続く、金曜日の夜。

それは心と体が入れ替わった男達の葛藤の夜でもあった。
「ヒスイ・・・」
「お兄ちゃ・・・あ」
ちゅっ。いつものフレンチキス。
しかしヒスイは両目を見開いたまま。
唇も硬直している。
「ヒスイ?」(しまったぁぁ!!)
ヒスイの瞳に映る自分の姿を再確認し、凹むコハク。
(オニキスの唇でキスしちゃった・・・)
ついうっかり・・・自覚が足りなかった。
「ごめんね、ヒスイ」
「ううん。いいよ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
コハクは前髪を掻き上げ、溜息を洩らした。
(何かとやりづらい・・・)
一刻も早く元の姿に戻りたいと思っても、意図的な罠に掛かってしまった以上、相手が相手なだけに難しい。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「お風呂は?一緒に入れる?」
オニキスの姿をしたコハクにどこまで許していいのかヒスイも迷っている様子で。
コハクは(触らなければいいか)と考え、言った。
「うん、一緒に入ろう」


「準備してくるよ。ちょっと待ってて」
「うん」


はぁ・・・


キッチンにひとり残ったヒスイも溜息。
(大切なのは体より心だと思うけど)
だからといって、他の男の体に抱かれるのも抵抗がある。
いくらオニキスといえども、だ。
(これからどうなっちゃうのかな・・・しばらくえっちできなそう・・・)
テーブルで頬杖をつきながら、何気なく窓の外を見ると・・・
「あれっ?お父さん??」
裏庭の木陰からメノウが手招きしている。
誘われるまま、ヒスイは裏口から外へと出た。
「お父さんっ!」
「よっ!」メノウはいつも通りの明るいノリで。
「も〜・・・どこ行ってたの?」対するヒスイは軽く口を尖らせた。
ここ最近、メノウとはすれ違ってばかりだったのだ。
「コハクの奴、どうしてる?」
「お兄ちゃんね、オニキスになっちゃったの」
「へぇ、一大事じゃん」と、メノウは何食わぬ顔で同情した。
ヒスイは自分の父親が容疑者とは知らず、暢気に。
「これからお兄ちゃんとお風呂なんだけど、お父さんも一緒に・・・」
「遠慮しとくよ。ちょっと悪戯しにきただけだからさ」
「え?おとうさ・・・」
ヒスイの顔に右手を翳すメノウ・・・そして。


「な、ヒスイ、喉渇かない?」




「ヒスイ?」
続いて裏庭へ出てきたのは、コハクになったオニキスだった。
元に戻るまで屋敷に滞在することになり、客室で休んでいたのだが、窓からヒスイの姿が見えたのだ。
ヒスイの銀髪は、暗闇の中で幻想的な光を放つ。故に、目を引く。
桜の木の下、ヒスイは何をするでもなく佇んでいた。
「ヒスイ」
繰り返し名前を呼ぶと、ヒスイは顔を上げ、オニキスの元へ駆け寄ってきた。が。
「喉渇いた・・・血、ちょうだい」
目が、虚ろだ。
「・・・・・・」
少し様子がおかしいと思いながらも、オニキスは身を屈めた。
ヒスイはオニキスの首元に両腕を巻き付け、そのまま首筋に噛み付いた。
熾天使の血をたっぷりと啜り・・・変化はすぐに現れた。
吸血後の、例の症状だ。
「はぁ、はぁ・・・お・・・にいちゃ・・・」
頬を赤くしたヒスイが口走り。
「は・・・やく・・・」
両手でオニキスのシャツを掴み、苦しそうに訴える。
吸血→欲情→えっち。その流れになっていることはすぐにわかった。
「しっかりしろ、オレだ」
コハクではないと言い聞かせても、ヒスイは構わずしがみついてきた。
中身が違うことをさっきまで認識していたのに、淫欲に飲まれた今、思考が正常ではなくなっているようだ。
「おにいちゃぁ〜・・・」
とっておきの甘え顔でオニキスを見上げる。
いつものヒスイとは明らかに違っていた。
「・・・・・・」
コハクにしか見せない一面に不覚にもドキッとしてしまう。
(何を今更・・・オレは・・・)
このまま流されてなるものかと、必死に感情を抑え込もうとするオニキス。
ヒスイの誘惑ほど恐ろしいものはないと思う。
「だめだ、オレから離れ・・・ヒスイ!?」
ずるっ・・・欲情の熱にうなされたヒスイは地面にへたり込んでしまった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
欲情といっても苦しそうで。
荒れた息遣いを聞いていると可哀想になってくる。
(何とかしてやりたいが・・・)


