それは夢であり。過去の記憶でもある。



場所は・・・天界。
「セラフィム、外出されるのですか?」
剣を担ぎ歩くコハクに声をかけたのは、智天使ラリマーだ。
「うん、“裁き”にね」
コハクは足を止めることなく、あっさりそう答え。
ラリマーはそんなコハクに追い縋るように身を寄せた。
「また・・・ですか。最近多いですね」
「気に食わないみたいだよ。人間のつくる歴史が」
近年、あちこちの国で武力紛争が起こるようになった。
「大地が荒れてる、って“上”がご立腹でね」
紛争に参加する人間を裁くよう、神から言い付かったのだ。コハクは苦々しく笑った。
「そうですか。お勤め大変でしょうけど、また勲章が増えますね」と、ラリマー。
「別に嬉しくもないけどね」コハクが突き放す。
「そんなことをおっしゃらないでください。神も天使達もみな貴方を大切に思って・・・」
「そうだろうね」


“殺し”のできる天使は、コハクしかいない。
唯一無二の天使だからこそ、重宝されるのだということを、コハクは誰より知っていた。


ラリマーは理解不能という顔で。
「世界の英雄なのですよ?貴方は」
すると。コハクは嘲笑し。
「僕が、英雄?君達は何か勘違いしているようだから、言っておくけど」



僕は正義じゃない。むしろ悪と思ってくれていい。



「悪?なぜそんなことを・・・」
「僕には何の信念もないからね」
信念がなければ、“裁き”は単なる殺人。
その自覚があるだけ、幾分マシだと思う。
屍の山を築いて、英雄気取りでいるよりも。
「セラフィム、それはどういう・・・」
コハクは笑顔で質問を拒み。
「じゃあ、行ってくる」




下界、すなわち人間界に降り立つと、紛争の真っ只中だった。
時代が進むにつれ、技術が進歩し、それに伴い戦いの被害も拡大していた。
ところかしこで爆煙が上がる。
「・・・わざわざ裁くまでもない。放っておけば、いずれ全滅だ」
そこは小さな島国で、物資の調達経路を互いに断たれている状態だった。
勝ちも負けもない。両軍とも戦力の大半を失っていた。
「さて、と。しばらく昼寝でもしてようかな」
寝床を探し歩くコハク。最終的に何人くらい斬ることになるか、計算しながら。
「・・・ここが神の箱庭なら、僕はただの庭師だ」と、呟く。
楽しいか楽しくないか、と、問われれば・・・楽しくはない、が。
裁きは、枝の剪定と同じ。質の良いものを育てるために行うのだと、神は言う。
(切り落とす枝を憐れんでもね・・・)
神には神の言い分があり。人間には人間の言い分がある。
神が正しいのか、人間が正しいのか、考えるのも面倒だ。
「馬鹿馬鹿しいなぁ・・・ホント・・・」


コハクがそう吐き捨てた時だった。


茂みの間から、1人の兵士が転がるように飛び出してきた。
まだ若い。10代後半〜20代前半と思われる。
短く刈った髪はミントグリーン。同じ色をした瞳は切れ長で、凛々しい顔立ちだ。
戦いの最中、迷ったのか逃げ出したのかわからないが、軍服は擦り切れ、泥と血で汚れている。
「裁きの・・・天使・・・」
兵士はコハクを見上げ、驚愕の表情を浮かべた。
腰までの長い髪と6枚の羽根が黄金に輝く、熾天使セラフィム。
美麗すぎる容姿は、人間に死の恐怖を与える。
「自分を・・・殺しに・・・?」地べたに這ったまま、兵士が言った。
「うん、まあ。そのつもり」と、コハク。
「人間なんて、僕が殺さなくたって勝手に殺し合っているのにね」
兵士の喉元に剣先を突き付け、苦笑い。と、そこで。
「・・・じゃない」死の恐怖に震える声で、兵士が怒鳴った。


