アンデット商会船前。コンテナの並ぶ埠頭にて。

カーネリアン&トパーズ。
「ここはアタシ一人で十分だよ!アンタも・・・」
子供達を探すようカーネリアンが言った。

するとトパーズは。

「年寄りババアはその辺に座ってろ」
ネクタイを外し、カーネリアンに向け放った。
「後はオレがやる」
「やれやれ、それじゃあ、お手並み拝見といこうかね」
カーネリアンは攻撃の手を止め、近くのコンテナに寄り掛かった。
そこからトパーズの戦いぶりを傍観する。
日々のストレスを発散しているのか・・・殴る、蹴る、それは楽しそうに。


「こうして見ると、コハクにそっくりだよ」



一方、倉庫前では。

アンタにだって、死んで欲しくない人間のひとりやふたりはいんだろ?その願いを叶えてやろうってんだ。何が悪い?

「それは・・・」
「ママ!」
スピネルの声にハッとするヒスイ。
まず考えたのは、このまま人質になる訳にはいかないという事。
ヒスイはウィゼのナイフを素手で掴んだ。
「っ・・・」皮膚が裂けるまで力を入れて握り、血液が刃に付着したのを確かめてから・・・


『我が血に棲む闇の獣よ・・・汝が敵を殲滅せよ・・・』


「なにぃ!?」
突然の、得体の知れない攻撃にウィゼが怯む。
ヒスイの事は、非力な女と思っていたのだ。
「あちちぃ!!あついよぉ!!いたいよぉ!!」
言ったのはウィゼではなく、ナイフの方だ。
信じられないことに、刃が溶け始めていた。
「チィッ!!」
大きく舌打ちするウィゼ。ヒスイを解放したのは賢明な判断だった、が。
次の瞬間、金色の羽根が降り・・・
「は・・・お出ましか」
今度はウィゼの首元に熾天使コハクの刃が当てられた。
寸分の狂いなく、動脈が通る場所に。
(クソ・・・ハンパねぇ)
“死”の圧力。ウィゼの体にじんわりと冷や汗が滲む。
「お兄ちゃんっ!!やめて!!」
すぐ傍で、ヒスイが叫んだ。

傷つけないで!殺さないで!の意味を込めて。

「・・・・・・」
数秒の沈黙の後、コハクが剣を引いた。
ちなみに本日も魔剣不使用だ。
ここ最近は、屋敷の武器倉庫に放置状態となっていた。
「ウィゼさん・・・ですよね?」
コハクが名前を口にした。
オニキスから、要注意人物として聞いていたのだ。
コハクは、殺気を削ぎ落とした笑顔で。


「僕にも名刺をいただけますか?」


「あ、失礼。僕はこういう者です」
特級クラスのエクソシストだけが持っている、教会の名刺と交換。
受け取ったアンデット商会の名刺に軽く目を通し。
「・・・以後お見知りおきを」
宣戦布告だ。
傷を負ったヒスイの応急処置をしながら、スピネルは思った。
(パパ凄く怒ってる)
名刺交換。
自分は逃げも隠れもしないという意思表明であり。
同時に、逃がしはしないという脅迫でもあった。
商売人ウィゼもそれを察した様子で、心なしか引き攣った笑みを浮かべ、言った。
「まあ、よろしくたのむぜ」



「お兄ちゃん!」
「ヒスイぃ〜!ごめんね」
剣を放り投げ、ヒスイを腕に抱くコハク。
もうあと少し早く到着していれば、こんな怪我させずに済んだのに、と嘆く。
その時、不意に。

ピロピロピロ!!

・・・聞き覚えのある音が響いた。
「もしもしぃっ!今取り込み中・・・あっ!社長っ!!」
ウィゼのヘコヘコ、再び。見えない相手にへつらっている。
「積荷を一部紛失・・・ハァッ!?出港!?」
「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・」
コハク、ヒスイ、スピネル。
忙しなく去るウィゼを見送る3人。
スピネルは失笑し。
「あのひと・・・小悪党って感じだね」
騒ぎを起こすだけ起こして、トンズラ。
今回も決着がつかないまま。
「・・・また会うことになると思うよ」
コハクが小さく呟いた。


「アクア達は?」コハクを見上げ、ヒスイが尋ねた。
「無事、保護したよ」
今頃ジストとオニキスが送り届けているはず・・・と、コハクが答え、ひと安心。
「あっ、そうだ!トパーズとカーネリアンが・・・」
ヒスイは停泊中のアンデット商会船を指して。
「あの辺で乱闘してるの!」
続けてスピネルが・・・
「子供達の事は諦めて引きあげるみたいだけど、とにかく合流しよう」
3人はウィゼの後を追うように、海へと向かった。
「ヒスイ、大丈夫?傷は・・・」
「平気だよ!スピネルに止血して貰ったから!痛みもないし!」
元気であることをヒスイは懸命にアピール。
「応急処置だよ。傷を完全に消すにはジストか兄貴に頼まないと」
そう言いながら、スピネルが歩調を速めた。
「ボク先に行ってるね、ママ達は後からゆっくりきて」