コハクとのセックスを望んでいるヒスイに、何をしてやればいいのか。
「お兄ちゃんだよ」と言って体を繋げば、ヒスイを楽にしてやれるのか。


オニキスの葛藤・・・そんなものはお構いなしで。
ヒスイはオニキスの手を自ら股間へ引き込んだ。
「おにいちゃ・・・ここ・・・」
いつもみたいにして欲しいとオニキスに救いを求めてくる。
指先が触れた場所は驚くほど湿っていて。
布越しに女性器の火照りを感じる。
(いかん・・・このままでは・・・)
理性崩壊のレールに乗ってしまう。
「あんッ・・・おにいちゃ?」
オニキスはヒスイから手を引いた。
(オレは・・・間違っているのかもしれん)
ヒスイに触れる指先も、唇も、ペニスも、吐き出す精液さえも、すべてコハクのものなのだから、ここでヒスイの望みに応えてやるべきなのかもしれない。
そう、思っても。ヒスイを騙すのは嫌なのだ。
「・・・すまん」
オニキスが謝罪の言葉を口にした時だった。


「ヒスイっ!」


桜の木の下、コハクが駆けつけ、ヒスイを抱き上げた。
ついでにオニキスの方を見て一言。
「よく我慢しましたね」
「・・・・・・」
コハクに褒められたところで、嬉しくも何ともないが。
「・・・その体でどうするつもりだ」
「まあ、後は僕に任せてください」



(・・・なんて大口を叩いてみたものの)
ヒスイにはオニキスだと思われている。
何とか自室に連れ込んだが、お兄ちゃんじゃない!と、触れ合いを拒むので、仕方なく。
コハクは近くにあったネクタイでヒスイに目隠しをした。
「やぁ・・・っ!!」
暴れるヒスイをベッドに押し倒し、両脚の間に腰を入れ。
「・・・ヒスイ、僕だよ。わかるね?」
ヒスイの耳元に唇を寄せ、厳しい口調で諭す、と。
「お・・・にい・・・ちゃ?」
ヒスイは急に大人しくなった。
見えないからこそ感じ取るものがあるらしい。


「ああ・・・こんなに熱くして」


コハクはヒスイのショーツに手を入れ、中の状態を調べた。
「あ・・・ッ」
ヒスイの女性器は熟れて粘つき、早急な手当てが必要だった。
(この体でえっちするつもりはなかったんだけど・・・熱を発散させてあげないと、体調崩しちゃうしなぁ)
とりあえずショーツだけ脱がせ。
「・・・・・・」
じっと手を見る。指は問題なく動かせる、が。
「・・・僕の指より少し太いな」
(コレをヒスイの中に入れるのは嫌だ!!)
舌とペニスは論外である。はなから使う気はない。
と、すれば・・・葛藤するコハク。更に。
帰宅してからずっと気になっていた、ヒスイの首筋にある“虫刺され”。
学校でトパーズにいいようにされているのではないかと悶々・・・
こんな時はことさらヒスイとえっちがしたくなる、しかしオニキスの体がそれを阻む。
(八方塞がりか・・・)
だからといって匙を投げたりはしない。愛妻の体に関わることだ。
「トパーズは後で一発殴るとして」
(何か・・・他に使えるものは・・・あった!!)
「ちょっと待ってて、ヒスイ」



「あ・・・ん・・・おにいちゃ・・・」
ベッドの上、ヒスイを後ろから抱きかかえ、両脚を開かせる。
コハクを待っている間も愛液は順調に分泌されていて、割れ目はたっぷり潤っていた。
トロトロとお尻の方まで垂れてゆく様が実に挑発的だ。
「じっとしててね」
ググッ・・・手にしたラブアイテムをゆっくりとヒスイの膣口に差し込む。
「ん・・・かた・・・ぃッ!!」
結合の期待に沸く膣内に挿入されたモノは、ひんやりと、冷たく。
棒状だが太さはそれほどでもなく、かなり硬質で、表面が若干ボツボツしていた。
それを約半分・・・手を離しても落ちない深さまで埋められ。
「う・・・くッ!!」
下腹部内側の異物感にヒスイは戸惑い、呻いた。
「忘れちゃったかな?コレは久しぶりだからね」
ラブアイテムの正体は・・・キュウリ。
無論、コハクが栽培したものだ。
家庭菜園直送、サラダに使おうと保管していた中から、ヒスイに合わせて小振りのものを選んできた。
「えぅ・・・ッ!!」
欲しいのはコレじゃない。イヤイヤと、ヒスイが腰を揺らす、が。
(コレでイッてもらうしかないんだよね)
「ごめんね」
トンッ、コハクの指先がキュウリに力を加えると、ヒスイの膣内まで振動が伝わり。
「ふぁんッ!!」
慣れない刺激に悶え喘ぐヒスイ。
「あッ・・・んんッ!!あぁ・・・ッ!!」
キュウリが上下に動く度、甲高い涙声をあげた。
「もうすぐ楽になるからね」
囁きと共に剥き出される肉粒。充血した突起を指の腹で撫でられ。
「あうッ!!」
欲情しきった体には震え上がるほどの快感・・・開いた両脚の指先まで、気持ち良く痺れてゆく。
「あッ・・・あああッ・・・」
あまりの悦楽にヒスイの細い腰が大きく反った。


