コスモクロア。某カフェにて。
「オレ・・・幸せすぎて死ぬかもしんない」
色めいた、ジストの溜息。
手元にある墓石のパンフレットを見て、スピネルが笑う。
「くすくす。だからって、お墓買ってどうするの」
グラスに水を注ぎ足し、しっかりして、と、激励。
「今日からママと一緒に住むんでしょ?」
その一言で、ジストの顔面が炎上する。
「あ、うんっ!鍵渡したから、たぶんもう来て・・・」
ひとり暮らしをしていたマンションに、ヒスイが居ると思うと、緊張が半端ない。
仕事終わりにこうしてスピネルとお茶をしながら、心の準備・・・という訳だ。
ところがそこで、思いがけないプレッシャーをかけられてしまう。
「ジストの方が先に卒業だね」
「へ?卒業??何を???」
「何って、童貞だよ」
(童貞卒業!?)
カフェを出て、初夜について考える。
両想いになって、初めての夜。セックスをして然り、なのかもしれないが。
「・・・・・・」(どうしても、今夜やんなきゃいけないのかな)
何十年とイメージトレーニングを積んできた。
ヒスイの姿を思い浮かべるだけで、すぐに勃起するほど、体は初夜を意識しているのだが・・・
(もったいなくて、できないよ・・・っ!!)
・・・ちなみにジストは、一番好きなおかずを最後までとっておくタイプである。
「はぁ・・・」
初夜の方針が何も決まらないまま、帰宅するジスト。
「たっ・・・ただいま・・・わぁっ!!!」
キッチンでヒスイが倒れている。
うつ伏せで右手を伸ばし・・・その先にはリンゴが転がっていた。
「ヒスイっ!!」(まさか毒リンゴじゃ・・・)※ジストはメルヘン脳です。
白雪姫の一幕を彷彿とさせる光景に蒼白になって、ヒスイの体を抱き起こす。
「ヒスイ・・・」
王子を模して、キスの態勢に入ったところで。
ぱっちり。ヒスイが自力で目を覚まし。
「あ・・・」(何やってんだろ・・・オレっ・・・!!)
我に返ったジストは、猛烈に恥かしくなった。
「ジスト?ごめん、リンゴ磨いてたら、寝ちゃったみたいで」と、ヒスイ。
両手で顔を隠し、しゃがみ込んでいるジストの肩を叩き。
「ジストに食べて貰おうと思って、はい」
「これ・・・オレに?」
「うん」
「ありがとっ!!」
驚きと感動の連続・・・受け取ったリンゴは、ぴかぴかに輝いていて。
ヒスイの頑張りが伝わってくる。
(うっ・・・ヒスイぃぃぃ・・・)
嬉しくて泣きそうだ。思わず鼻を啜る。
「ジスト???食べないの?それ、晩ごはんなんだけど・・・」
「あ、あとで食べるよっ!」
やっぱりここでも、“もったいない”と思ってしまうのだ。
「ヒスイは、腹減ってない?」
「へーき、いっぱいつまみ食いしたから」
「そっか!明日からオレが夕飯作るからっ!ヒスイは先風呂入って!」
「あ・・・うん」
そして訪れる、初夜の時間。
ひとつのベッドに男女で入る。
「ダブルベッドなんだね」
「あ、うんっ!オレ、寝相悪いからさっ!」
そうだね、と、ヒスイが笑い。会話が途切れた。
「・・・・・・」「・・・・・・」
体を並べ、天井を見るジストとヒスイ。
沈黙に焦ったジストは、つい「おやすみ」と、口にしてしまい。
「おやすみ」と、ヒスイが答える。
早くも、ひと区切りついてしまった。
(初めての夜だけど・・・しなくていいのかな?)ヒスイ、心の声。
男がどんなものか知っているだけに、一応待ってはいたのだが。
(・・・ま、いっか。寝よ)
待ちくたびれて、寝返りを打つ。ジストに背を向け、欠伸をした時だった。
「!!」(ジ・・・ジスト!?なんか匂い嗅いでる!?)
すぐ近くに、気配を感じる。
「ヒスイ」
名前を呼ばれた、次の瞬間、ジストが上に乗ってきた。
ギシッ。ジストの動きに合わせ、軋むベッド。
「え・・・ちょっ・・・」(やっぱりするの!?)
今度はヒスイが焦って。
スタンドライトに手を伸ばすが。掴まれ、握られ、阻止される。
あくまで暗闇の中で、ということらしい。
「好き」と言って、頬を重ねたあと。
うなじを舐めたり。鼻先を擦りつけたり。
(な・・・なんなの?)
犬のように甘えて、欲情をぶつけてくるくせに、先へ進もうとはしない。
どういうつもりなのかわからず、逆にヒスイが緊張してきた。
背中越しに伝わってくるジストの鼓動。移される体温。
(やだ・・・も・・・ドキドキする・・・)
パジャマ越し、じんわり汗をかいてしまう。
(するの?しないの?こういうの苦手・・・っ!!)
慣れない展開に混乱したヒスイが口を開きかけたところで。
ジストが一言。
「えっちしたら、きっと、もっと、ヒスイのこと好きになる」
「え・・・?」
「今でもめちゃくちゃ好きなのに、これ以上好きになったらどうなっちゃうかわかんない、オレ」
「あ・・・えと・・・」
ヒスイが答えに迷っていると。
ちゅっ。
頬にキスをして、ジストは潔くヒスイから離れた。
「え?え?」(結局これだけ???)
「ごめん、びっくりさせて」と、ジスト。
「ヒスイと両想いになれるなんて思ってなかったから。オレまだ、夢みてるみたいなんだ。だからいろいろ、もうちょい待って」
「い・・・いいよ、ジストのペースで」と、上擦った声を出すヒスイ。
大人ぶって言ったそばから、顔の表面温度がぐんぐん上がっていくのがわかる。
(なにこれ・・・恥ずかしいんだけどっ!!)
ジストの言動に、調子が狂いっぱなしで。
暗闇の中、ちょっとしたパニックだ。
「お、おやすみっ!!」
突き放すように、ヒスイの方から言って。ふたたび背を向ける。
こうして、静寂を取り戻すベッド。
「・・・・・・」(へんなの・・・)
頬に軽く触れただけの唇が、こんなにも余韻を残すものだなんて。
何だか、可笑しい。ヒスイは体の向きを変え。
ちょっぴり物足りない自身の唇を、ジストの背中に寄せて、目を閉じた――
翌朝、ジストが目を覚ますと。いつの間にかヒスイが腕の中にいて。
(夢じゃない・・・)額にそっとキス。
ほんの少し腕に力を込め「大好き」と、耳元で囁く。
「こんな気持ちになること、もう一生ない」
「だってオレにはヒスイしかいないんだから・・・て、あれっ?ヒスイ・・・今の・・・聞いてた?」
「・・・うん」
眠っているとばかり思っていたヒスイが頷く。耳が真っ赤だ。
顔を見られたくないらしく、ジストの腕の中、もぞもぞ動いて、隠れ場所を探している。
(うわ・・・可愛い・・・)
抱きしめると、いよいよ実感が湧いてきて。
「・・・・・・」
離してしまうのが“もったいない”。ずっとこのままでいたい。
(そうだよな・・・)
好きな人とベッドに入ったら、簡単に出られる筈がない。
「あの・・・ヒスイ・・・」
「・・・なに?」
「このまま、えっちしてもいい?」
「うん・・・いいよ」
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