲ決めたようですネ〜。デハ・・・」
サファイアの知らせ。
それはオニキスが名付けた子供の名前だった。
「セラフィムのコはサルファーとスピネル。金髪のコがサルファーで出てこないコがスピネル。そして、あなたのコは・・・アメジスト、ですっテ♪」







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