メノウとアクア。
二人を除くメンバーが食堂に集まった。
手分けして船内を探し回ったが、見つからない。
「じいちゃんと寝るって言ってさ!」と、ジストが昨晩の状況を説明した。
特に珍しい事ではなかった。
夜は大抵ジストの部屋かメノウの部屋にいるアクア。
昨晩はメノウの部屋・・・103号室にいた筈なのだ。
それがメノウと共に忽然と姿を消してしまった。
102号室のコハクとヒスイも、104号室のトパーズも異変には気付かなかった。
「・・・放っとけ。そのうち出てくる」
トパーズだ。早朝から叩き起こされ、見るからに不機嫌そうで。
「ジジイが一緒ならどこへ行こうが問題ない」
確かにそれも一理、だが。
思い詰めた表情でヒスイが言った。
「お父さん・・・寝惚けて海に落ちたりしてないよね?」
メノウの寝癖が悪い事は皆知っていた。
孫のアクアも似たり寄ったりだ。
「・・・用心に越した事はないな」
オニキスの発言だ。
もう少しで船の正体が明らかになるというところで、肩に憑いた悪霊は身を潜めてしまった。
どうやら自分の意志で出たり消えたりできるようだ。
(肝心な時に役にたたん・・・)
船内捜索を続けるか否かで仲間割れしつつ、結局この日は二人を見つける事ができなかった。
その夜。102号室。
ヒスイはずっと行方不明の父親と娘を捜していた。
途中何度も心霊現象に遭遇・・・その疲れが出たようで、椅子に腰掛けたまま、うたた寝を始めた。
その傍らでコハクが呟く。
「これだけ探しても見つからないなんて・・・」
ヒスイをベッドへ運び、眠る唇にキスをして。
(ヒスイとあまり離れたくないんだけど・・・)
「僕が見てくるしかないか」
翼を持つ者。
長時間安定した飛行ができるのはコハクしかいない。
熾天使の翼なら、船がなくても海を渡れる。
この船は今、どの辺りを航海しているのか。
(まずはそれを知る必要があるな)
乗船してからエッチ三昧で、気にも留めていなかったのだ。
「ちょっと行ってくるね」
コハクは小声でそう言い残し、部屋を後にした。
熾天使の翼で半刻ほど飛行を続けた。
その成果として、コハクの目前に広がった景色は・・・
「クリソプレーズ・・・」
(どういう事だ?)
行き先不明にしても順調に前進しているものと思っていた。
ところが、三晩も海上で過ごした割に、出航したクリソプレーズの港からそれほど離れていなかったのだ。
「・・・・・・」
(やっぱりあの船普通じゃない)
今度はヒスイの身が心配だ。
コハクはすぐに引き返した。
そして・・・
甲板に降り立つ前の上空で、コハクは見た。
船を中心として広がる巨大魔法陣。
目映い光を放ち、一瞬消えて、また現れた。
瞬きしていたら見逃してしまいそうな刹那の出来事・・・
すぐに海面の光は消え、すべてが元通りになった。
「成る程ね・・・」
穏やかなさざ波を見つめ、コハクは言った。
「この船・・・渡るのは海じゃない。時空だ」
時間や空間を超える船。
メノウとアクアはどこか違う時代にいるのかもしれない。
(発動条件は何だ?)
一刻も早くそれを突き止めなければ、次の被害が出るのは時間の問題だ。
(っていうか、今ので誰か・・・)
猛烈に・・・嫌な予感。
コハクは甲板を突き破る勢いで下降した。
「父ちゃんっ!!大変だよっ!!」
迎えたのはジスト。
続くのは当然、悪い知らせだ。
「ヒスイと兄ちゃんもいなくなった!!」
ヒスイとトパーズ。
二人は砂浜に立っていた。
“十五夜にて待つ”
Goodluck!
乾いた砂の上にそう書かれていた。
ヒスイはそれをまじまじと見つめ、自分なりの解釈を述べた。
「十五夜に・・・迎えに来るって事?」
どれだけ目を凝らしても、海上に幽霊船の姿はない。
今さっき降りたばかりだというのに。
・・・不思議な夜だった。
甲板で一服しようと外へ出た、トパーズの視界に現れた土地。
「・・・・・・」
(幻覚か?)
