甲板にて整列する航海メンバー。
点呼をするのはコハクだ。
「は〜い。番号」
「い〜ち」メノウ、悪ノリ。
「に!」とりあえず続くヒスイ。
「さんっ!」すっかりその気のジスト。
「し〜」アクアは喜んで。
「ご」笑いながら付き合うスピネル。
「・・・ろく」仕方なく、オニキス。
「・・・・・・」トパーズは当然の如く口にしない。
「君は7ね」
トパーズの前に立ち、お馴染みの眼鏡を略奪するコハク。
「ちょっと貸して」と、自分が掛ける。
特殊レンズの効果で、コハクの瞳は金色に見えた。
それからコハクはスフェーンについて解説を始めた。
「お兄ちゃん、スフェーン知ってるの?」
「うん、まぁ」
世界の事は大抵何でも知っている。
無論それは年の功なのだが、その話題には触れられたくない。
コハクは適当に誤魔化し、話を続けた。
スフェーンは人間界にして魔界。
地図には載っていない特別な場所に存在するのだ。
太陽の光が届かない土地で、悪魔が生活するにはもってこいなのだという。
ゆえに悪魔文化が発達、詐欺や誘惑も多い。
「そういう国だから、エクソシストである事はバレないように」
エクソシストにとってはまさにアウェイなのだ。
現在スフェーンでは300年に1度催される謝肉祭・・・カーニバルの真っ最中らしい。
それは、人ならざる者、悪魔の祭りで。
原則的に人間の参加は認められない。見つかれば八つ裂きだ。
「んじゃ俺は?」
自称人間のメノウが疑問符を投げかけた。
「メノウ様なら、人間じゃないフリをするくらい簡単でしょう?」
「人間じゃないフリ、ね。気は進まないけど、カジノで遊びたいしな〜・・・やるか」
メノウが納得したところで、船はスフェーンへ到着した。
ハーモトームを発ってから、4日ほどの航海。
その間、コハクはある事に熱意を注いでいた。
それは・・・洋服作り。
完成品を前にジストは大喜びだった。
「うっわー!!ヒスイ可愛いっ!アクアもスピネルもすげぇ似合ってるしっ!!」
ヒスイはピンクのチャイナドレス。丈はミニ。
アクアもお揃いで、左右におだんごというヘアスタイルまで母娘一緒だ。
そしてもう一着。
スピネルはレッドのチャイナドレスだった。こちらはロング丈だ。
「ありがと!お兄ちゃん!」
ヒスイに続き、アクアとスピネルがお礼。
「どういたしまして」
女性陣が華麗なる変身を遂げた後、全員で船を降りた。
留守は幽霊船長に頼む。
・・・案外頼りになるのだった。
陰の国、スフェーン。
月光の砂浜に立つ8人。
軽快な楽曲や、魔物の雄叫びが聞こえ、カーニバルの盛況ぶりを窺わせた。
空気も妙な熱を帯びている。
岩場を登った先に広がる光景・・・一行の足が止まった。
驚き立ち尽くすヒスイをコハクが抱きしめる。
「驚いた?」
「うん・・・ここが人間界なんて・・・信じられない」
上空に無数の小島が浮遊し、飛竜が往来する。
湖の真ん中には巨大な城が建っており、そこへ向け、一本の長い道が伸びていた。
道に沿ってズラリと並ぶ露店、見た事もない品物や食物が売られ、子供達だけでなく大人達まで興味深そうに眺めて歩く。
夜の闇、露店の光が煌煌とする中、メノウがコハクを肘で突いた。
「お前、ソレ変装のつもり?」
トパーズの眼鏡を返す気配が微塵もないのだ。
「昔、なんかやらかしたんだろ?」と、鋭く見抜く。
「・・・ヒスイには言わないで下さいね」と、念を押してから語るコハク。
ヒスイはアクアと手を繋いで、ゆっくり後ろを歩いていた。
「ここのカジノを仕切っているのは、マモンという元天使で・・・今は堕天使として闇に属しているんですが・・・昔ちょっと堕天使を一掃するという名目で殺しかけた事があるんです。そうしたら酷く嫌われちゃって。ははは・・・」
「ったり前だろ」
「僕の妻という事でヒスイが狙わても困るんで、ここではできるだけ目立たない様にしたいんです」