「あッ、あッ、あッ・・・はぁッ!!」


仕上げの愛撫を受けながら昇りつめてゆくヒスイの甘い叫びが部屋に満ちる。
「ここ・・・悪い虫に刺されちゃったね」
コハクは、ヒスイの首筋に残された吸い跡を改めて上から吸い直し。
「っ・・・あッ!!おにいちゃ・・・!!あッ・・・」
ヒスイの膣口に咥えさせていたキュウリをググッと前進させた。
「はぁうんッ!!」
同時にヒスイの体がびくんと跳ね、ぐたりとなった。
興奮の頂に到達したのだ。
これで徐々に熱が冷めていく筈だ。
「は・・・ぁ・・・おにいちゃぁ・・・」
「よしよし」
キュウリを抜き、ご褒美の抱擁。
ヒスイの呼吸が落ち着くのを待ってから、ベッドに寝かせ。


「やれやれ・・・今日はメノウ様に振り回されっ放しだな」


シャリシャリ、ヒスイの蜜付きキュウリを味わいながら、昨晩と同じ紅い月を見上げる。
「・・・・・・」
ヒスイには日常的に血を与えている。
(今日に限って喉が渇くなんてことあり得ない)
催眠術の類でそう思い込まされていただけで、不当な欲情だったのだ。
メノウの悪戯であることは、見当がつく。
(入れ替わった僕らを困らせて、楽しんでる・・・)
ひょっとしたら、今この瞬間もどこかから見ているかもしれない。
「・・・・・・」
コハクが窓の外に注意を向けた、その時、不意に。
チャックを降ろす音が聞こえた。
「おにぃちゃ〜・・・」
「ん?え!?」
ヒスイはまだ正気に戻っていなかったのだ。
先程得られなかった精を求め、目隠しをしたまま熱源を探り当てていた。
ズボンの中で密かに勃起していたペニスを引き出し、先端を口に含み。
「!!」
何度か亀頭を舐めてから、ちゅうぅぅ・・・強く吸い付いた。
「ヒスイ!?うっ・・・」
まさかの行動に驚き、コハクはペニスの昂りをそのままヒスイの口内へ発射してしまった。
大量の精液を小さな口から溢れさせながらも、ごくんっ!ヒスイは喉を鳴らし。


(ああ・・・飲んじゃった・・・)


悔しくて涙が出そうだ。
オニキスのペニスには一切触れさせないつもりだったのに。
(失敗した・・・)
誰にという訳ではないが、途方もない敗北感・・・
とにかく、出し尽くした今となっては何を思っても手遅れで。
再びターゲットにされないよう、射精済みのペニスは適当に処理してさっさとしまい、それからタオルでヒスイの口のまわりを丁寧に拭いた。
「ヒスイ、ごめんね・・・」
心から謝りながら、心から願う。


(明日には全部忘れてますように!!)




日付は変わり・・・深夜。

「・・・ジジイ」
「よっ!おかえり」
門の前でトパーズの帰りを待っていたのはメノウだった。
エクソシストの制服を着ている。
秋冬仕様のもので、丈の長い黒衣だ。
そこに一点、輝くバッジ。
「・・・・・・」
見憶えのあるものだったが、すぐに目を逸らし、トパーズは黙って脇を抜けようとした。
「見て見ぬフリ?」
メノウにそう声を掛けられ、足を止める。
話をする気になったのか、トパーズはメノウに向き直り、煙草を咥えた。
「ずいぶん出世したな」
「まぁね」
「何のつもりだ?いつものお遊びか?」
「ま、そんな感じ」
トパーズの問いにメノウは曖昧な返事をし、続けて言った。



『お前もさ、コッチ来ない?』





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