どう考えてもおかしい。
先程まで到着の兆しすらなかったというのに、まるで自分を導くように船から陸へと道が作られていた。
「・・・・・・」
調べない手はない。
まさにこれこそメノウ達を行方不明にした正体かもしれないのだ。
「ん・・・おにい・・・ちゃん?」
102号室で目を覚ましたヒスイ。
コハクの姿が見えないので途方もない不安に襲われ、甲板へ出た。
「え・・・?あれ?」
その土地はヒスイの目前にも広がっていた。
一足先に上陸したトパーズの後ろ姿も。
「トパーズ?一人で行っちゃ危ないよ!」
トパーズを追い、ヒスイも船を降りた・・・そして今。
「ここ・・・どこなんだろうね」
船は去った。メッセージを残して。
見ず知らずの土地に二人取り残されたという状況だ。
正確な時間はわからないが、移動前と同じ夜だった。
「・・・・・・」
トパーズは海に背を向け歩き出した。
「あっ!待って!トパーズ!どこいくの!?」
「ここにいてもしょうがない」
幸いにも開けた土地だった。
近くに集落があるらしく、暗闇の中、いくつか灯りが見える。
十五夜まで雨露を凌ぐ宿を求め、トパーズとヒスイは歩き出した。
「ウォータ・ギルド?」
ヒスイは、入口に掲げられた大きな看板の文字を読み上げた。
「漁業組合だ」と、トパーズ。
「へ〜・・・」
モルダバイトには海がないので、ウォータ・ギルドというのも珍しい。
ヒスイは少しの間看板を見上げていた。
「行くぞ」
トパーズが一歩足を動かした時だった。
「お前さん達、異国人かね?」
医者の格好をした白髪の老人がトパーズとヒスイを呼び止めた。
世にも稀なる銀髪の二人、人間離れした美しさから、異国人扱いされる事も多い。
「ここは封鎖されとる。悪い事は言わん。早々に立ち去れ」
「封鎖・・・流行病か」
封鎖と聞いて、トパーズがすぐにそう切り返した。
「そんなところじゃ。ここの女共がやられてしもうての」
原因不明の病に手を焼いているという。
「男連中が、人魚の呪いだのと騒いでおるよ」
感染の可能性もあり、現在は立ち入り禁止区域となっているらしい。
それがわかっていて強引に踏み込む程愚かではない。
二人は医者の勧め通り港町を目指した。
港町は、ヤシの木が並ぶ南国風リゾート地のような雰囲気だった。
深夜なのでさすがに人の姿はないが、街灯が多く、町全体が明るい。
宿はすぐに見つかった。
二階の角部屋・・・そこで腰を落ち着ける。
「お兄ちゃん、心配してるだろうな・・・」
十五夜まで一週間。
トパーズがシャワーを浴びる音を聞きながら、ヒスイは窓からぼんやり月を眺めていた。
「絶対帰るから。待っててね、お兄ちゃ・・・んっ!?」
髪を引っ張られ、振り向くと、シャワーを済ませたトパーズが立っていた。
セミヌード・・・濡れた男の色気が漂っていても、見慣れているので特に何とも思わない。
「・・・お前も浴びてこい」
「うん」
湿っぽい海風に吹かれ、髪がベタベタになっていた。
トパーズに続き、ヒスイもシャワー・・・そこで。
「・・・あれ?」
右足のくるぶしの上、薄い銀色の鱗が張り付いていた。
ほんの数枚でも、目立つ。
「何よ、これ・・・気持ち悪いわね・・・」
擦ってみるが、落ちない。
ヒスイの心臓が鈍く脈打った。
「・・・まさか・・・これ“人魚の呪い”じゃ・・・」
時は少し戻り・・・メノウとアクア。
“十五夜にて待つ”
Goodluck!
違う砂浜で、同じメッセージを受け取っていた。
ここに至るまでの流れもトパーズ&ヒスイ組と殆ど同じだった。
「十五夜ってなに〜?」5歳アクアの質問。
「満月の夜ってコト」分かり易くメノウが回答した。
「ママがいちばんキレ〜な夜だぁ。アクアも満月大好き〜」
そうか、そうか、とメノウが笑顔で頭を撫でる。
「アクアたち、かえれるのかな〜?」
「帰れるよ」
時が満ちれば、おのずと迎えがくるのだ。
その間生き延びればいいだけで。
天才には簡単すぎる課題だ。
(ヒスイは心配してるかもしれないけど、トパーズが適当にあしらってるだろ)
まったくその通りだった。
十五夜まであと一週間。
(とりあえず寝るトコ見つけないとな)
「んじゃ、行くか」
「ん〜」
メノウとアクアは仲良く手を繋ぎ出発した。
海からたいぶ離れた森の中。
「なんかくさぁい〜」と、アクアが鼻を摘んだ。
「ママがぁ〜お料理したときみたい〜」
・・・焼け焦げる匂いだった。
「どっかで火事でも起きてんのか?」
メノウはアクアの手を引き、黒煙が流れてくる方向へ進んだ。
森を抜け、広場に到着。
そこでは・・・
「魔女狩りかよ・・・」
火あぶりの刑。村人が集まり、一人の女を取り囲んでいた。
罵声と小石が投げつけられる。
そういう愚かな人間の風習に、つくづく嫌気がさす。
(可哀想になぁ)
大抵は濡れ衣なのだ。
(本物の魔女は人間なんかに掴まらないって)
同情しつつ、磔にされた“魔女”を見る。
「・・・え?」
驚きから、メノウは大きく両目を見開いた。
炎の中、ふわりと舞う・・・銀の髪。
「サ・・・ンゴ?」
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