「好きで殺し合ってるんじゃない!!」


「・・・ふぅん?じゃあなんで?」
「“上”の“命令”だ!!」
身分の低い者同士を戦わせ、自分達は安全なところから指示するだけ。
「あいつらがいなかったら、こんな戦い、起きなかった!!」
兵士は拳を地面に叩き付け、切々とそう訴えた。するとコハクは。
「・・・なるほどね。わかった。じゃあそこで10分・・・いや5分待ってて」


そう言って、5分が過ぎ。


コハクは戻ってきた。兵士の前に2つの生首を並べて置き、こう話す。
「それぞれの“上”を潰してきたよ。君達を残して、この島から逃げようとしているところだった。傑作だね」
「あ・・・・・・」
喜びか、恐怖か、兵士は声を失っている。
「これで戦いが終わるというなら、見せてもらうよ」と、コハク。
それから、浜辺の方角を指し。
「あそこに船がある。君は生きるといい」
「!!!」
兵士は驚きでまた声を失い。何も言えないまま、コハクを凝視した。
「戦いの中、ここまで生き延びた芽を摘んでしまうのは惜しいからね」
それはたぶん・・・気まぐれ。神へのささやかな反抗だったのかもしれない。
「君、名前は?」
コハクが尋ねると。兵士は声を搾り出し、答えた。


「自分・・・クラスターといいます・・・」


コハクは微笑み、一言。
「覚えておくよ」





「・・・・・・」
静かに目を覚ます、コハク。
「・・・ずいぶん昔の夢をみたな。クラスター・・・か」
(それにしても僕・・・アレと同一人物?ちょっと陰険すぎない!?)
我ながら、認めたくない。
「昔の自分というものは、誰しも恥ずかしいものだよね、ははは・・・」
笑って誤魔化してみる。
「・・・ヒスイがいれば、昔の夢なんてみないのに」
柔らかな金髪を掻き上げ、溜息。
「・・・早く帰ってこないかな」
愛しのヒスイはレンタル中なのだ。シトリンとアクアの姉妹に。
娘達が独立してから、やたらとヒスイを連れ出されることが多くなった。
寂しいことに、こういう時、父親は仲間に入れてもらえない。
しかも今回は1泊2日の貸し出しだ。翌日9時までに返却と約束したが、どうにも待ちきれない。
洗濯機の前でそわそわ・・・
「ああ・・・ヒスイぃぃ〜・・・!!」
不在を嘆き、ヒスイのランジェリーを両腕で抱き締めるコハク。
「なんかもう、ヒスイ不足で死にそう・・・」
ヒスイのパンツを頭に被るのも時間の問題だ。そして。
「・・・迎えに行っちゃおうかな」
毎回こうなる。娘達に非難されるのは目に見えているが・・・本当に我慢の限界で。
「うん、行こう。これはもう行くしかない。僕が変態になる前に!!」※すでに変態。
天気は良いが、洗濯は後回しだ。
「今行くよ!!ヒスイ!!」





その頃・・・某学院職員室では。


学年主任トパーズの元へ、新任教師2名が挨拶に来ていた。
世話役のスピネルが間に入り、順番に紹介を始めた。
「こちらが音楽のエリス先生」
床まで届きそうな長い髪を束ねた女性がペコリ。
「よろしくおねがいしますぅ」
絶えず笑顔で・・・のほほんとした雰囲気だ。
彼女は“花”を司る精霊なのだが。
教師に種族は問わない。
トパーズが認めれば、それで良いのだ。
そして・・・
「こちら、物理の・・・」



「クラスターと申します」



スピネルの言葉を遮り、一歩前に出た男性が自ら名乗った。
ミントグリーンの髪と瞳。凛々しい顔立ちをしている。
「お会いしたかったです。トパーズ先生。これからよろしくお願いします」
そう言って、トパーズに握手を求めた。
「・・・・・・」
こういう慣れ合いはあまり好きではない、が。
他国からの留学希望は増える一方、また離島コスモクロアに学校を設立したため、過去最大とも言える教師不足に陥っていた。従って無下にもできず。
「・・・モルダバイトは理数系の教師が特に不足している」と、トパーズ。
そのまま作り笑顔で握手に応じた。



「歓迎するぞ、物理」





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