300年に一度のカーニバルには他の堕天使や一級悪魔も参加しているのだ。
その多くが顔見知りだったりと、コハクにとっては落ち着かない場所で。
「結構危険なところなんですよ」
「へ〜・・・面白そうじゃん!」
あちこち寄り道しながら、一行は城へと到着した。
目的のカジノは城の地下1階で、それより上はホテルとして経営している。
地上9階建ての吹き抜けで、中央ロビーには葡萄酒の噴水があり、何とも芳醇な香りを漂わせていた。
セレブな悪魔しか宿泊できないというだけあって、外の騒がしさが嘘のようにロビーは閑散としていた。
チェックインしたのは、8階の団体用スイートルーム。
広い室内には更にいくつかのベッドルームがあり、窓からはカーニバルの夜景が見える・・・申し分ない環境だ。
共通のリビングでまず一息。
そこで早くも探検組と居残り組に分かれた。
居残り組。ヒスイ、コハク、オニキス、トパーズ・・・
超一級ホテルのスイートでのんびり過ごす。
「これ、ルームサービスかな?」と、ヒスイ。
“ご自由にどうぞ”
瓶に入った液体。その脇にグラスも用意されていた。
ヒスイは珍しく気を利かせ、3人に注いで回った。
「お酒みたいだから、私はやめておくね」
酒を嗜む大人の時間。
「それじゃあ、いただこうかな」
普段は飲まないコハクも、ヒスイのお酌に喜んで一気飲み。
他の二人も軽く喉に流し込んだ。
「神酒ソーマだって・・・あれ?」
瓶を空にしてから、底面の商品表示を覗き込むヒスイ。
ラベルをよく見ると・・・アンデット商会製。
「・・・え?」
商品名、神酒ソーマ。精力増強剤。
注意事項はお決まりの小文字で。
効果は服用量と愛情の深さに比例します。理性が完全消失し、強姦行為に至る場合もございますのでご注意ください。
「ちょっとまっ・・・!!」
止めたところで手遅れだ。
3人のグラスはとっくに空で。
・・・神酒ソーマは男達へ余計な恩恵をもたらす事となるのだった。
「お、お兄ちゃん?」
一番の危険人物、コハクを恐る恐る見上げるヒスイ。
「ん?」
コハクはにこやかに返事をしたが・・・
「・・・あれ?」
ただでさえムラムラ体質のコハク、沸き起こる感情にさして違和感はないが、今すぐ、何が何でもヒスイと繋がりたくなって。高揚する下半身。
(早くヒスイにこの情熱を受け止めて貰わないと!!)
「ヒスイ・・・」
ところが。ヒスイを求め、手を伸ばしたのはコハクだけではなく。
トパーズ、オニキス、目の据わった男達が睨み合う。
「こっちだ」トパーズが奪う。
「こっち」コハクが取り返す。
「痛っ!痛いっ!」
取り合いはいつにも増して白熱。
「オニキス!助け・・・」ては貰えない。
「ヒスイ・・・」
助けを求めた唇はキスで塞がれ。
「んっ!んー!!!」
そうこうしている間にパンツを下ろされ、ガリッ!
トパーズにお尻を噛まれた。
「痛ぁっ!!」
続いてすぐ、指で陰裂を探られる。
コハクかトパーズかわからない。
「あっ・・・や・・・やめ・・・」
「ちょっ・・・オニキス!?どこ触って・・・」
「トパーズっ!!痛いってば!!」
「あんっ!お・・・おにいちゃ・・・!!」
「な、何なのよっ!コレぇ!!」
怒って叫んでもどうにもならない。
素肌に触れる指や舌が誰のものかいよいよ判別できなくなり。
「っ・・・!!」
(私が勧めたんだから、自業自得なのかもしれないけど・・・でも・・・)
「いやぁっ!!」
暗転。その後。
破けたチャイナドレス。
なんとパンツまで引き千切られた状態で。
疲れた泣き顔のヒスイ。
その小さな体には点々とキスマークが残り。
「・・・・・・」コハク。
「・・・・・・」オニキス。
「・・・・・・」トパーズ。
裸の男3人・・・蒼白。
(((何が起こったんだ?)))
