(・・・一体何が起こったんだ??)
ヒスイにガミガミと怒られているコハクの隣で首を傾げる。
「いやぁ、中で出そうとすると吹き飛ばされちゃうんだよね、コレに」と、コハクがヒスイのお腹を指した。
「え?スピネル?」
「そう」
コハクの笑顔は引きつっている。
「もう何度邪魔されたことか・・・」
引き籠もりベビー、スピネル。
「ヒスイのナイト気取りなワケ?」
コハクはヒスイのお腹に向けて、文句を言った。
最も気持ちの良い行為を幾度となく邪魔された恨みは深い。
「えぇ〜ん!うぇぇ〜んっ!!」
ヒスイのお腹から響く泣き声。
「泣けば許されると思ったら・・・」
「お兄ちゃんっ!!」
ヒスイに再び怒られ、ガクリと脱力。
(なんて奇妙な光景・・・。コハクさんも苦労してるんだなぁ・・・)

思わず苦笑い。

(でも・・・幸せそうだ)



バンッ!

部屋の扉を蹴破って、隣人のトパーズが顔を出した。
メノウも一緒だ。
それぞれに銀と金の赤子を抱いている。
「時間だ。乳よこせ」
「え・・・」
状況を全く無視して、ヒスイを引きずっていくトパーズ。
(ちゃんと子育てに参加してるのかぁ〜・・・)
ホッと一安心。
(研究室で煙草をふかしてた頃より、ずっといい顔してるじゃないか)
あまりのギャップにここでも苦笑い。
(こんなこと考えちゃいけないけど・・・でも・・・・なんとなくこれで良かったんじゃないのかな・・・なんて)




本当に色々なことがあったけど。

コハクさん。ヒスイさん。メノウさん。そして・・・王。

誰かの生き方を否定したり、過ちを責めたりしない人達。

そこには寛大な愛があって。

大抵のことは笑って許してる。




「あ〜・・・なんかも〜・・・この一家大好きだ〜・・・」
無意識に声となって出る本音。
それを聞いてコハクとメノウが笑う。
「君も家族の一員だ。シトリンと一発決めておいで」と、コハク。
(娘を安売りするのはどうかと思うけど・・・)
「そうそう!ああいうタイプはさ、最初は恥ずかしがるかもしれないけど、慣れたら化けるよ」と、メノウ。
「もう化けてますけどね〜」
「ま、そうだけど」

あははは・・・

オヤジっぽいやりとりで盛り上がる二人。
「とにかく僕等は君の味方だから」
「頑張れよ!」
「はいっ!!」
心強い味方に送り出され、ジンのテンションが上がる。
(よしっ!今夜こそ!!)と、勇んで帰還。
シトリンは昨日と全く同じシチュエーションでジンの帰りを待っていた。
「ただいま」とジンが言うと、「おかえり」と答えて、「お風呂にする?ご飯にする?」と、続く。
コハクとヒスイの熱にあてられて、勢いづいていた。
ジンは、お風呂もご飯も聞き流し、真っ先にシトリンを希望した。


「シトリン」


「え?」
「シトリンがいい。とにかくシトリン。一番欲しいのはシトリンなんだ」
いつになく情熱的にシトリンの名を繰り返す。
「あ〜・・・う〜・・・そんなに・・・したいか?」
「うん。したい。こんなにしたいと思ったの、シトリンが初めてだ」
「・・・いいぞ。そんなに言うなら、くれてやる」
シトリンは全身を火照らせて答えた。
照れた上目遣い・・・色気が更に増している。
逆上せそうなほど、甘い香りを放つ極上の女。
「シトリンっ!!」
暴走する本能。ジンはシトリンを強く腕に抱いた。
「わ・・・っ」

ボンッ!!

・・・ジンの夢は一瞬で覚めた。
腕の中には、猫のシトリン。
「すまん・・・緊張すると変身が解けてしまうんだ・・・」
心底申し訳なさそうに、ニャァと鳴く。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
長い沈黙。
ジンの機嫌を伺うように、シトリンがチラチラと盗み見る。
その仕草がやっぱり可愛くて。

・・・ぷっ。

ジンが笑い出す。
「シトリン、もう一度化けられる?」


「怖がらなくていいよ。キスしかしない」


そう――まずはキスからはじめよう。





「素敵な温室だね」
ジンの温室は一年中花が咲き乱れている。
誰も入れたことのなかった温室に、初めてシトリンを連れてきた。
そして。
シトリン以外入れたことのなかった温室に、シトリンの家族を招待した。
ハーブの栽培が趣味のコハクと、その妻ヒスイ。
先日の・・・感謝と謝罪の意を込めて。
「ありがとうございます」
「・・・で?その後どう?」
「はい。おかげ様で何とか」
「そう、良かったね」
コハクが優しく微笑んだ。
シトリンに金色の髪と菫色の瞳を分け与えた父親。
「・・・ちゃんと責任取ってね」
コハクの冗談交じりの脅しに、ジンは迷いなく答えた。
「勿論です」



光差し込む温室。色彩豊かな花々に囲まれて。
12歳のヒスイと猫のシトリンがじゃれ合って遊んでいる。



「・・・世界に咲く、花」



一時も目を離すことなくヒスイを見つめていたコハクが言った。
「ヒスイという“花”は、世界にたったひとつだ」
「オレも・・・そう思います。シトリンはどんな花より綺麗だから」
一時も目を離すことなくシトリンを見つめていたジンもコハクと同じ事を言った。



愛する女性が“花”に見える者同士。



「やっぱり君とは気が合いそうだ。これからもよろしく」
「はい!こちらこそ!」
会心の笑顔で、コハクとジンは握手を交わした。





コハクさんの花は、ヒスイさん。
オレの花は、シトリン。




世界に咲く花。




オレ達は、世界でたった一輪の、自分だけの“花”に。
ありったけの、愛を注ぐ。





‖目次へ‖‖前へ‖