後に残ったコハクとヒスイ。

「スピネルもああ言ってくれてるし、ゆっくりいこう」
「ん・・・」
「ヒスイ・・・」
ヒスイの両肩に手をのせ、コハクがキスをしようとしたところで、ターゲットの唇が動いた。
「・・・お兄ちゃん」
「ん?」
「さっきね、あのウィゼってヒトに言われたの」
ヒスイは、不老不死の善悪を問うウィゼの言葉を復唱した。
「私、すぐに答えられなかった。死んで欲しくないヒトがいるから」
「・・・うん」
「だからって、そのために子供達が攫われるのは困るし」
得るための、代償。それはきっと大きなもので。
考えれば考える程、矛盾してくる。
「永遠の命があれば、愛するヒトを失う心配はないけど・・・永遠ってそんなに単純なものじゃない気がして」
「う〜ん・・・そうだねぇ・・・」と、コハク。
眉間に皺を寄せ、難しい顔をしているヒスイの頭を撫でて。
(明快な答えを与えてあげられたらいいんだけど・・・)


「人間にとっての永遠の価値は・・・僕にもわからない」


コハクが言うと、ヒスイは驚いた顔で見上げ・・・そして、笑った。
「お兄ちゃんでもわからないことってあるんだね」
「うん」コハクは取り繕うことなく、自然な笑顔で頷いた。
「考えるのやめたっ!お兄ちゃんにわからないこと、私にわかるわけないもん!」
アンデット商会が善でも悪でも。
どんな理念があったとしても。
現実に目の前で行われていることが、許せるか、許せないか。
「それで決める事にする」
「は〜い。よくできました」
ひとつの答えを導き出したヒスイに、ご褒美のキス。
瞳を伏せ、今度こそしっかりと唇を重ねる。
「ん〜・・・っ」
くちづけの、甘く柔らかな感触にしばし浸ってから。
「・・・そろそろ行こうか」
「うんっ!」



コハク、ヒスイが合流地点まで戻ると、倒された同僚を担いで逃げるアンデット商会社員の姿がちらほら。
「スピネル?」
スピネルの隣で、ヒスイが足を止めた。
スピネルは少し離れた場所から埠頭の二人を見ていた。
二人とは、トパーズとカーネリアンだ。



「お疲れさん」
労いの言葉と共に、預かったネクタイをトパーズの首に掛けるカーネリアン。
返されたネクタイを結ぶトパーズを見つめ。
「これからまた仕事なのかい?」
「そうだ」
「ずいぶんと頑張ってるそうじゃないか」
「・・・成り行きだ」
「あんまり無理するんじゃないよ?」
トパーズの身を案じ、頬に触れる。
「たまにはこっちにも顔出しな。旨いモン食わしてやるからさ」


「なんか・・・」


少し離れた場所で。
スピネルと共に二人の様子を眺めていたヒスイが言った。


「カーネリアンって、トパーズのお母さんみたいだね」


「・・・って、あれ??」
(私・・・何言ってるんだろ・・・)
うっかり、ダメ母発言。口を押さえたヒスイが俯く。
丁度その時、カーネリアンが三人の存在に気付き。
「ヒスイ!こっち来な!」
可愛い妹分を大声で呼び、手招き。ところが。
「私っ!!トイレっ!!」
ヒスイはあらぬ方向へと走り出し。
「ヒスイ!?」
コハクが後を追う。
「どうしたってんだい?あの子は・・・」
両腕を組み、首を傾げるカーネリアンにスピネルが声をかけた。
「カーネリアン、怪我はない?」
「この通りピンピンしてるよ。あらかたこいつが片付けた、なっ!」
「・・・・・・」
カーネリアンは背の高い女だ。
それなりの身長差はあれど、トパーズと肩を組む事ができる。
構われたトパーズは嫌そうな顔をしていたが、カーネリアンの腕を振り払ったりはしなかった。
「・・・・・・」
その視線は遥か先、ヒスイが消えた方向へ。
理事長室に連れ帰るつもりだったのだが、逃げられてしまった。
「あのバカ・・・」ぼやくトパーズ。
その心中を見透かしたようにスピネルが言った。


「大丈夫だよ。ママは約束を破らない」





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