「何だよ、コレ・・・」
同じタイミングで、探検組のメノウがスイートルームへと戻ってきた。
「お父さんっ!!」
3人の間を抜け、ヒスイはメノウの元へ。
「・・・お前等・・・いくら何でも輪姦はやりすぎじゃね」
さすがのメノウもびっくりの状況だった。
「「「ちが・・・」」」揃って否定するが、何も覚えていない男達。
まさか・・・と、冷や汗。
「ヒスイ、おいで?」コハクが呼んだ。
(とにかくヒスイの体をよく見てみないと・・・)
どこまで被害が及んでいるのか気にかかる。
しかし、今日ばかりは呼んでも返事はなく。
ヒスイはメノウの後ろに隠れてしまった。
「・・・娘、返してもらうから」
疑いたくはないが、何もなかったでは済まない状態・・・
(見るからにヤられてるだろ、コレ)
上着をヒスイに提供し、とりあえずスイートルーム内の自室に匿う。
(パンツまでビリビリってどうよ?どんだけ欲情してんだよ、あいつ等)
いよいよ心配になり、何があったか尋ねる、が。
ヒスイは溜息交じりに一言。
「“ご自由にどうぞ”はもう御免だわ・・・」
「ご自由にどうぞ?」
(意味がよくわかんないけど・・・)
もっと泣くかと思いきや、特にそういう事もなく。
(結構元気そうじゃん?)
「・・・ま、しばらく俺んとこいなよ」
「うん。そうする」
「あれ?そういやアクアは?」
「あ、置いてきちゃった」
「置いてきた?どこに?」
「お兄ちゃんのところ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
原因は神酒ソーマである事はわかっている。
問題はその後何があったか・・・だ。
ズーンと暗い室内。
トパーズは窓辺で煙草を吸っている。
表情はいつもと違わず・・・だが、煙草が殆ど灰になっても、喫煙ポーズのまま動かない・・・動揺している。
椅子に腰掛けたオニキスは俯き、究極の自己嫌悪モード。
コハクは両手で頭を抱え・・・
「ああ〜・・・ヒスイぃぃ〜・・・」
大人達の事件をよそに。
こちら、ジスト。
カジノの景品が並ぶショーウィンドウにべったり張り付いて。
「見つけたっ!空飛ぶ絨毯!!」
以前ヒスイが欲しいと言っていた、レアアイテム。
(これあげたら喜ぶよな!きっと!!)
ジストはガラス越しの空飛ぶ絨毯に夢中・・・背後に忍び寄る悪魔に気付かなかった。
「美しき少年、名はなんと言う?」
話しかけられ、振り向く、と。
頭に牛の角らしきものが生えた男が立っていた。
若干華奢な印象を受ける。
しかし、背はかなり高く、なかなかの男前だ。
肩まで伸びたダークブラウンの髪は無造作な感じだが、服装は貴族風でどことなく品がある。
「え?オレ?ジスト・・・アメジストって名前だけど・・・」
「ジスト、私の館に来ぬか?」
「・・・我が名は、アスモデウス」
アスモデウスと名乗った男は自称画家・・・絵のモデルをしてくれたらカジノで勝つ方法を教えると言った。
「モデル?何すんの?」
「ただそこに居るだけで良い。空飛ぶ絨毯が欲しくはないか?」
欲しいのは空飛ぶ絨毯というより、母親の喜ぶ顔なのだが。
「やるよっ!オレ!」
アルバイトのようなものと解釈し、ジストはアスモデウスの誘いに応じた。
こちら、スピネル。
「・・・ジスト?」
1階ロビーで、男の後について歩くジストの姿を見つけた。
なにせ広いフロアなので、遠目ではあるが。
(あれは・・・アスモデウス・・・)
トパーズに借りた悪魔図鑑で見た事がある。
(アスモデウスって確か・・・男色家だよね)
過去の大失恋からすっかり女嫌いになってしまったという大悪魔だ。
「・・・ジスト、大丈夫かな・・・」
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